テラーノベル
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魂が抜けたような顔で、意識なく、ひさしぶりのタバコを吸っている。
そのタバコはというと彼女の浮気相手のもの。
テーブルに置いてあったタバコの箱から1本抜いて、ライターも拝借して吸っていた。
ベッドには彼女だったもの、彼女の浮気相手だったものが転がっていた。
家の中は凄惨な殺人現場そのもの。血がカーテンにすら飛び散っていた。
気づけばタバコが短くなっていたので消そうとする。
もはやタバコを布団に押し付け、火事でも起こそうかと思った。
そうすれば彼女だったもの、彼女の浮気相手だったものが灰になり
いつ死んだのか、なぜ死んだのか、証拠諸々消し炭にしてくれると思ったからである。
そこで急に思考がいつも通りの自分に戻り、自分が人を殺したこと、人を殺したあの生々しい感覚
犯罪がバレたとき、捕まるということ、長期間の取り調べ、裁判
知らない人に見られ、何を思われているのか、当たり前だが会社からもクビを宣告され
上司、先輩、同僚、後輩、親い人からどう思われるのか
殺人犯を産んだとされる親、その兄弟に向けられる視線、免れない実刑で入る刑務所、そして刑務所での生活
2人殺したから、もしかしたら無期懲役かもしれない、そうなると生涯刑務所
もし出られるのだとしたら長い刑期を終え、外に出てからの生活
前科者、しかもその罪が殺人、そんな自分を雇ってくれる職場探し
もしそんなところがあるのだとしても慣れていないであろう仕事
1から覚え、怒られ、嫌になるだろう、そんな先々のことが一気に頭に流れ込んできて
喉がクッっと締め付けられるような感覚になり、バッっと立ち上がってキッチンへ向かって吐いた。
胃液が逆流してきたわけじゃない。ただ喉が締まった。それによりとんでもなく気持ち悪くなった。
「はあ…っ…はあ…」
顔が真っ白なのが鏡を見ずともわかった。
吐瀉物を流すために流した水が銀色のシンクを流れる。その流れる水を見てふと思った。
バレなきゃいいんじゃん
そう。バレさえしなければ捕まることはない。捕まることがなければ将来の心配なんてすることはない。
そもそもあんなヤリ凹ン浮気女とそのヤリ凸ン浮気相手なんかのせいでオレの人生が終わってたまるか
そう思い、気合いを入れるように顔を洗った。
まずは包丁に指紋を拭き取り、また包丁を握る。いつも料理をしているように。
包丁を逆手で持っていた指紋を誤魔化すために。そして彼女の指紋もつけた。
そして最後に彼女だったものの浮気相手だったものの指紋もつける。
ただでさえ彼女だったものの浮気相手だったものがあることが不自然だし
さらに彼女だったものの浮気相手だったものが包丁を逆手に持った指紋をつければ怪しさ倍増である。
スーツのまま彼女だったものとその浮気相手だったものを布団に包んだ。
さらに電気マットを押し入れから出して電気マットでも包んだ。
そして電気マットのコンセントを繋いで電源を入れた。さらにその上から血まみれのカーテンで包んだ。
そしてエアコンを暖房モードで稼働させ、温度を最高の30度にした。
さらに押し入れからこたつ用の布団を取り出し
テーブルとして利用していたこたつに布団をかけ、天板を乗せる。
布団と電気マットで包んだそれをゴロンと床に落とす。
こたつの脚をカサ増しするように本などを置いた。そしてこたつもコンセントを繋いで電源を入れた。
こうすることで死後硬直が遅まると素人考えで思いついたのだ。室内は気が遠くなりそうなほど暑かった。
オレは血まみれの手を洗い、血まみれのスーツを脱ぎ、テキトーな私服に着替えた。
顔を隠す用のキャップを被って外に出た。大急ぎで電車に乗った。交通系ICカードは使わず、切符を買った。
交通系ICカードで出入りすると記録が残ってしまうからである。
