俺達は、おそらく最下層と思われる場所に飛ばされた。
一面ガラス張りの部屋だが、出口のようなものは見当たらない。
ガラス張りなのに外の景色も見えないし、マジックミラーにもなっていないようだ。曇りガラスみたいな感じで特殊なガラスなのかもしれない。
もしかして天神や音端も飛ばされてるんじゃないかと思っていたが、残念なことに俺と指揮だけ飛ばされてきたようだ。
俺と指揮は顔を見合わせる。
「どこだここ」
「さぁ……存じ上げませんね。ただ、最下層であろうと言うことは分かります」
「まあそりゃあそうだろうけども」
「そだねー」
背後から聞こえてくる、どこか間の抜けた声に俺達は思わず振り向く。
笑ってない目で満面の笑みを浮かべた彼を、俺達がhappyであると認識するのにそこまで時間はかからなかった。
「happy?!」
「そだよー」
「本物……!初めて見た!!サイン下さい!」
「僕の事有名人か何かだと思ってる?ま、そんなこと言っとけるのも今の内だから、口が動くうちにいっぱい話しとけば?」
「正直意外なのですが、上が直接私たちを殺しにに来るのですか?あなたにはもっと脅威となる人がいるでしょうに」
「まあそうなんだけど、僕上の中では最弱だから、もっと強いのに殺しに向かわせてる。なんせ僕だけ人間だからね」
「それとさ、僕は君たちが二人で戦いたいって言ってたからそれを叶えてあげたんだよ、褒めてくれてもいいんじゃない?」
「えらいえらい」「死ね」
「まあ、それほど余裕があるんでしょうね。私も勝てると思ってませんし」
「うん、正直君たちじゃ勝てないよ。なんせ僕は能力で君たちの”攻撃を反射できる”からね」
「……反射?」
「試してみる?」
happyは、椅子に座ったまま手慣れた手つきで銃を取り出すと、何かぶつぶつとつぶやいた後に、俺ら二人に向けた。
不敵な笑みを浮かべた彼は、天井に空砲を一発放つ。
戦闘開始の合図といった所か。
「来いよ、木更津」
「反射とおっしゃっておりましたが、いかがなさいますか?」
「まあ攻撃しない事には始まらないよな……!」
俺はhappyに放射能レーザーを撃つ溜めに入った。
体が燃え上がるように熱くなり、もっと溜めれば凄い威力の技を打てる予感がしたが、
happyが言っていた反射がどうも頭によぎり、100%が最大だとしたら70%くらいの威力になった。
俺が放ったレーザーは、一切曲がることなくhappyの方に向かい、happyの目の前まで迫った。
しかし、案の定happyには反射能力があるらしく、青いシールドのようなものが彼の周りを覆っている。
シールドにレーザーが当たると、シールドは赤く光り、ググっと押されたように思えば、反発するようにレーザーが跳ね返る。
そこでレーザーはあらぬ方向に曲がり……と思えば、俺ら目がけて直進してきた。
声を出す暇もなく、全力で逆方向に走る俺達であったが、指揮と同じ方向に逃げられず、彼女がどこに行ったのか分からなかった。
レーザーが過ぎ去った後、自分が無傷なことに安堵しつつ指揮を探す。指揮はすぐに見つかった。
俺がレーザーを避けた方向と逆方向に避けていたらしいが、俺が無傷ということは逆に避けた指揮は……
「指揮!!」
「……この程度の火傷ならばまだ動けます。ただ、あの反射は厄介ですね。なんとかして解除しないと」
「つってもなぁ……よく分かんねぇ。壊せそうな気もするんだが……」
「私は戦えませんし考えておきます。この能力は強すぎますから、何か重めの代償があるかも」
「あれ、木更津のこと狙って反射したつもりだったんだけどな、腕がなまってるのかも」
「もう一発撃ってこないの?撃たないと勝てなくない?」
「いやそうなんだけど今度こそ俺に直撃してくるだろ」
「まあねー。……そろそろ好きなドラマ始まるから時短希望、早めに終わらせてあげる」
「……そういえばネームドって二つ能力あるんだったな……」
「反射だけの一発屋だと思わないことだね、第二能力”icing”!!」
happyが俺に銃を向ける。確実に俺狙いらしい。
銃が青白く光り、大きな銃声が響く。
幸い溜めがあるからか避けるのは簡単だった。
左耳に冷風が当たる。着弾した地点を見ると、ドライアイスみたいな氷塊が落ちていた。
