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マンションに帰ってからも、重苦しい気持ちは消えなかった。
こんな事考えてる場合じゃないのに。
湊が帰って来たら、話をしなくちゃいけないのに。
考えた末、やっぱり手紙を勝手に見たとは言えないから、湊が今後どうしたいのかを聞くことにした。
もし、あのカードの贈り主を好きなら、私とは別れたいはず。
誤解なのか、それとも湊が心変わりしたのか……今夜はっきりさせたい。
湊は深夜十二時過ぎに帰って来た。
「お帰りなさい」
リビングで迎えると、湊は少し疲れ様な頼りない笑みを浮かべた。
「ただいま」
「研修はどうだった?」
お茶の用意をしながら聞くと、湊はテーブルセットの椅子を引きながら短く言った。
「疲れたよ」
「どんな研修だったの?」
「うん……まあ一般的な研修、若手社員向けの」
「そう……」
湊はあまり話したく無いような態度に見えた。
……本当に研修だったのかな?
また疑いが頭に浮かんでしまう。
早く聞かないと悪い方ばかりに思考がいってしまいそうだった。
早く切り出さなくちゃ。
私は湊の前にお茶を置くと、テーブルを挟んで正面に座った。
「ねえ……湊はこの先どうしたいの?」
「えっ?」
湊は怪訝そうに私を見る。
「この前話し合った日から湊は優しくなったけど、でもやっぱり昔とは違うと思ってたの……相変わらず私を避けてるし」
「避けてなんかないだろ?」
「避けてるよ、絶対に私に触れないし……」
事実だからか湊は何も言い返せないで黙り込む。
緊迫した空気が流れて、苦しくなる。
「湊……もしかして好きな人がいるの?」
震えそうになる声を抑えて言った。
湊の顔色が一瞬変わった気がした。
「他に好きな人がいるから私に触れたくないの? 私と別れたいの?」
心臓が苦しい位、激しく脈を刻む。
答えを聞きたいのに怖かった。
長く感じた沈黙の後、湊は静かな声で言った。
「美月と別れたいとは思ってない」
湊の言葉に心からホッとした。
でもその反面納得も出来ない。
別れたくないならどうして距離を置こうとするんだろう。
好きな相手と触れ合いたいと思うのが普通なんじゃないのかな。
湊は手をつないだり、寄り添ったり……そんな些細な触れ合いすら拒否している。
湊の気持ちが分からない。
それにカードの贈り主の事も何も分からないから、前向きになれない。
「別れたくないって言ってくれるのは嬉しいけど……でもこれからずっと一緒に居て、結婚して…、それでもこんな状態だったら上手くいくと思えない。湊は先の事、ちゃんと考えてくれてるの?」
湊とは結婚の話も何度かしていた。
その度、子供は何人とか幸せな未来を語り合ったりした。
でも今のままじゃ、そんな生活はただの空想でしかない。
「結婚相手は美月だと思ってる。でも直ぐにとは思えない」
「え……直ぐにじゃないって、じゃあいつのつもりで話してたの?」
まだ自然に仲良く出来ていた頃、湊はいつも言っていた。
早く結婚しようって。
すごく嬉しかったのに、あれは嘘だったの?
「いつかはまだはっきり言えない。自信が無いんだ……仕事の事も美月との生活の事も」
「私との生活?」
「……正直に言うと、こうやって責められるが辛いんだよ。美月と上手くやって行く自信が無くなる」
「責められるって……私はいつも湊を責める様なこと言わないでしょ? 私だって気を遣ってるつもりなんだよ?」
湊の言葉はあまりにショックだった。
湊を責めたい気持ちは心の中に有った。
でも、その気持ちをずっと抑えてた。
寂しくて悲しくても我慢していたのに。
決心してようやく話したのに、責められるのが嫌だって言われたらもう会話も出来ない。
私はずっと黙って我慢し続けなくちゃいけないの?
湊の顔色を窺って、自分の気持ちを殺さなくちゃいけないの?
……そんなの恋人同士の関係じゃない。
「湊は……ずるいよ」
そう言った瞬間、耐えていた涙が溢れた。
こんなに苦しいのに湊は受け止めてくれない。
言葉は無くても抱き締めてくれたら、何もかも忘れて安心できるかもしれないのに。
でも湊は私に寄り添ってくれない。
それが私にとってどれだけ辛くて、自信を失ってしまうかを分かってくれない。
湊はもう以前の様に私を好きじゃない。
だから私が傷ついていても、気付かないし、心が動かないんだ。
今さらはっきり自覚した。
「気持ちが無いなら、そう言って欲しい……」
泣きながら言うと湊は困った顔をした。
「……美月と別れようとは思ってない。でも少し自由にさせて欲しいんだ」
「……自由に?」
「あまり俺のことばかり考え過ぎないで。思いつめないで楽しく過ごして」
「……」
湊は何て残酷なんだろう。
私は今でも湊が好きなのに関心を無くせと言う。
湊はもう私に無関心なのかもしれない。
別れないのは愛情からじゃない。
こんな関係続ける意味無い。
それなのに……私は自分から別れを口に出来ない。
崩れそうな位悲しいのに、まだ湊が好きだから。