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海辺の午後。
波の音が、遠くから静かに届いていた。
ひろは、靴を脱いで砂の上に立ち、
恒は、岩に腰を下ろしてその背中を見ていた。
やがて、ひろが戻ってきて、恒の隣に座る。
風がふたりの間を通り抜ける。
しばらく黙っていたあと、ひろがぽつりと口を開いた。
「恒がペットボトル落としたとき、声の温度がなくて……似てた。
僕が解離してたときの感じに。」
恒は、少しだけ目を伏せる。
「……あの時のひろの顔、俺、ちょっとびっくりした。」
ひろは、恒の言葉に目を向ける。
恒は、視線を合わせず、砂を指でなぞっていた。
「冷たいっていうか……動いてるのに、誰も見てない感じで。
表情が止まってて、声も遠かった。」
本当は、もっと驚いていた。
あのときのひろの顔は、本当に冷たかった。
人の顔って、あんなふうになるんだって思った。
でも今は、それをそのまま言う気にはなれなかった。
ひろがそれを知らないままでいてくれるなら、それでいいと思った。
ひろは、少しだけ黙っていた。
自分では見たことのない顔。
でも、恒が見ていたなら、それはきっと本当なんだと思った。
「恒の顔は、呆然としてた。
遠くにいるっていうより、ここにいるのに届かない感じ。」
恒は、砂を握って、また開いた。
「……あのときの俺、何も考えてなかった。
ただ、動いてるだけだった。」
「僕もそう。
動いてるけど、誰にも触れない。
声も、顔も、全部遠くなる。」
ふたりは、しばらく黙っていた。
でも、その沈黙は、言葉よりも深くつながっていた。
波の音が、ふたりの間を満たしていた。