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《全国ニュース/スタジオ》
「続いての話題です。
<アストレアA計画>をめぐる世界各地の混乱が、
じわじわと日本にも広がりつつあります。」
スタジオの大型モニターには、
ESA職員が路地で倒れ込んでいる海外ニュース映像、
JAXA前での小競り合い動画、
そして白いローブの列が映る。
画面下のテロップ。
<“地球防衛”を支える科学者に相次ぐ攻撃>
司会者が、隣のコメンテーターに振る。
「まずは宇宙物理学者の黒川先生。
アストレアA計画、その技術的な進みぐあいは?」
黒川慎吾は、少し眼鏡を上げた。
「ええ。詳しい設計は非公開ですが、
各国の宇宙機関——NASA/PDCO、JAXA/ISAS、ESAが
“どの角度で”“どのタイミングで”
インパクターをオメガにぶつけるか、
かなり具体的な検討段階に入っているでしょう。」
「美星スペースガードセンターのような観測施設からのデータも、
IAWN という国際ネットワークを通じて共有されている。
つまり、世界中の“目”でオメガを見張りながら、
少しでも安全な“押し方”を探しているわけです。」
司会者がうなずく。
「一方で、
黎明教団のような“宗教側”からは
<神の光に手を出すな>という強い反発も出ている、と。」
宗教社会学者のコメンテーターが口を開く。
「どちらも、“恐怖”の裏返しだと思います。
科学者は“なんとかしたい”という恐怖から、
信者は“これ以上世界を壊したくない”という恐怖から、
それぞれの言葉を選んでいる。」
「問題は、その恐怖が
“科学者を殴ってもいい”という免罪符になりつつあることです。」
画面には、
<科学者を守れ>
<NO VIOLENCE>と書かれた小さなデモ行進の映像も映る。
司会者は、
カメラの先の視聴者に向けて言った。
「“何を信じるか”は自由です。
ただ——
“誰かを殴ってもいい”ところまで、
信仰や主張が変わってしまったとき、
それはもう“別のもの”になってしまうのかもしれません。」
《首都圏・通学電車》
揺れる車内。
中学生くらいの男子・陽斗は、
スマホでニュースアプリを眺めていた。
<アストレアA FAQ:隕石を“少しだけ押す”ってどういうこと?>
図には、
地球とオメガと、
小さな箱のような宇宙船が描かれている。
(ほんのちょっとスピードを変えるだけで、
何年も先に地球を外れてくれるかもしれない——か。)
スクロールすると、
コメント欄が目に入る。
<科学すげえ>
<でも失敗したらどうすんの>
<JAXAとNASA応援する>
<黎明教団こわ>
<#科学者を守れ>
「……“科学者を守れ”、ね。」
隣で同じ制服の友達が覗き込む。
「オメガ?」
「うん。
アストレアAってやつ。
宇宙で体当たりするやつ。」
「ゲームみたいだよな。
ラスボス戦。」
「ゲームと違って、
リセットできないけどな。」
友達は苦笑した。
「そういやさ、
うちの学校の理科の先生、
黒板の端っこに小さく
“JAXAの人たちを応援しています”って書いてた。」
「マジで。」
「なんか、その一文だけで
ちょっとだけ安心したわ。」
陽斗は、
スマホの画面を消してポケットにしまった。
(誰かが“なんとかしようとしてる”って、
それだけで、
ちょっとだけ前を向ける気がする。)
ドアが開き、
朝の光が少しだけ車内に差し込んだ。
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス・会議室》
白鳥レイナは、
メールボックスをスクロールしていた。
<【至急】警察庁からの注意喚起>
<【共有】ESA職員襲撃事案 詳細>
<【参考】海外での科学者個人情報流出例>
どれも重たい件名だ。
その中に、一通だけ違うタイトルが紛れていた。
<小学校の授業でオメガの話をしました(お礼)>
レイナは無意識にクリックしていた。
『はじめまして。
地方の小学校で理科を教えている者です。
最近、子どもたちから“オメガって何?”と
聞かれることが増えました。』
『ニュースは難しすぎるものも多く、
白鳥さんの会見のわかりやすい比喩を
そのままプリントにして配りました。
“隕石にちょっとだけ肩を押す”という話です。』
『子どもたちは
「JAXAってすごい」「宇宙の仕事したい」と
目を輝かせていました。
どうか、お体に気をつけて。
