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生い茂る森の奥。
濃密な緑が視界を覆い
日の光は葉の隙間から僅かに
地面を照らしていた。
湿った土の匂いと
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
そんな鬱蒼とした森の中
忽然と現れる小高い丘。
そこには
一際目を引く大樹が聳えていた。
幹は異様なほどに太く
どっしりと根を張っている。
その無数に伸びた枝の先には
まるで血を吸ったかのような
濃淡の入り混じる幻想的な淡紅色の花が
咲き乱れていた。
満開の花弁が風に舞い
静寂の中でひらひらと
地に降り積もっていく。
その枝の一つに
幼子一人が座っていた。
銀の髪は短く切り揃えられ
巻かれた包帯の隙間からは
爛れた肌が覗いていた。
右腕は酷く黒ずみ
指先に至るまで腐ったように変色し
じくじくと肉が裂け
膿が滲んでいる。
しかし、その小さな顔は
どこか凛とした威厳に満ちていた。
「お待ちしておりました……我が主様」
低く、深く響く声。
幼子の小さな手が
包帯の隙間から骨が露わになった指が
ゆっくりと前に伸ばされる。
その指の先、桜の幹が徐々に歪み
嗄れた樹皮の裂け目から
何かが産み落とされるように
人の姿が浮かび上がる。
白く滑らかな肌に
濡れたような黒褐色の髪。
滴る樹液が身体を這い
地面に落ちる度に湿った音が響いた。
青年の瞼が薄く開かれ
鳶色の瞳が現れる。
まるで
長い夢から目覚めたばかりのように
朧げな意識の中
その瞳は幼子を見つめる。
「貴方……
そんな姿になってまで……
僕を待っていてくださったんですか?」
その声には
安堵と哀しみが入り混じっていた。
桜の幹から漸く全身が現れた青年は
艶やかで
だが、血の気のない肌を晒していた。
すると、その青年の傍に
ふわりと宙を舞うように男が現れた。
琥珀の瞳を持ち
ダークブラウンの髪を跳ねさせた
無骨な印象の男だ。
男は静かに青年の腕を取り
その身を支えるように地に降ろした。
青年はふらつく足でなんとか立ち上がると
目の前に傅くように座る幼子から
差し出された藍色の着物を受け取った。
滑るように羽織り
まるで身体を慣らすように
指先で布地を探る。
「………彼女は……?」
青年の声は⋯震えていた。
幼子は口を開くことなく
ただ曇った表情でその場に膝をついた。
淡紅の花が
はらはらと舞い落ちる。
地に散った花弁は
血のように濃く色付いていた。