テラーノベル
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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し

1
【短歌】
帰宅して 「ただいま」のあと 食卓で 君と「おいしい」 分け合う夕べ
【短歌をテーマにした物語】
玄関の扉を開ける。
「ただいま」
返事の代わりに、キッチンから包丁の音が聞こえた。
トントン、トントン。
その音を聞くだけで、なんだか一日の疲れが少し軽くなる。
「おかえり」
顔を出した君は、エプロン姿だった。
「今日、早かったんだね」
「うん。仕事が予定より早く終わったから」
「じゃあ、ちょうどよかった」
君が笑う。
キッチンから、いい匂いがする。
「何作ってるの?」
「秘密」
「匂いで分かるよ。カレーでしょ」
「……秘密って言ったのに」
少し拗ねたように君が言う。
私は笑った。
*
着替えてリビングへ戻ると、テーブルには二人分の料理が並んでいた。
カレー。
サラダ。
それから、私の好きな卵焼き。
「卵焼きまで作ってくれたの?」
「この前、好きって言ってたから」
「覚えてたんだ」
「そりゃ覚えてるよ」
君は当たり前みたいに答える。
その言葉が、なんだか嬉しかった。
「じゃあ、食べよう」
「うん」
二人で椅子に座る。
「いただきます」
「いただきます」
スプーンを持つ。
一口食べる。
「……おいしい」
「ほんと?」
「うん。すごくおいしい」
君が嬉しそうに笑う。
「よかった」
その顔を見ていると。
料理そのものよりも。
君が喜んでいることのほうが嬉しくなった。
*
「この卵焼き、ちょっと甘いね」
「嫌だった?」
「ううん。好き」
「よかった」
君は卵焼きを一つ取る。
「こっちは?」
「それもおいしい」
「じゃあ、そっちのサラダは?」
「おいしい」
「カレーは?」
「おいしい」
「全部?」
「全部」
君が笑う。
「じゃあ、今日の私は料理上手ってことで」
「今日だけ?」
「何それ」
二人で笑った。
仕事の話。
学校の頃の思い出。
最近見つけた面白い動画。
週末にどこへ行こうかという話。
特別な話なんて何もない。
けれど。
こうして向かい合って話している時間が。
私は好きだった。
*
気がつけば、皿はほとんど空になっていた。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
君が食器を片づけようとする。
私は立ち上がった。
「洗うよ」
「いいよ。今日は私が作ったから」
「じゃあ一緒にやろう」
「……うん」
二人でキッチンに立つ。
私は皿を洗う。
君が隣で拭いていく。
「ねえ」
「ん?」
「こういうの、いいね」
「こういうの?」
「帰ってきて、ただいまって言って。ご飯食べて。おいしいって言って。片づけして」
「普通の日じゃない?」
「うん」
私は笑う。
「だからいいんだと思う」
君も少し考えてから笑った。
「じゃあ、明日も普通の日にしよう」
「うん」
「明後日も」
「うん」
「その次も」
「……うん」
窓の外は、もう暗い。
街の明かりが静かに灯っている。
今日という一日が終わっていく。
でも。
帰ってくる場所があって。
「ただいま」と言える相手がいて。
一緒に食卓を囲んで。
同じ料理を食べて。
同じように「おいしい」と笑える。
それだけで。
何でもない一日が、少し特別になる。
きっと幸せというのは。
大きな出来事ではなくて。
こういう小さな「おいしい」を。
二人で何度も分け合っていくことなのかもしれない。
「ねえ」
「なに?」
「明日は何食べたい?」
君が少し考える。
「……卵焼き」
「また?」
「だって好きだから」
「じゃあ、明日も作る」
「約束ね」
「うん。約束」
そんな会話をしながら。
二人の夜は、ゆっくりと更けていった。
コメント
1件
ただいまって言える人がいて、それを待っててくれる人がいる。 そんな何気ない日常をこんなに優しく描けるの、水曜さんしかいないです🥀 「明日も」「明後日も」って続いていく約束を、卵焼きの話で返すシーンがもう……幸せってこういうことだよねって思わせてくれました。 疲れた心に染みる、宝物みたいな47話でした🤍