テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
まきぴよ
4,877
おその★
23,676
雑誌の発売日。
その日の夜。
九人は。
また阿部と目黒の家へ集まっていた。
テーブルの上には。
今日発売されたばかりの一冊が置かれている。
ただし。
一冊ではなかった。
「……何冊買ったの?」
阿部が聞く。
佐久間が。
得意げに答えた。
「三冊!」
「なんで?」
「保存用! 読む用! 予備!」
渡辺が。
呆れたように眉を寄せる。
「予備って何だよ」
「何かあった時用!」
「本に何があるんだよ」
ラウールが吹き出す。
康二も。
自分の前に一冊置いていた。
「俺もちゃんと買ったで」
深澤が。
「カメラマンも買うんだ」
とからかう。
「買うやろ!」
「送ってもらえるんじゃないの?」
「もらったけど、自分でも買いたかったんや!」
岩本が。
「嬉しかったんだね」
と穏やかに言う。
「そら嬉しいよ」
康二は。
照れくさそうに笑った。
自分が撮ったものが。
一冊の本になった。
完成品は。
編集部から事前に受け取っている。
中身も。
すでに確認していた。
それでも。
店頭に並んだものを。
自分の手で買いたかった。
佐久間が。
待ちきれない様子で。
表紙をめくる。
「開けていい!?」
阿部が笑う。
「何で俺に聞くの?」
「ここあべちゃん家だから!」
「関係ないでしょ」
「じゃあ開ける!」
勢いよくページを繰る。
「あった!」
早い。
最初に見つけたのは。
阿部と目黒のページだった。
「うわあああ!」
佐久間の声が。
リビングいっぱいに響く。
渡辺が。
「うるさ」
と眉を寄せる。
「だって見て!」
見開きいっぱいに。
黒い背景。
その中で。
光に縁取られた二人が並んでいる。
一枚目は。
目黒が阿部の後ろから腕を回しているカット。
阿部は。
レンズを見ていない。
少しだけ後ろへ視線を向け。
口元を柔らかく緩めている。
佐久間が。
「これいい!」
と指差す。
ラウールも身を乗り出した。
「あべちゃん、撮影中の顔じゃないね」
「康二に、無理に笑わなくていいって言われたから」
「へえ」
目黒は。
黙ったまま。
そのページを見つめている。
阿部が気づく。
「めめ」
「ん?」
「見すぎ」
「だって、いいカットだから」
「さっきから同じところばっかり」
「いいじゃん」
「自分も写ってるでしょ」
「でも、あべちゃん見てる」
阿部の頬が。
少し赤くなる。
「本じゃなくて、本物を見ればいいじゃん」
目黒は。
すぐに阿部へ顔を向けた。
「じゃあ、見る」
「そういう意味じゃない」
一拍遅れて。
部屋に笑いが広がる。
佐久間は。
さらにページを進めた。
そして。
「あ!」
また声を上げる。
「これ!」
額を寄せたカット。
阿部が。
自分から目黒へ近づいた一枚だった。
誌面では。
大きく扱われている。
唇は触れていない。
目黒は。
ほとんど動かず。
阿部だけが。
距離を縮めている。
目黒が。
ページを見ながら呟いた。
「これ、選ばれたんだ」
「うん」
阿部も。
静かに頷く。
撮影のあと。
自分で掲載してほしいと伝えたカット。
今。
多くの人の目に触れる場所へ出ている。
それでも。
不思議と嫌ではなかった。
胸がざわつくこともない。
これは。
誰かに勝手に作られた関係ではない。
誰と。
どこまで近づくのか。
何を見せるのか。
自分で決めた。
阿部が。
わずかに口元を緩める。
「……やっぱり、これでよかった」
目黒が。
阿部へ視線を向ける。
「うん」
それだけで。
十分だった。
次のページは。
白を基調にした岩本と深澤の特集だった。
「あー!」
今度は深澤が声を上げる。
「やっぱり指輪が目立つ!」
二人の左手。
薬指には。
それぞれ二本ずつ。
しかも。
手元まで写ったカットが。
思っていた以上に大きく使われている。
渡辺が。
すぐに反応した。
「多いな」
「だから言ったじゃん!」
「何が?」
「こうして並ぶと多いって!」