ニュースを見ていて心配にもなりますが、
遠くから応援しています。』
レイナは、
ふっと息を吐いた。
(……こういうメール、
ちゃんと読む時間を作らないとダメね。)
部屋に入ってきた若手職員が、
恐る恐る声をかけた。
「白鳥さん。
さっき、
“白いローブの人たち”が門の前で増えてて……」
「見たわ。
動画も。」
レイナは椅子を回し、
ホワイトボードの方を向いた。
「外のことを、
ここから全部コントロールすることはできない。」
「でも、
オメガの軌道と、
アストレアAの軌道は、
計算で少しずつ“いい方向”に押せる。」
若手は、
小さく頷いた。
「そのためにここにいるんですよね、俺たち。」
「そう。
だから——」
レイナは、
さっきのメールをモニターに表示した。
「たまには、
こういう“応援の証拠”も見ておきましょう。
“世界が全部敵”って錯覚し始めると、
判断を誤るから。」
部屋の空気が、
ほんの少しだけ柔らかくなった。
《総理官邸・執務室》
サクラの前には、
明日の会見用ドラフトが数枚。
中園広報官が読み上げる。
「『政府として、
アストレアA計画に携わる全ての研究者と技術者、
およびその家族の安全確保を
最優先課題のひとつと位置づけます』。」
「『祈る自由、反対する自由、
問いかける自由は、
民主主義において当然守られるべきものです。
しかし、
誰かを傷つける“正義”だけは
この国には存在しません』。」
サクラは、
「正義」のところに下線を引いた。
「ここ、“強すぎますかね。”」
藤原危機管理監が首を振る。
「むしろ、
このくらい言わないと
“どこまでが許されるのか”のラインが
どんどん曖昧になります。」
中園も頷く。
「宗教団体の名前は出さない。
具体的な事件も最小限に触れる。」
「そのうえで、
“暴力のルール”だけを
明確にしておくんです。」
サクラは、
少しだけ笑った。
「難しいわね。
オメガの軌道より、
人の気持ちの軌道をずらす方が。」
「だからこそ、
言葉を間違えられないんですけど。」
(あの子たち——
教団で祈ってる若い子たちにも、
この言葉が届くといいんだけど。)
そんなことを思いながら、
サクラは赤ペンを走らせた。
《黎明教団・配信スタジオ》
ライトに照らされた白いローブ。
カメラの前で、
天城セラが静かに座っている。
画面の横には大きく
<今夜のテーマ:暴力と祈り>と表示されていた。
「……皆さん。
ここ数日で、
“アストレアAに反対する人々”と、
“それを支える科学者たち”のあいだで
痛ましい出来事がいくつか起きました。」
コメント欄が流れる。
<ESAのニュース見た>
<科学者殴るのはやりすぎ>
<でもロケット止めたい>
セラは、
少しだけ目を閉じてから続けた。
「最初に、はっきりと言います。
私は、暴力を望みません。」
「誰かを殴る拳も、
誰かを傷つける石も、
神の前では
どちらも“同じ重さの罪”です。」
コメント欄が一瞬、
静かになる。
「では、
“何もしないで見ているだけ”が
本当の祈りでしょうか。」
セラの声色が、
少しだけ強くなった。
「私は、
<オメガに手を出さないでほしい>
<宇宙を殴らないでほしい>と願う人たちに、
その気持ちを
“ただ心の中にしまっておく”だけとは
言いたくありません。」
「歌うこと、
座り込むこと、
祈りの列を作ること——
それらは暴力ではありません。」
「ロケットの前に立つことも、
“静かな祈り”の一つの形です。」
スタッフの一人が、
モニターのコメント欄を見て
わずかに顔をしかめた。
<前に立つ!>
<止めよう、アストレア>
<殴らなきゃいいんでしょ>
セラは、
それを横目で見ながら言葉を足す。
「ただし、
誰かを直接傷つけることは
決して“光”にはなりません。」
「私たちは“新しい世界”を望んでいます。
その入り口で
血の色を増やす必要はありません。」
言葉としては、
暴力を否定している。
だが“ロケットの前に立つ”というフレーズは、
すでに一人歩きを始めていた。
その日、
オメガの軌道はやはり変わらず、
静かに地球へ向かい続けていた。
変わっていったのは——
ニュースのテロップの言葉と、
SNSのハッシュタグと、
人々が“狙いを定める目”の向きだった。
オメガか。
それとも、
オメガに立ち向かおうとする
誰かの名前か。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.