なるべく遠くのスーツブランドの店に行って、同じデザインのスーツとネクタイを購入した。
大急ぎで電車に乗って家へと戻った。もちろん交通系ICカードを使わずに切符を買って。
家に戻ったオレは私服と血まみれのスーツをホン・キオーテの黄色いレジ袋に詰め
また別の私服に着替え、実家に置いていた車をこっそりと取りに行き
トランクに私服と血まみれのスーツを詰めたレジ袋と
血まみれの布団とカーテンで包んだ彼女だったものの浮気相手だったものを入れ
エンジンをかけ、遠くの大きめの山の近くのコインパーキングに車を停めておいた。
そして電車を使って家へと戻った。もちろん交通系ICカードは使わず、切符を買って。
家に帰ってスーツに着替えてバッグを持って家を出る。最寄り駅周辺を彷徨くことに。
仕事をサボってしまったという罪悪感を感じている会社員を演じながら。
親子連れの前でわざと大きく転んで、バッグの中の書類やノートパソコンを散りばめ、お母さんに拾ってもらい
「すいませんすいません。ありがとうございます」
と言葉を交わし相手の印象に残す。
ファストフード店、ワク・デイジーに入り、飲み物だけを頼み席に座って時間を潰す。
その間にサブスクで映画を観る。しかし現実逃避とかではない。
いい映画を見つけて飲み物を飲み干してワク・デイジーを出る。
家に戻ると暑いのを我慢して彼女だったもののスマホからデリバリーを頼む。
デリバリーが到着したという通知が届き、その通知通りインターフォンが鳴る。
ドアスコープから覗くとまだ配達員さんがドア前付近でスマホをいじっていたので
オレはドアに近づき、先程ワク・デイジーで見つけた映画のワンシーンを音量マックスで流す。
「ねえ来たよー?ちょっと出てよー。私今シャワーで出れないし」
という女性の声。ドアスコープから外を覗く。
するとその声が聞こえたのか、ドア前の配達員さんがドアのほうを見る。
目なんてあっていないはずなのにドキッっとして心拍数が加速する。
「いいよ。置いといてくれるだろ」
という男性の声。
「すいませーん。置いといてくださーい」
という女性の声。あえて「手渡し」を選択したのは配達員さんに部屋の中の会話を聞かせるため。
そうすれば「男と会話をしていた」という配達員さんの証言を確保できる。
ドアスコープから覗くと「めんどくさ。最初から置き配にしとけよ」という顔をして
ドアスコープから見える範囲から出ていった。ドアに耳を押し当てて聞き耳を立てる。
バイクのエンジンがかかり、バイクが遠ざかっていく音を聞いてからドアを開ける。
頼んだ2人前のお昼ご飯を家の中に入れ
彼女だったものとその浮気相手だったものが喧嘩したような部屋の演出をする。
本や布団を散らばし、机、そして買ったお昼ご飯も部屋中にばら撒く。
そうすれば胃の内容物が検査されてもお昼ご飯を食べる前に争ったとされれば
お昼ご飯を買ったのに食べていなかったことを不自然に思われないからである。
スーツを全部脱いで全裸になる。そしてベッドに置いてある彼女だったものを包丁で刺すことに。
もう複数刺し傷がある。暖房、電気マット、こたつのおかげか、まだ温かかった。
改めて彼女だったものを見ると自分がどれだけ恐ろしいことをしたかに気づかされる。
目を瞑って包丁を振り下ろした。生々しい感触、感覚に吐き気を抑えながら
そして刺す度に心の大切ななにかが無くなっていくような感覚になりながら。
心の大切ななにかが相当なくなった頃、目を開ける。
もう心臓が止まっており、血液が循環していないためか、飛び散る血はそこまで多くなかった。
少し誤算だったが仕方がない。包丁を突き刺したままにし
ほとんど返り血はついていないと思うが念の為シャワーを浴びる。
体を拭いて、髪を乾かし、スーツを着て家を出る。
またワク・デイジーに入り、今度は持ち帰りで買って公園に行く。公園では親子が遊んだりしていた。
