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タクシーに乗ると、智絵里は恭介の肩に寄りかかる。なんでこんなにソワソワするのに、安心もするんだろう。
「……何か話してよ」
「今はいいよ」
「さっきあんなに怒鳴ったのに?」
「怒鳴ってない。ちょっと……興奮しただけだよ」
恭介の手が智絵里の肩を抱くと、懐かしくてつい笑ってしまった。
「よくこうやって肩を掴まれたな……ちゃんと食べてるのかって」
「っていうか、今もちゃんと食べてるか? さっきあまりにも軽くてびっくりした。一人暮らしだろ? 自炊は?」
「……やっぱりいいや。ちょっと黙って」
「お前が話せって言ったくせに……」
そう言っている間にタクシーが止まる。恭介に抱えられてタクシーから降りると、智絵里は目の前のグレーの外壁のアパートを指差す。
「102号室ね」
もうここまで来たら観念するしかない。智絵里は恭介を自分の部屋まで誘導する。ボタン式の鍵に数字を打ち込みドアを開ける。
恭介は智絵里を連れて部屋に入ると驚いた。家具はベッドとテレビしかない、殺風景な部屋だった。
智絵里をベッドに寝かせると、恭介は部屋を見回す。クローゼットに服は掛かっているが、量は少ない。生活感がなさ過ぎる。
「智絵里……ツッコミ所満載なんだけど」
「嫌よ、聞きたくない……」
恭介が冷蔵庫に近寄ろうとすると、動けなかったはずの智絵里が必死になって起きあがろうとする。
「ちょっと! 絶対に冷蔵庫は開けないでよ!」
「……そう言われると開けたくなるのが人間の|性《さが》ってやつだろ」
そう言って冷蔵庫を開けると、そこには更に驚愕の風景が広がっていた。野菜ジュースのパックと、機能性食品の栄養バーが大量に入っていたのだ。
「これは……」
「……自炊が苦手なんだから仕方ないでしょ!」
なるほど。だからあんなに軽いのか……そう思うと怒りが込み上げてくる。
「お前……あれだけ俺が口を酸っぱくして言い続けたのに……」
「実家にいる時はちゃんと食べてたわよ! でも一人暮らしを始めたらそうもいかなくなって……」
「それって大学生?」
そこまで話して、智絵里は口を閉ざしてしまった。ゆっくり体を起こして座ると、恭介に背を向ける。
恭介はベッドに近付くと、床に座って智絵里を見つめた。今日は一日慌ただしくて、きちんと智絵里と向き合えずにいた。
高校の時も確かに細かったが、今ほどではなかったはずだ。何が彼女をこんなふうにしたんだろう。やるせない気持ちになり、恭介は俯いた。
「なぁ、智絵里。俺、お前に何かしたか? もしそうなら謝りたいんだ……」
すると智絵里が驚いて振り返る。
「なんのこと……?」
「高三の時、お前急に俺を避け始めただろ? 大学だって外部を受験したし……ケータイも繋がらなくなった。俺に原因があるとしか思えないじゃないか……」
智絵里は再び恭介に背を向ける。そしてがっくりと項垂れた。
「……違う……恭介のせいじゃない……」
「じゃあ何があったんだよ……俺はあれからずっと悩んでる……俺がお前を傷付けたんじゃないかって不安で仕方ないんだ……」
恭介は両手で顔を覆う。やっぱり私は恭介を傷付けた……だから会いたくなかったのに……。
酔っているからだけではなく、後ろめたさから恭介の顔を真っ直ぐ見ることが出来ない。
「恭介は関係ないよ。安心して。これは私の問題だから」
「じゃあ教えてくれよ。なんで俺を避け始めたのか……俺が原因じゃない証明が欲しい……」
「……しっかり社会人やってるんじゃない。ただじゃ引き下がらないのね」
「智絵里」
冗談っぽく言ったのに、恭介には珍しく通じなかった。それくらい真剣だった。
「……恭介が聞いたら私を見る目が変わると思う。あんたとは対等でいたいのよ……」
きっと幻滅される。せっかく再会したのに、彼は一瞬で私の前からいなくなるんだ……。
そう思って智絵里は気付く。きっとそう思われるのが怖くて、恭介には何も話せなかったんだ。大事な友達だからこそ、変わって欲しくなかった。
でも再会当日ならまだ傷は浅くて済むかしら。それとも恭介を失う痛みは変わらないのかな……。
「……きっと幻滅するよ。それでもいいの?」
智絵里が呟くと、恭介は顔を上げる。真剣な表情で智絵里を見つめた。
智絵里は大きくため息をつき、自分の体をきつく抱きしめる。本当は話すことだって辛い。でもここまで来て、彼が引き下がるはずはない。
あの卑しい記憶を手繰り寄せるしかなかった。