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体育館裏に着いた咲幸は掃除用具入れのドアを開け、何かを取り出した。花柄の風呂敷を包まれているお弁当箱だった。
(お弁当、隠しといて良かった。)
咲幸はホッと安心すると同時に嫌なものを思い出した。
数年前、咲幸が中学校に進学してから半年後に偶然にも自分と同じ学校に通っていた椿姫たちがある日の昼休みで教室でお弁当を食べている自分の所に来て、お弁当を取り上げたかと思いきや、クラスのみんなが見ているにも関わらず、目の前でお弁当の中身を落としたという嫌な思い出があった。
それ以来から咲幸は毎日コンビニ弁当のような感覚で菓子パンやジュースを買っていた。
(こうするしか方法がない。またあんな目に遭うのだけは避けたいし······かと言って、これ(潰れた菓子パン)を捨てるのは勿体ないから食べなきゃいけない······。)
咲幸は右手に持っているビニール袋を見て、溜め息をつきながら、掃除用具入れのドアを閉めた。
「······いただきます。」
体育館裏の階段に座った咲幸はお弁当を開けた。中にはタコさんウインナーときんぴらごぼう、分厚い玉子焼きとご飯が入っていた。
「っ!……“先生”ったら。」
まさかタコさんウインナーが入っていた事を知らなかった咲幸は思わず表情を和らいだ。17歳の自分をまだ子ども扱いをしている“先生”が可笑しくも大事にしている感じがしてとても嬉しかったから。
暫く昼食を取っているとどこからか「ニャー」という猫の鳴き声がした。見渡すと近くにある花壇の端から三毛猫が少し覗いていた。
「······怖がらないで。おいで。」
咲幸は三毛猫に向かって優しく手招きをした。咲幸の言葉が伝わったのか、咲幸が怖そうな人では見えないのか、三毛猫は花壇の端から出てきて、咲幸にゆっくり近づいた。三毛猫とはいうもの少し痩せた子猫だった。
そんな子猫を見た咲幸はとても可哀想に思い、「ちょっと待ってね。」と子猫に言いながら、お弁当箱の蓋にまだ残っていたウインナーとたまご焼きにご飯を少し乗せ、子猫に差し出した。咲幸はビニール袋に入っていた潰れた菓子パンを食べた。
一方、子猫はあまりの空腹感に我慢出来なかったのか、凄い勢いで食べた。
(ずっとお腹空いていたんだ······。)
咲幸はいつの間にか平らげた子猫を撫でようと手を伸ばした。咲幸の手が近くに来ている事に気づいた子猫は最初は怯えながら頭を屈めていたが、咲幸の手が触れた瞬間に緊張感と恐怖心が少しずつ無くなっていき、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「あなたも一人?捨てられたの?」
咲幸は切なそうな声で子猫に言った。子猫は「うん」と言うかのように「ニャー」と鳴いた。 咲幸は子猫を抱き上げ、なるべく苦しまないように子猫を抱きしめた。子猫は嫌がらず、暴れず、ただ咲幸の顔を頬ずった。
「······私と一緒ね。」
咲幸はとても悲しそうな声で呟いた。
······一人ぼっちは───寂しい。
移動する時も体育の時も、こうして昼休みを過ごすのもいつも一人。
(ずっと一人ぼっち。小学校の頃から······いや、“あの日”から───。)
咲幸の脳裏に浮かんでいたのは“あの日”に感じた金木犀の甘い香りに混じった冷たい風と最後に見た“ある女性”の背中だった。
5月の温かい風が咲幸たちを優しく包まれるよう吹いた。昼休みの終わりと午後からの授業の始まりを告げる予鈴がなるまで咲幸は暫く子猫を抱きしめた。
「······ごめんね。もう戻らなきゃいけないから。」
「ニャー······」
咲幸の言葉に子猫は不安そうに鳴いた。咲幸はお弁当を片付け、教室に戻ろうとした時に子猫の方に振り返り、
「できれば······また明日ここで会いましょ。」
と優しく言った。子猫は「うん、また明日!」と言うかのように元気に「ニャー!」と鳴いた。子猫の鳴き声を聞いた咲幸は安心して自分の教室に向かって走って行った。
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