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わあ……第9話、めちゃくちゃ胸にきました……! シエルが隔壁を吹き飛ばして現れるシーン、あの白銀の鬣と燐光の描写だけで一気に世界観に引き込まれました。 それでいて、巨体とは思えないほど甘える仕草とか、「あとで絶対回収するぞ」って予紬さんが言ったときのシエルの低い喉鳴らし……もう大好きです。 ラスト、小さくなったシエルが煤だらけで生きていた安心感と、それでも喉を鳴らす姿に泣きそうになりました。 葉菜さんの描く命の重さが、すごく伝わってくる回でした。ありがとうございます。
──ドォンッ!!
第三通路の隔壁が、大きく揺れた。
子供達が悲鳴を上げる。
警備部隊か。
俺は反射的にしゆらを抱き寄せ、通路の奥へ視線を向けた。
もう一度。
──ゴォンッ!!
鈍い衝撃音。
分厚い隔壁が僅かに歪む。
「来る……っ」
ルカが耳を伏せる。
だが次の瞬間。
「……いや」
違和感に気づく。
爆薬じゃない。
もっと、重い。
何か巨大なものが、無理やり壁を押し潰している音だった。
そして。
ピシ、と隔壁へ亀裂が走る。
「え……?」
子供の一人が息を呑む。
直後。
──ガァァァァンッ!!!
隔壁が内側へ吹き飛んだ。
煙と粉塵が通路へ流れ込む。
警備兵達が反射的に銃を向けた。
その煙の奥で。
低く、湿った呼吸音が響く。
「……まさか」
俺は小さく目を細める。
ゆっくりと現れたのは、
巨大な白銀色の魔獣だった。
四足歩行。
狼にも竜にも見える異形。
肩まで届く長い鬣の隙間から、淡い青色の燐光が漏れている。
そして何より異様なのは。
その口元から、白い霧が絶えず溢れていることだった。
「……シエル」
低く名前を呼ぶ。
巨大な魔獣が、ぴたりと動きを止めた。
金色の瞳が真っ直ぐこちらを見る。
次の瞬間。
ぐり、と巨大な頭がこちらへ寄ってきた。
「うわっ!?」
ルカが飛び退く。
だがシエルは構わず、俺の肩へ鼻先を押しつけてきた。
冷たい霧が白衣を撫でる。
「……探しに来たのか」
低く喉が鳴る。
返事みたいだった。
周囲の子供達が呆然と見上げている。
「でっか……」
「予紬さん、この子……」
しゆらが目を丸くする。
シエルはその声に反応し、今度はゆっくりしゆらを見る。
暴走剤の匂いを感じ取ったのか、鼻を小さく鳴らした。
そして。
ふわり、と白いガスを吐き出す。
冷たい霧だった。
しゆらの頬へ触れた瞬間、苦しそうだった呼吸が少しだけ落ち着く。
「……あ」
しゆらが目を瞬く。
「呼吸器官変異型だ」
俺はシエルの首元を撫でながら言う。
「生成ガスに鎮静効果がある」
「こんなの初めて見た……」
ルカがぽかんと口を開ける。
シエルはそんな周囲など気にせず、再び俺の肩へ頭を擦り寄せてきた。
その巨体からは想像できないくらい甘える動きだった。
「お前、隔壁壊して来たのか」
低く唸る。
肯定らしい。
「……馬鹿力」
だが、そのおかげで助かった。
第三通路はもう塞がりかけていたからだ。
その時。
シエルの耳がぴくりと動く。
次の瞬間。
通路の向こうへ向かって、低い唸り声を漏らした。
警戒。
俺もすぐ気配を感じ取る。
武装兵だ。
しかも数が多い。
「……来るな」
小さく呟く。
するとシエルの喉奥が、青白く光り始めた。
周囲の温度が一気に下がる。
白いガスが、静かに地下通路を満たしていった。
冷気混じりの霧。
熱を帯びていた空気が、一気に冷やされる。
「……すご」
ルカが目を丸くする。
しゆらも小さく息を吐いた。
「楽に……なってる」
暴走剤の熱が少し抑えられているらしい。
シエルはそんな俺達を庇うみたいに通路の前へ立った。
巨大な背中。
白銀の鬣が、赤い警告灯の中でぼんやり光っている。
そして。
──ダダダダッ!!
通路の奥から武装兵達が雪崩れ込んできた。
「いたぞ!!」
「処分対象確認!!」
銃口が向く。
だが次の瞬間。
シエルの喉奥が強く光った。
ゴォォォッ——!!
白い濃霧が一気に噴き出す。
武装兵達の悲鳴。
視界が完全に塞がれる。
「な、なんだこれ……っ!」
「前が見え——」
直後。
ガァァンッ!!
鈍い衝撃音が響いた。
霧の向こうで誰かが吹き飛ばされる。
シエルだった。
巨体とは思えない速度で突っ込んでいる。
「ぎゃあああっ!!」
銃声。
怒号。
だが白霧の中では狙いが定まらない。
シエルだけが、迷いなく動いていた。
「……時間稼ぎしてる」
しゆらがぽつりと呟く。
その声に、シエルの耳がぴくりと反応した。
まるで“早く行け”と言うみたいに。
俺は小さく舌打ちする。
「……お前まで無茶するな」
低く喉が鳴る。
少し得意げだった。
その瞬間。
ズドンッ!!
