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ごく普通にバイトに入り、なんでもない時間が流れ、いつも通りの時間に上がった。
またなんてことのない、変化のない、いつも通りの繰り返しが始まる。
家に帰って小説を書く。書けもしない小説を書くためにタブレットと睨めっこを始める。
メモアプリの「l」という次に書く場所を示してくれている縦棒が点滅する。
その間もテレビではnyAmaZon プライムで国民的アニメ「名探偵ロナン」を流しっぱなしにしている。
いや、組織にバレちゃいけないんだから学園祭の劇のときは手袋しとけよ。
衣装的にも手袋合ってるだろ。不用心だな。
とかツッコみたくなる場面もあるものの、基本的にはこのトリックいつ思い付くの?とか
何重にも交差するアリバイやアリバイ工作には言わずもがな脱帽である。
いっそのこといろんな回のいろんなトリック、アリバイを丸パクリしようかとも考える。
しかし、名探偵ロナンフリークでもない星縁陣がただ流し見しているだけで
タイトルを聞いたらある程度の流れ、犯人がわかるほどだ。
名探偵ロナンヲタク、名探偵ロナンフリークの方々ならトリック、アリバイを丸パクリしたら
ん?このトリック…このアリバイ工作…名探偵ロナンの第何話と第何話の継ぎ剥ぎじゃね?
と工藤新…ロナンくんばりの名推理で一瞬にしてバレてしまうだろう。
しかしミステリー好きの読者の方々をあっと言わせるような
驚かせるようなトリック、アリバイ工作などは思い付かない。思い付いていたら今頃バイトなどしていない。
今頃高級マンション…まではいかないまでも、普通のマンションに住み、担当さんと電話をしたりしながら
「先生。今週末に原稿確認いけそうですか?」
「あぁ〜…。頑張ります」
という締切に追われる嬉しい悲鳴をあげていることだろう。
「あぁ〜…」
目の前のタブレットの画面で点滅している縦棒が現実を突きつけてきて嬉しくない悲鳴をあげそうになる。
「…いっそのこと犯人を悪魔にするとか。んで凶器は尻尾とか角。もしくは人の力を裕に超えたパワーで」
と言っていて虚しくなる。
「人外が出てきたらミステリーは破綻するよなぁ〜…」
そう。ミステリーとは人間同士の事情により発生する、人間の感情によって人間が起こす事件を
人間が人間の頭を使って、もしくは人間がパソコン、タブレット、スマホなどを駆使して
インターネットの情報、AIの知識を借り、凶器を隠したり、事件発生時刻
死亡推定時刻に自分には犯行は不可能であるというアリバイ工作をしたりして
それを人間が人間の頭、もしくは人間がパソコン、タブレット、スマホなどを駆使して
インターネットの情報、AIの知識を借り、凶器の隠し場所、アリバイトリックなどを解くのが醍醐味である。
人間同士の駆け引きが面白いというのに、そこに悪魔や天使、宇宙人や超能力者、異能力者が出てきたら
「犯人は超能力で凶器をこの世から消し去ったのだ!」
とか
「私の過去を見る能力で犯人は一目瞭然」
とか
「犯人は宇宙人で、被害者をキャトルミューティレーションし、UFOに乗せた状態で犯行を行った。
そしてそのUFOは今、透明状態で乗り降りを人に見られることがない
この日本のどこかの山、もしくは人気の少ない広場にあるはずだ!」
などという訳のわからないことになってしまう。
ん?異能力バトルかな?と思ってしまうような展開にならざるを得ない。
「あぁ〜…。トリックなぁ〜…」
とタブレットをローテーブルに置いて
暗い、テレビから流れる名探偵ロナンで照らされている部屋を歩き回る。
「こういうときは…」
玄関で目を瞑る。自分の部屋を想像する。そして自分に設定を付与する。
26歳会社員。彼女あり。大学時代から付き合っていた彼女で同棲中。
結婚を考えるが社会人になってから仕事仕事で彼女に構ってあげることができず
ようやく仕事に慣れて彼女に費やす余力ができたところで、今度は彼女が少し距離を置くようになった。
そして最近仕事がうまくいかず、思い切って仕事をサボって昼間に家に帰ることに。
ガチャッ。っとドアを開けたところから始まる。目を開ける。
「ただ…」
靴を脱ごうとしたとき「いま」を言いかけたとき、玄関に見知らぬスニーカーがあることに気づく。
心臓が止まったように、しかし自分の中の静寂に
心臓の音がはっきり聞こえるような矛盾した体の状況になる。
「あっ…。あん!…はあぁ…あっ!そこっ…あっ」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