そんなスーツ姿の人が1人もいない公園でハンバーガーを食べる。
それだけでもなかなかに目立つと思うが、さらにそこから公園で粘った。
スマホをいじり、次第にベンチで寝転がることに。平日、親子が遊ぶ公園で長時間ベンチに居座り
終いにはベンチで寝転がっているスーツ姿の男なんて印象に残りまくるはずである。
ハンバーガーのバンズ、肉の食感に自分の部屋の光景がフラッシュバックし
吐きそうになるのを堪えながらハンバーガーを食べ進める。
空が不気味にオレンジに染まってきた頃、家に帰ることに。
もちろん家の前でアパートの住民に会わないように気をつけて。
家に入り、私服に着替えて、電車に乗って、車が停めてある山の最寄り駅で降り
ホームセンターでビニールのカッパとスコップ
それだけ買うと不審極まりないので、園芸用の土と園芸用の諸々も購入した。
車に積んで山へ向かう。都心から少しだけ外れた場所にある山。
都心の山ほど車通りは多くないし、田舎の山ほど動物はいない。そんな中途半端な山ほど誰も気にも留めない。
山の中腹、道路の端に駐車するスペースがあり、そこに車を停める。
スコップを持ってガードレールを跨いで山の斜面に立つ。
なるべくライトをつけずにに穴を掘る。なるべく深く、深く。ただ無心で穴を掘っていた。
無心になろうとしていたというほうが正しいかもしれない。ザッ、ザッっと土にスコップを入れ
少し湿った土の香りが鼻に届く度、自分はなにをしているんだろうと考えてしまう。
土の香りが子どもの頃を思い起こさせる。あの頃は無垢にアリだったりダンゴムシだったり
ミミズだったりを見つけるため土を掘ったり、カナヘビやカエルを見つけるために石を裏返したり
泥団子を作るために土を握っていたり、そんな頃の映像が脳裏に流れる。
成長した、成長してしまった自分は今、自分の将来を守るために穴を掘っている。
立派に成長した…成長してしまった…立派でもなんでもない。成長なんかしたくなかった…
思い出の中の自分、脳裏で笑っている幼い頃の自分を羨ましく、疎ましく思う。
気づかない間に頬を涙が伝っていた。涙は視界が歪むほど溢れて止まらなくなった。
それは自分のしてしまったことの後悔かもしれない。
正直、彼女だったものと彼女だったものの浮気相手だったものを殺したことは後悔していない。
しかし、捕まる恐怖、将来への恐怖、輝く幼い頃の思い出の中の自分を疎ましく思ってしまい
そんな輝く幼い頃の思い出の中の自分がこんなになってしまった
ごめんねという謝罪の気持ち、そんな後悔で涙が止まらなかった。涙を拭いながら掘り進める。
涙は枯れ果てたのか、気づけば涙は出ておらず、額から汗が流れ落ちていた。
「ふぅ〜…」
息が切れていることにも気づかなかった。無我夢中で掘っていたお陰で穴もだいぶ深く掘れていた。
スコップを地面に刺し、ガードレールを跨いで道路に戻る。血がつかないようにビニールのカッパを着て
車が来ないのを確認してトランクから布団で包んだそれを取り出す。
地面につかないように抱えてガードレールを跨ぎ、先程の穴の場所へ。
包んでいた布団からまずは彼女だったものの浮気相手だったものを穴に落とす。
さらに血まみれのスーツと私服を詰めたレジ袋も車から持ってきて、中に触れないように穴の中に服を落とす。
もちろんレジ袋も埋める。じゃあなぜわざわざレジ袋から出したのか。
それはあわよくば時間が経てば土に住む菌類が分解してくれるかもしれないから。
そしてその上からそれらを隠すように布団を被せる。
そうすることで万が一誰かが間違って掘り当ててしまっても
最初に布団に掘りあたるので気が付かれる可能性を薄めてくれる。
地面に刺していたスコップを手に持って土をかける。
穴を掘る作業よりはよっぽど楽だが、やはり穴を埋める作業も疲れる。
何時間かかったのかわからないが穴を埋め終え、土が柔らかいので踏み固める。