重い炸裂音。
シエルの身体が僅かによろめく。
焼夷弾。
白銀の毛皮が焦げる匂いが広がった。
「シエル!」
しゆらが声を上げる。
だがシエルは止まらない。
逆に唸り声を上げ、さらに深く霧を噴き出した。
武装兵達が完全に混乱する。
「熱源が消えた!?」
「位置がわからん!」
「撃て!! 全部撃て!!」
無茶苦茶だ。
味方ごと撃っている。
その光景を見た瞬間。
胸の奥が冷えていく。
人間側はもう、
地下の命を命として見ていない。
ただ“処分対象”として焼いているだけだ。
「予紬さん……」
しゆらが不安そうにこちらを見る。
俺はすぐ視線を戻した。
「走るぞ」
「でもシエルが——」
「アイツは自分で来た」
だから。
自分で選んで残っている。
シエルは霧の向こうで、ちらりとこちらを振り返った。
金色の瞳。
そこに恐怖はない。
むしろ。
“早く行け”と急かしているみたいだった。
「……あとで絶対回収するぞ」
そう呟くと、シエルは満足そうに低く喉を鳴らした。
次の瞬間。
再び轟音。
シエルが霧の中へ飛び込み、武装兵達を吹き飛ばしていく。
その隙に。
崩れかけた第三通路を抜けた頃には、地下全体が揺れていた。
熱風が背中を押し、
崩落音が絶え間なく響く。
「急げ!!」
俺の声に、子供達が必死に走る。
しゆらはまだ苦しそうだったが、それでも転びそうな子供の手を離さなかった。
やがて。
重い非常扉を抜けた瞬間。
冷たい夜風が頬を打つ。
「……っ」
外だ。
研究所裏手の廃棄搬出口。
普段ほとんど使われない非常経路だった。
子供達がその場へ崩れるように座り込む。
ルカなんか完全に息切れしていた。
「はぁっ……はぁ……っ」
しゆらも呼吸を乱しながら、壁へ寄りかかる。
暴走剤の熱はまだ抜けていない。
だが地下よりは少し落ち着いている。
俺はすぐ背後を振り返った。
研究所。
巨大な白い塔。
赤色灯が点滅し、
上層階ではまだ火災が広がっている。
だが。
妙だった。
「……静かすぎる」
その瞬間。
研究塔中央部が、不自然に白く光った。
「——伏せろ!!」
叫ぶより先だった。
轟音。
世界が白く染まる。
次の瞬間。
──ドォォォォォンッッ!!!!
研究塔そのものが吹き飛んだ。
爆炎。
衝撃波。
空気が震え、
地面が揺れる。
巨大な塔が、
まるで内側から抉り取られるみたいに崩壊していく。
子供達の悲鳴。
しゆらが思わず俺へしがみついた。
爆炎が夜空を赤く染める。
崩れる。
全部。
研究室も、
地下も、
あいつらの居場所も。
「……シエル」
小さく呟く。
返事はない。
ただ炎だけが燃え上がっていた。
その後。
軍はしばらく周辺を封鎖した。
処分完了確認。
生存個体捜索。
焼却処理。
遠くから聞こえる無機質なアナウンスを、俺達は瓦礫の陰で黙って聞いていた。
しゆらはずっと俯いたままだった。
何も言わない。
ただ、白衣を掴む手だけが少し震えている。
そして数時間後。
ようやく軍が撤収する。
静まり返った跡地へ、俺達は戻った。
そこにあったのは。
もう研究所とは呼べない何かだった。
瓦礫。
焼け焦げた鉄骨。
灰。
地下へ続いていたはずの搬入口も完全に潰れている。
「……っ」
ルカが言葉を失う。
子供達も誰も喋らなかった。
俺は無言で瓦礫を退かし始める。
しゆらも、
ルカも、
みんな黙って手を動かした。
誰かいるかもしれない。
そう思いたかった。
だが。
出てくるのは焼けた破片ばかりだった。
時間だけが過ぎていく。
夜が深くなる。
子供達の顔にも疲労が滲み始めた頃。
「……待って」
しゆらが突然立ち止まる。
静かな声だった。
「今、聞こえた」
全員の動きが止まる。
しゆらはゆっくり瓦礫の山へ近づいていく。
その奥。
崩れた鉄骨の隙間。
「……っ」
ルカが目を見開く。
そこにいたのは。
小さな白い獣だった。
子犬ほどの大きさしかない。
白銀の毛並みは煤だらけで、
片耳も焼け落ちている。
だが。
淡い青色の燐光だけは、
まだ微かに瞬いていた。
「……シエル」
俺はすぐ駆け寄る。
シエルは瓦礫に押し潰されながら、それでも生きていた。
荒い呼吸。
血。
酷い火傷。
なのに。
俺の顔を見た瞬間。
小さくなったシエルは、
安心したみたいに喉を鳴らした。