テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
AK@アキ
1,083
#ミステリーかもしれない
ねぎとろ
38
35
#何かがおかしい
夢喰【文月村】
141
「……私は、リリス」
名乗ると、ヴェルの澄んだ瞳がわずかに揺れた。彼は静かに微笑み、手にしていた古い革装丁の本をそっと机に置く。
「リリス。綺麗な名前だね。僕はここで、いつも本を読んでいるんだ」
ヴェルの声は、図書館の静寂にしっくりと馴染んでいた。邸のあの、衣服の擦れる音さえ恐ろしい息苦しさはここにはない。
けれど、私の頭の片隅では、お母様から与えられた「三十分」という時間が砂時計のように落ち続けている。
「ヴェルは、どんな本を読んでいるの?」
「これだよ。この街の、古い記録が書いてあるんだ」
彼が細い指先でページを開く。その綺麗な横顔に見とれながら、私は何気なく彼の本へ視線を落とした。
開かれたページの一角に、鮮やかな青いインクの文字が並んでいる。
お母様の黒いインクとは違う、細く流麗な筆跡。その文字が、不意に私の目を捉えた。
『一月十四日。七回目の対話。彼女の髪はベージュ色』
心臓が、ドクドクと嫌な音を立てて脈打ち始める。
なぜ、今この瞬間の出来事が、古い本のなかに文字として存在しているのか。
「リリス? どうかしたの?」
ヴェルが心配そうに私を覗き込む。冬の湖のような瞳には、何の悪意も狂気も見当たらない。ただ純粋に私を気遣う、綺麗な少年の顔だった。
だけど、私の目は釘付けになっていた。
窓からの陽光が、彼の白いシャツの襟元を透かしている。
その首筋。白磁のように美しい肌の境界線に、ほんの少しだけ、細い「黒い糸」が這い出ているのが見えた。
お父様の指先から覗いていたベージュ色の髪の毛の糸とは違う。もっと禍々しい、█の紋章と同じ色をした、黒い呪縛の糸。
私が思わず息を呑んで一歩下がると、ヴェルはそれ以上近づかず、ただ悲しそうに眉を下げた。
パタン、と本が閉じる。
「リリス。もう時間みたいだ」
ヴェルの鈴の鳴るような声が、ひどく遠くから聞こえたような気がした。
ハッと壁時計を見上げると、長針はきっちりと、私が家を出てから二十九分が経過したことを示していた。
直後、図書館の重厚な扉が、ギィと不気味な音を立ててゆっくりと開く。
逆光のなかに立っていたのは、わざとらしいほど大きな溜め息を吐きながら、私をじっと見つめるお母様だった。
コメント
3件
うわぁやっぱり好きだわこの物語…どうなるのかなぁ…
そういや本そのものが特殊なのかそれを使って記録している誰かが居るのか分からないけどその人は正しく日付とかを認識出来るのか、と思ったけど古い記録として残ってるのはちょっとない感覚で面白い、我々がゲームデータをセーブする時とか向こうにも伝わったらそんな感じになるのかな…怖くはあるかもしれない なんとなくお母様の所作って優雅そうで良いな…多分美しいんだろうな…とか考えてしまった
うわ、これは…めちゃくちゃ背筋が冷えました。古い本の中に今まさに起きている出来事が記録されてるって、この世界の時間の流れ、もしかして何度も繰り返されてるんですかね…?「一月十四日。七回目の対話」の「七回目」という表記がすごく気になる。ヴェルの首元の黒い糸も、お父様のベージュの糸と対比されていて不気味さが増してました。お母様がぴったり29分で現れるタイミングも怖い…続きが気になります!