あとは家に帰る。実家に車を返して家に帰り、またスーツに着替えて公園へ。
公園のベンチでしばらく寝転がる。疲れで寝そうになるが堪える。
しばらくスマホをいじり、コンビニへ行って軽いツマミとお酒とタバコを買う。
正直、疲れ、そして自分のやったことで食べ物など喉を通らなかったが無理にでも喉を通す。
なんならお酒の力で丸呑みするように。タバコを吸う。
タバコは彼女だったものが嫌いと言っていたので家では吸わず
会社で吸って帰る前には会社に置いてある消臭スプレーをかけていたが、もう気にしなくていい。
ただ無心でタバコを吸う。現実が煙となり空に消えていけばいいのに。なんて思うことすらなく。
しばらくしていたら制服の警察官2人が公園に来た。
おそらく小学生、中学生、高校生などがいないかの確認だろう。
警官の姿を確認してもオレはタバコを消すことはなかった。
警官にか気づいていないフリをしてタバコを吸い続ける。すると
「すいませーん」
案の定警官が話しかけてきた。
「はい」
「おタバコなんですけど、一応公園では」
「あぁ。はい」
と素直にタバコをお酒の空き缶に入れる。
「すいません」
なぜか警察官が謝る。そしておそらくお酒の空き缶、ツマミの容器を見たのだろう
「すみませんが、免許証など、身分を正面できるもの持っていたりしますか?」
と警官が聞いてきた。
「あぁ。はい」
「見せていただいてもよろしいですか?」
「あぁ…。はい」
財布から免許証を出し、警官に渡す。免許証を受け取った警官は少し離れて
懐中電灯で免許証を照らしてなにやら確認している。もう1人の警官が話しかけてくる。
「ここではなにを?」
来た。その質問を待っていた。
「あぁ。…はあぁ…。なんか仕事疲れちゃって。人生で初めてサボって」
「あぁ。そうなんですね。何時頃からここで?」
「朝家出て、一回会社の最寄り駅行ったんですけど帰ってきて家帰ろうと思ったけど
彼女になんて言えばいいのかわからなくて、それで公園来たりしたので…。
朝一回来て、他のとこブラブラして、お昼前に一回ワック行って飲み物飲んで、またブラついて
お昼またワックでハンバーガー買って公園で食べて
昼寝して、でまたブラついてお酒買って戻ってきてって感じなので、何時からとかは」
「あ、そうなんですね。ちなみにお仕事は」
「あ、ま、ただの会社員です」
「お仕事大変ですもんね」
「そうですね…」
「でも公園でお酒飲んだりタバコ吸うのはやめていただいて」
「はい。すいません」
するとオレの免許証を持っていた警官がなにを確認したのか知らないが
少し離れたところからこちらに近づいてきて
「すいません。ありがとうございました」
と免許証を返してくれた。
「じゃ、ま、彼女さんのとこに帰っていただいて」
「…」
なにも言わずうんうんと頷き
「はい」
と呟く。そしてゴミと荷物をまとめて立ち上がる。
「お気をつけて」
という言葉に軽く頭を下げて家に戻る。
しかし警官に言われてすぐに帰るというのも不自然な気がしたので行きたくもない居酒屋へ行った。
テキトーに飲んでから家に帰った。扉を開けるとムワッっと生臭い香りとともに
30度に設定していた暖房の暑さ、血のせいかわからないが、どこか湿気を感じる暑い風が襲った。
生臭さと暑さ、そして食欲がないのに無理矢理食べたつまみやお酒のせいで吐きそうになったが
グッっと堪える。中に入りすぐに扉を閉め、暖房から冷房に切り替え、温度を最低温度に設定して窓を開ける。
通報し、警察が来て部屋が暑いとおかしいので。しばらくして室内の温度が落ち着いたところで
冷房の温度を25度くらいにし、暖房の温度も28度くらいにしてエアコンを止めた。
そして警察に通報するためにスマホの緊急連絡で110を入力した。
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