テラーノベル
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生い茂る森の奥──
幾重にも折り重なる葉の天蓋が
天空の蒼を覆い隠し
わずかに差し込む日の光さえも
緑に濾過され仄かにしか地を照らさない。
濃密な湿気を孕んだ空気は
まるで大地そのものが
息づいているかのように 肌へまとわりつき
足元の腐葉土は 歩を進めるたびに
ぬかるみのような音を漏らす。
木々は皆、 数百年を生きたかのような
太さと高さを誇り
苔むした幹には蔦が絡みついている。
風も通わぬほどの沈黙が
森全体に漂っていた。
その静寂の中心──
忽然と現れる、小高い丘。
鬱蒼とした森にあって
そこだけはぽっかりと抜け落ちたように
空が見えた。
丘の頂には
一際異様な存在感を放つ一本の大樹が
天を衝くように聳えていた。
その幹は
人が十人で囲んでも届かぬほどに太く
黒紫に濡れたような樹皮は
ひび割れた箇所から樹液を垂らしている。
大地に深く根を張り
まるでこの地そのものを
支えているかのような 圧倒的な存在感。
枝は無数に広がり
その先端に咲き乱れる花は
血の気を帯びた淡紅──
花弁一枚一枚に濃淡が混じり
幻のような揺らぎを持って風に舞っていた。
その枝のひとつに、静かに腰かける影──
幼子であった。
髪は銀糸のごとく
短く切り揃えられている。
全身に包帯が巻かれ
その隙間から覗く肌は
爛れて紫黒く変色していた。
特に右腕は壊死に近く
黒ずんだ指先からは骨が露わとなり
じくじくと膿が滲んでいる。
けれど、その目は、怯えも痛みもなく
ただ静かに、厳かに周囲を見下ろしていた
──否、見守っていた。
やがて、幼子は瞼を伏せると
低く、深く
腹の底から響くような声で 告げた。
「お待ちしておりました⋯⋯我が主様」
小さな手が、骨ばった指を覗かせながら
ゆるやかに前へと差し伸べられる。
その指先──
桜の幹が軋み、蠢き始めた。
嗄れた樹皮が裂け
そこから滴る樹液が地に音を立てて落ちる度
空気が濡れてゆく。
そして
裂け目の中から現れたのは──
人影。
滑らかな白い肌。
濡れたような黒褐色の髪が頬に貼りつき
静かに閉じられた目元に影を落とす。
滴る樹液は彼の肩を伝い、胸を滑り
腰まで垂れて、地に音を刻んだ。
やがて、その瞼が微かに震え──
開かれる。
鳶色の瞳が、光を探すように瞬き
前方の幼子を見据えた。
その表情には
混濁した夢から戻ったばかりの
朧な意識が滲み
目元には──
驚き、そして何より
深い悲しみと安堵が浮かんでいた。
「貴方⋯⋯
そんな姿になってまで──
僕を待っていてくださったんですか?」
掠れたその声に、幼子は何も言わず
ただ静かに頷いた。
その時
ふわりと宙を舞うように──
もう一人の男が姿を現す。
琥珀色の瞳。
乱れたダークブラウンの髪。
無骨で
だがどこか哀しみを孕んだ眼差しの男が
音もなく青年に近づき、その腕を取った。
青年の足はふらついていたが
男の支えによって
ようやく地に立つことが叶う。
次いで、幼子が差し出したのは
藍色の着物──
その布は
何年も封じられていたとは
思えぬほどに清らかで
風にそよいだ花弁のように軽やかだった。
青年はそれをゆっくりと羽織ると
裾を正しながら
懐かしむように布地を指で撫でた。
──だが、沈黙は長く続かなかった。
「⋯⋯⋯彼女は──?」
震える声が、空気を切り裂いた。
それに答えるように
幼子はわずかに顔を伏せ、膝をつく。
風が、吹いた。
咲き誇る花弁がはらはらと舞い
血のごとく濃い淡紅の彩りが
地に降り注いでいく──
そして
大樹の下に広がるその絨毯に
静かに、静かに涙が滲んだ。
コメント
3件
急にすいません、私が書いたクラスティー・ショー読んでみてくれませんか。あと肝臓もお願いします
震える手で扉に触れた少女は、まだ知らない。 その店の奥で、すべてを見透かす〝彼〟が待っていることを。 真実と絶望の狭間へ──静かに、運命の扉は開かれる。