ラウールが。
真剣な顔で数える。
「本当に四本ある」
「数えなくていい!」
佐久間が。
誌面を指差す。
「婚約指輪渋滞!」
「それ、放送の時にも言われた!」
岩本は。
特に気にする様子もなく。
ページを眺めている。
「いいじゃん」
深澤が振り返る。
「照、感想それだけ?」
「だって」
岩本は。
誌面の中の二人の左手へ目を落とす。
「ちゃんと全部写ってるし」
「……うん」
「ふっかからもらったのも」
一本。
「俺がふっかに渡したのも」
もう一本。
「両方」
深澤の顔が。
じわじわ赤くなる。
渡辺が。
「また始まった」
と呟く。
深澤は。
岩本の肩を軽く叩いた。
「発売日に照れさせんなよ!」
岩本は。
いつも通りの穏やかな顔で笑っていた。
続いて。
宮舘と渡辺のページが開かれる。
さっきまで騒いでいた佐久間も。
少しだけ声を落とした。
「……かっこいい」
白い渡辺。
黒い宮舘。
二人は。
ほとんど触れていない。
宮舘は。
渡辺へ視線を向け。
渡辺は。
正面を見ている。
次のカットでは。
指先だけが。
わずかに触れていた。
さらに。
渡辺が無意識に指輪を撫でている瞬間も。
小さく切り取られている。
渡辺の手が。
そのページで止まった。
「……これも使ったんだ」
康二が頷く。
「編集さん、めっちゃ気に入ってた」
「そうなんだ」
宮舘も。
隣からページを覗き込む。
「俺も好き」
「聞いてない」
「言いたかったから」
渡辺は。
誌面へ視線を戻す。
指輪は。
以前とは少し形が違う。
一度壊れて。
二人で修理へ出し。
前より丈夫になって戻ってきたものだ。
その現在の姿が。
きちんと残されている。
渡辺は。
印刷された指輪には触れず。
自分の左薬指を撫でた。
宮舘が。
その動きに気づく。
「また触ってる」
「……いいだろ」
「うん」
「安心するかって?」
「聞いてないよ」
「顔に出てる」
渡辺は。
少し黙ってから。
小さく息を吐いた。
「まあ」
声を落とす。
「ちょっとする」
宮舘の表情が。
一気に柔らかくなる。
渡辺がすぐに気づいた。
「その顔やめろ」
「嬉しくて」
「言うな」
康二が。
「今の二人、撮りたいわ」
と呟く。
渡辺が。
「今日はもう仕事終わってんだろ!」
と即座に返した。
さらにページを進める。
佐久間。
康二。
ラウール。
三人が。
床に座り。
自然に身体を寄せ合っている。
佐久間が。
「これ!」
と指差した。
「俺、これ好き!」
ラウールも。
「僕も」
と頷く。
「楽しそう」
「実際、楽しかったやん」
康二が答える。
「康二、挟まれてるし」
「二人が寄ってきたんや!」
「康二くんも寄ってたじゃん」
「ラウ
は脚が長すぎる」
「まだ言う?」
三人が。
また言い合いを始める。
その横で。
阿部が。
次のページをめくった。
そこには。
康二一人のカットがあった。
笑顔ではない。
大きく。
一ページを使っている。
康二が。
一瞬。
言葉を失う。
「……こんな大きかったん?」
阿部が。
「知らなかったの?」
「完成版を見た時も驚いたけど」
改めて。
店頭に並ぶ本の中に。
自分の静かな表情がある。
いつもの明るい笑顔ではない。
それでも。
今見ても。
嫌ではなかった。
佐久間が。
横から覗き込む。
「やっぱり、これかっこいい」
ラウールも頷く。
「康二くんっぽくないって思う人もいるかもしれないけど」
少し考えてから。
「俺たちからしたら、普通に康二くんだよね」
康二が。
ラウールへ顔を向ける。
「ほんま?」
「うん」
阿部も。
誌面へ目を落とす。
「だから言ったじゃん」
「康二が笑ってない時の顔も知ってるって」
「……うん」
康二は。
照れたように鼻を擦った。
「これ」
阿部を見る。
「あべちゃんが撮ったんやもんな」
「そうだよ」
「ええカットやな」
阿部が笑う。
「自分で言う?」
「撮った人を褒めてんねん!」
「ありがとう」
康二も。
今度は自然に笑った。
最後は。
九人全員のページだった。
最初に組んでいた整然とした配置ではなく。
