テラーノベル
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『本当、雪は優しい子ね。』
それが合言葉だった。
『雪ちゃんすごい!』
『雪って頭良いよな。』
『花咲(はなさき)さん運動も出来るんだ…』
尊敬、嫉妬、嫌悪。たくさんの視線が私を突き刺した。
『ありがとう!』
屈託のない笑顔で牽制もできるのはとても便利だった。
いつしか尊敬は期待に、嫉妬や嫌悪は増すばかりだった。
『花咲ならできるよ。』
『花咲は”昔から”完璧だもんな。』
苦しくなった。
中2になって、初めて恋をした。
その人から『気持ち悪い』と言われたときの感覚はずっと忘れられない。
『もう、やめたい。』
本当は、私、こんな笑い方しない。
本当は、こんな喋り方じゃない。
本当は、夜更かしとかしてみたい。
本当は、本当は…
「遠すぎたかも…」
華桜(かおう)高等学校。家から約1時間半かかる場所にある、一昨年できた公立高校。
田舎にあるからか、とても大きい学校というイメージがある。
倍率も高めの人気高。
偏差値は60前半。
今日はその華桜高の入学式。
の前日。
(入試の時に来たけれど、やっぱり不安になるんだよなぁ…)
近場の高校は視野に入ってなかった。
同じくらいの偏差値の高校はあったが、絶対嫌だった。
『花咲も来るの?』
『雪と同じ高校がいい〜!』
『お前来たら学年トップとか夢のまた夢だわ。』
昔から、『将来のため』とたくさんの習い事をしてきた。
学ぶことが好きで、義務教育で習うようなこと以外も自主的に取り組んだ。
いつも理想を追いかけて、自分もなりたいと思うようになっていた。
それが態度に出てしまった。
気づけば『優しくて非の打ち所がない子』という評価をされ、ちょっとのミスも許されない。
その評価を貫いたら、周りの嫌悪感が手に取るように分かる。
陰口はいつも。
休み時間も1人で行動していた。
先生からも気に入られていたから、余計に嫌われたのだろう。
癖づいた演技はもうやめられない。
高校でも嫌われるのだろうな。
少し沈んだ気分で帰宅を始める。
誰かに優しく、なんて私の性分じゃない。
私な優しくされたことない。
人はみんな、自分のことで手一杯だから。
入学式。
拡張器を使って体育館に響く校長の挨拶。
新入生代表の言葉をパパっと言って、さっさと退散。
どうせならもっとふざければよ かった。
ボーッとしたまま自分のクラスへと向かう。
教室で初めてのHR(ホームルーム)が始まった。
各々が緊張した面持ちの中、自分だけ気が抜けていることに気づく。
担任の名前も聴き逃し、もういいやと思いチラリと隣に目をやる。
「…」
隣の席の女の子。
タレ目気味で、ふわふわした感じの子だ。
長い黒髪に軽くウェーブがかかってる。
ふと、その子の睫毛が動いた。
瞳に捉えられる。
何かを見透かすような、探るような目だった。
それも一瞬で、ふっと優しく微笑まれる。
思わず固まってしまう。
普段なら笑顔で返せるのに。
HRは思っていたより長い。いや、HRは終わったのかもしれない。
委員会決めが始まり、私は学級代表をすることになった。
隣の席の子は…
「おっけー。じゃあ柳(やなぎ)さん体育委員ね。」
柳というらしい。
てか、こんなにふわふわした子のに体育委員なんだ。
私はまだ知らない。
演技をしないとはどういう事なのか。
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