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さつまいも

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自由が丘駅・大井町線の喧騒の中、私はパウンドケーキの袋を大切に抱えながら歩いていた。
メルサのウィンドウに、自分の姿が映る。ヴィンテージのボルドーのドレスに、手入れの行き届いた髪。
どこからどう見ても、優雅なティータイムを終えたばかりのお嬢様にしか見えないだろう。
「……結局、最高の状態でのモンブランは、胃に収まらなかったわね」
私はバッグの中で静かに眠る、猪の肩甲骨――『卜骨』に触れた。
朝、骨が示した『内疏』の兆し。凶兆は去り、外側からの幸運が流れ込むという予言。
老紳士の命を救い、少年の未来を守り、代わりのパウンドケーキを手に入れた。
これを幸運と呼ぶのなら、運命というやつは意外と帳尻を合わせてくる。
だが、私の指先は、まだ微かに震えていた。救命の最中、老紳士の首筋に触れた時に感じた、あの違和感。
あれは単なる『相克』による事故だったのか。それとも――。
私はスマートフォンの画面をスワイプした。
そこには、カフェでの私の振る舞いを遠巻きに撮った動画が、既にSNSで拡散され始めていた。
『#自由が丘の女救世主』
『#美しすぎる占い師探偵』
『#スイーツに愛されてない女神』
くだらない見出しが踊る通知の波を無視し、私は一番下に届いていた、一通のダイレクトメッセージをタップした。
件名は、空白。
本文には、たった一行。
『――【相克】の先にある、完璧な運命のレシピについて。深見卑弥呼《ふかみひみこ》、君なら興味があるはずだ』
私は足を止めた。
本名を知っている人間なんて、この世に数人もいない。ましてや、私が『運命のレシピ』――古今東西の占術を統合し、未来を完全に掌握する理論を追い求めていることを知る者は。
「……私のティータイムを邪魔したのが、単なる偶然だと思いたかったけれど」
ホームに滑り込んできた電車の風が、ドレスを激しく揺らす。
差出人のアイコンは、古い羅盤の図案。かつて、歴史の闇に消えたはずの、異端の占術師一族の紋章だった。
彼らは、私が救ったあの老紳士を使って、私の『精度』を試したのか?
だとしたら、あまりに悪趣味だ。スイーツへの冒涜も甚だしい。
「いいわ。私のモンブランを台無しにした報い、たっぷりと占いを通じて受けてもらうから」
私はホームのベンチに座り、我慢できなくなって、パウンドケーキを一口、贅沢に頬張った。
和栗の濃厚な甘みが、舌の上でとろける。甘いだけじゃない。その奥にある、焦がしバターのほろ苦い後味が、次の事件の幕開けを告げているようだった。
ヒミコの『運命攻略』は、まだ始まったばかりだ。(第一章・完)
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