床がガラス張りのようになっているせいで、少し気づくのが遅れた。
おそらく彼の能力で、銃を撃った着弾地点に氷塊を発生させられるのだろう。
当たったら痛そうだが、初見でもよけられたし大丈夫か、なんて思っていた時、俺は彼の真髄を見る。
「……?」
「やっと引っかかってくれた」
「木更津さん、その、足が」
「あ、足……?」
氷塊から何か液体が噴き出して、俺の左足のあたりにかかった。
何だろうなんて悠長に考えていたら、途端に左足が痛み始め、俺は蹲る。
足がバーッと熱くなり、蕁麻疹のようなものが出て、悪臭がする湯気が漂ってくる。
体験したことない種類の痛みで、涙が出てきてもごまかせるような量の汗が噴き出す。
皮膚が溶けているような感覚だ。視界が揺らいでいるせいか、俺が立っている床ごと溶けているように見える。
「……神経毒」
「触れちゃったものをなんでも溶かすような毒だね。木更津みたいに素肌で触れようもんなら、あんな酷い事になっちゃうかもね」
「……氷塊を避けてもあの広範囲に神経毒をまき散らす……もしや毒には確定で被弾するのですか」
「そだよー、どんなに頑張って氷塊を避けても神経毒には当たってしまうし、僕に攻撃しようにも反射される。しかも、僕が溜めてるのより木更津のレーザーのが溜め長いから間に合わないよね」
「足がダメになってるな……全然走れねぇ。せめて毒だけでも取れたら……」
「あの神経毒の解毒方法は、能力者本人の殺害以外ないのでしょうか」
「で、でも……そしたら……」
「あーそうだね、木更津は毒をもちながら僕と戦わないとだね。しかも、この毒は遅効性。これから大体2時間もすれば、君は毒が脳まで回って死に至る。二時間以内に僕を殺せなかったら、君は無力な女一人残して死んじゃうよ?」
「おい嘘だろ……!」
「いや……申し訳ないのですが……あの手の神経毒は持っても2時間ないし1時間半ほどしか生きられません、それは残念ながら事実でして」
「マジかよ……!」
「まあ正直君が二時間持つとは思ってないけどね、だって僕から攻撃を受けるから。あれもう一回受けたら、君死んじゃうと思わない?」
「認めたくはねえけど……また毒食らったら……本当に死んじまうかもしれない」
「とはいえ、防戦一方では二時間などあっという間ですし……」
「そーそー!happy様は最強なんですよ、少なくともこの船内では!あんたらみたいなのが勝てるわけありません!」「お前いたのかよ」
「そうだよ、君に言われるのは癪だけど。君たち今から辞世の句でも読んどいた方がましだよ?」
「も、申し訳ございません、木更津さん」
「いやだから自分のせいにすんなよ、そもそもあんなん予想できた方がおかしいだろ。お前だって火傷してるんだし、そんな完璧じゃなくたっていいって。それに、お前は俺の脳筋な部分を助けてくれるんだろ?」
「(助けてもらってるのは私の方なのですが……)」
「そうですね。……案は二つあります。一つ目がーー」
「ーーやっぱ流石だなお前、やってみるか」
「その、いいのでしょうか、私の意見なんかで命を飛ばすような真似」
「だから大丈夫だよ、お前の事信じてるから。あんなん絶対成功する、いや成功させて見せるから」
「……はい」
まずは一つ目の作戦を実行する。
俺は再び攻撃態勢に入る。
足が痛むせいで、もう一度happyの攻撃を避けるのは不可能に近い。
だからこそ、俺の方を狙ってくる。
逆に言えば、指揮の方はノーマークなんじゃないかということだ。
happyはまた何かを呟き、その後シールドのようなものを貼った。
やっぱり俺の方に向けてだ。
まさかhappyも指揮の方から攻撃が飛んでくるなんて予想だにしないだろう。
俺がレーザーを放とうとしたその瞬間、指揮が極力までhappyに近づき、部屋に置かれていたナイフをhappyの方に投げる。
完全に俺とは逆方向だ。happyの死角を突いたと思った。しかし、
「中々いい攻撃だけど、別にシールドは可視化されてるものが全てじゃないから、勿論死角も守られてる。惜しい惜しい」
指揮が投げたナイフは、俺のレーザーと同じ流れでhappyに跳ね返された。
かなりの回転速度だったが、なんとか壁に当たって回転は止まり、指揮は慌ててナイフを拾う。