康二が構図を崩したあと。
それぞれが好きな場所へ集まった一枚。
佐久間と康二とラウールは。
前方で肩を寄せ合っている。
深澤は。
岩本へ少し身体を預け。
宮舘と渡辺は。
触れるか触れないかの距離にいる。
阿部は。
目黒の脚へ背中を預けていた。
誰も。
同じ形ではない。
それでも。
全員が誰かのそばにいる。
「これ、いいな」
岩本が言う。
深澤も。
「九人っぽい」
と頷いた。
康二は。
そのページを。
しばらく黙って見つめていた。
自分が最後に残したかったもの。
恋人だから近い。
親友だから近い。
長く一緒にいるから近い。
そんな一つの言葉だけでは。
まとめきれない。
九人それぞれの距離が。
一枚の中に。
そのまま残っている。
「康二」
阿部が呼ぶ。
「何?」
「よかったね」
康二が。
本から顔を上げる。
「うん」
少し照れながら。
それでも。
嬉しそうに頷いた。
「めっちゃよかった」
その夜。
みんなが帰ったあと。
康二も。
自分の部屋へ戻った。
けれど。
すぐには眠らなかった。
机の上から。
一冊のアルバムを取り出す。
現実へ戻ってから。
少しずつ増やしてきたものだ。
九人で過ごした時間。
笑っている日。
疲れている日。
ふざけている日。
誰もレンズを意識していない日。
その時々の姿が。
一枚ずつ収められている。
康二は。
今日持ち帰ったデータの中から。
一枚を選んだ。
本には。
使われなかったもの。
撮影が終わったあと。
白と黒の衣装のまま。
九人でスタジオの床へ座り込んでいる。
誰も。
決めた表情をしていない。
佐久間は。
疲れたと言いながら床へ寝転がり。
ラウールは壁にもたれている。
深澤は。
岩本の肩へ頭を預け。
岩本は目を閉じかけていた。
渡辺は。
宮舘から水を受け取る途中。
目黒は。
阿部の隣に座っている。
阿部は。
何かを話しながら。
穏やかに口元を緩めていた。
康二自身も。
スタッフに頼んで。
その輪の中へ入っている。
誰も。
撮られていることを意識していない。
ただ。
長い一日を終えた九人が。
そこにいるだけだった。
康二は。
その一枚を。
アルバムへ貼る。
しばらく眺めてから。
下の余白へペンを走らせた。
『俺らが選んだ、俺らの写真。』
書いた文字を。
一度見直す。
少し考えて。
その下へ。
もう一行加えた。
『笑ってても、笑ってなくても。全部、俺ら。』
康二は。
ペンを置いた。
昔。
表情を見て。
大丈夫だと思った。
楽しそうにしているから。
笑っているから。
それだけで。
その人のすべてを分かったつもりになっていた。
けれど。
写されたものだけで。
人の内側まで分かるわけではない。
だから今は。
明るい表情だけを残そうとは思わない。
格好よく決まった瞬間だけでもない。
疲れた顔も。
何もしていない時間も。
ぼんやりしている横顔も。
その日にそこにいた人の姿を。
そのまま残しておきたい。
康二は。
アルバムを閉じる前に。
もう一度。
九人の一枚へ目を落とした。
「……ええ写真」
誰もいない部屋で。
小さく呟く。
そして。
静かにアルバムを閉じた。
今日。
本に載ったものも。
載らなかったものも。
誰かに決められた九人ではない。
自分たちで。
近づくことを選び。
触れることを選び。
笑うことも。
笑わないことも選び。
残すと決めた。
自分たちの姿だった。
コメント
3件

本当にこんな写真集欲しい。 強要されないすの自分達 決められない そこに居て安心する場所 人 本当に大切なものが又増えましたね。
雑誌が出来上がって、みんなで実際の誌面をめくりながら見るシーン、どのページにもちゃんとそれぞれの距離感が写っていてすごく沁みました。阿部くんが「自分で決めた」って言ったところ、康二くんの一枚を阿部くんが撮ったってところ、そして最後の「笑ってても、笑ってなくても」ってアルバムに書き足すところ——全部、この連載で積み重ねてきたものが詰まっていて、読んでいて目頭が熱くなりました。本当にいい話でした…!