玄関に見知らぬスニーカーがあった瞬間に想像したことであったが
実際そこの声を聞くと鼓膜が痛くなるような気がしてくる。
キーンと耳鳴りがするような、でも声がはっきりと聞こえ、しかしどんどん遠く聞こえてくる。
「はぁ…はぁ…」
「あぁ…あっ、あっ。あんっ、あんっ」
狭い部屋なのに玄関から奥の部屋が間延びするような、風邪やインフルエンザのときの視界のようになる。
オレは新卒で会社に就職して、仕事に慣れるように頑張って
もちろん仕事仕事で彼女を疎かにしたときもあった。でも仕方ない。
彼女とは大学のときから同棲していた。2人ともアルバイトをして生活していた。
彼女は大学生のときからアルバイトが長く続かず、いろんな業種、店舗を転々としていた。
そしてオレが新卒で就職。しかし彼女はアルバイトと怠けのせいで大学を留年。
しかもバイトを辞めていたのでオレの稼ぎで養うしかなかった。彼女は大学を2年留年。
そして大学を卒業することなく、アルバイトもせずにいた。
だから必死に働くしかなかった。きっとそのときに…。
「キスして」
「…はぁ…イキそうなの?…大学のときからイク前にキスせがむ癖変わってないよな…」
血の気が引いていくのがわかった。
こいつはオレが新卒で必死に働いているときに
大学で勉強もせず、アルバイトもせず浮気していたんだ。大学のときから…。
すでに緩めていたネクタイを重力の思うがまま、気力のない手つきで引っ張りネクタイを外す。
握力もないのかぶらーんと垂れ下がった手のままネクタイは地面にヘタリと落ちる。
自分の目が焦点が合っていないのが、無意識下に自覚できた。
その間も彼女の喘ぎ声と浮気相手の吐息が部屋を埋め尽くす。
最近セックスも抱き合うことも、触れることさえしていない。
あんなに感じる声、そしてどこか楽しそうな声を聞いたのは大学時代に付き合っていた当初くらい。
そんな声を聞ける浮気相手への嫉妬
そんな声をオレにじゃなくて浮気相手に聞かせている彼女への憎しみ
そもそも浮気させてしまうほど退屈させてしまっていた自分への失望
悲しみ、怒り、そしてこれからしようとしていることで
すべてのしがらみから解放されるという嬉しさ、すべての感情が体の中を渦巻いていた。
どんな感情なのかわからない感情で無気力になった手でキッチンの包丁を手に取る。
閉じられたすりガラスのスライドドアを開ける。もう何年も住んでいるため
スライドドアのさっしに砂利やら埃やらが溜まっているためか、引っかかり開きづらい。
引っかかった音に気づいたのか、スライドドアを開けるときには
布団で体を隠した彼女、その彼女の布団の端で陰部を隠している浮気相手がオレのほうを見ていた。
まるで他人に裸を見られるのが嫌だというような隠し方に
あぁ…もう…
と思った。
「な…なにしてんの?仕事は?」
焦り、怒り、そんな感情が伝わってきた。
「いや、なにしてんの?はこっちのセリフだよ」
なんていう言葉さえ口から出てこなかった。
オレの持っている包丁に気づいたのか、彼女と浮気相手の表情が一瞬にして強張る。
「…おっ…落ち着いて?…ほ、ほん…ほんの出来心だったの」
嘘だ。出来心?笑わせてくれる
浮気相手は彼女のことを守ろうともせずにいた。
まあ実際目の前に包丁を持った人が現れたら自分の身の安全を第一に考えるものだ。
一歩、また一歩とベッドに近づく。2人は絶句。
オレは妙に冷静だった。これからどんなことをするのか、自分が一番わかっているのに。
オレは包丁を振りかぶってベッドに突き刺した。手に伝わる鈍く硬い感触。
「あがあぁ!」
男が思わず声をあげる。男の左足首に包丁が突き刺さった。包丁を抜く。ベタに刃先に血がついていた。
男が足を押さえる。オレは無慈悲に包丁を背中に振り下ろした。
「っ!」
もはや声も出ない。彼女も非現実的な目の前の出来事に
顔を強張らせ、目を見開き、その目からは涙を流していた。
何度も、何度も、何度も何度も何度も刺した。気づいたら男は前屈するような形で動かなくなっていた。
心を落ち着けるように、鼻から息を吸い込む。肺に空気が溜まるのがわかる。
ベッドは血だらけ。彼女の顔にも、そしてオレの顔にも返り血が飛んでいた。オレは彼女の方を向く。
「…あぁ…っ…許…して」
許す?許さない?そんな選択肢すら頭の中にはもうない。
「これで楽になる。ありがとう」
オレは微笑んだ。うまく笑えたかはわからない。
でもこれが彼女の見る最後のオレだ。だったらせめて笑顔で送ってあげよう。
そんな優しいオレは彼女に包丁を振り下ろした。