「残念、このシールドは僕を360度囲ってる。死角なんて一切ないよ。……もう終わりかな?椅子に座ったまま2キルできるなんてね。200回目まで秒読みだよ」
happyは笑顔で銃を取り出した。
「もう攻撃してこないの?」
「へっ、やっぱhappy様には大勝してもらわないと!久しぶりに生き生きとしてるhappy様を合法で見れて感動です!」
「違法で生き生きとした姿を見られてる可能性あるんだ僕って」
「まあ、そうだな。”お前に対する攻撃は”さっきので終わりかもな」
「何、まだなんかあるんですか?勝てるわけないよっていうのをhappy様が教えて下さってたって言うのに……さっさとhappy様の経験値になってくださいよ」
「足掻くやつは嫌いじゃないけど、今回に関してはただ諦めが悪いってだけだね。そんなダサい真似やめてさっさと死んで」
「残念だけどそれは出来ないな」
毒がかなり回ってきた。
下半身は使い物にならないと考えていいだろう。
しかし、それでも勝てる可能性が出てきたレベルで、指揮が出した作戦二つ目はかなり画期的だった。
俺は攻撃準備に入る。
俺達の思惑はhappy側にも気づかれていないらしい。
右手に自分の体温全てを集めているかのように熱さが回ってきた。
happyもどうやらこれで終わらせる気なのか、長めの溜めに入っている。
今度は正真正銘の100%。絶対に終わらせる。
happyの溜めが俺より早く終わった。ざっと5秒くらい早い。
「これでおしまいにしよう」
「それはこっちのセリフだよ!!」
happyの氷塊が俺の頭目がけて飛んできた。
スローモーションになるくらいには、俺の頭もこの一撃で消し飛ぶと理解しているらしい。
でも、絶対そんなことない、絶対happyは殺せる。
指揮の作戦によれば、俺がこの100%レーザーを打つべき場所は、
happyの正面でも死角でもなく、
床だ。
*
この一撃で終わらせる。
そもそも、なんでこいつらはこんなに足掻いてるんだ。
俺の攻撃は確定命中で、反射も確定なのに、こいつらはなぜ勝てる可能性があるかのような言い方をする?
俺は木更津と同時に溜めに入る。
あの程度の攻撃ならもう一発受けても死なないと思っているのかもしれないが、俺があの攻撃に全力を尽くしたとでも?
まだまだあれが最高火力ではない。もっと強い威力を出せる。
ならばせめて最高火力を見せて葬ってやろうと、最長の溜めに入ったのだ。
溜めも終わり、俺は最高火力を発射する。
見た目が変わるわけでも派手になったわけでもないが、中の毒の威力がはるかに向上し、毒を受けたらほぼ気絶ないし即死になる猛毒だ。
これで確実に葬り去ってやる。
俺の氷塊は木更津に向かう。
もう当たったか、悲鳴が聞こえるころかと思った時、ゴゴゴゴゴというような音が鳴り響き、地面が、いやこの部屋全体が揺れた。
木更津のレーザーが放たれたのか、となるとあの氷塊は当たらなかった?いや、当たっては居そうだが。
飛行船なんだし揺れるのも当たり前だとは思うが、いや、それ以上に、今まで経験したこともないような揺れが俺を襲った。
あり得ない。座っていられない。座っていないと代償が発動してしまうと言うのに。
俺は椅子から崩れ落ちた。
なんとか椅子に戻ろうとするが、そこで気づいた。
俺が座っていた椅子が無い。
つまり、あいつらに壊されてしまったのだ。
もしや椅子狙いで撃ったのか?いやそうなれば反射が発動するはず。
というか、今俺は椅子に座れなくなって、地べたに足を着けている。
変わり果てた床に足を着けている。
だから、今代償が発動して第一能力、すなわち反射が使えない。
俺は助けを求めるかのようにあいつらの方に向き直った。
木更津は溜めがすでに終わってるし、指揮はあいつの近くにいるし、blossomは泣きわめいてるけどなんも出来ないし。
この状態なら俺は100%攻撃に当たる。
あいつの超火力に。
「確定で当たるのはどっちだっけな、今のうちに辞世の句でも読んどけば?」
「っ、嘘だ、僕が負けるなんてありえな……」
真っ赤な炎が全てを包んだ。
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