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俺は、選択を迫られた。
「どうするんだい?君は、どんな選択をするのかな?」
ニヤニヤと笑う神。奴は随分と上機嫌だった。
「今回は助言じゃないよ?君が選択するんだ」
白い空間に醜い姿。奴が言う『選択』
俺が決める、選択。その結末。
まだ全ては分からない。でも、でも、これだけは分かる。
俺は、俺は……自分を最後の最後で信じられなかった。
俺は、また間違えたんだ。
最大の間違いを犯してしまったんだ。
─────────────────────────
「俺って、本当に幸せ者だなぁ」
俺は一人の空間で小さく呟く。
思わずニヤついてしまう俺の表情筋。
幸せが口の端から溢れてしまいそうなほど、だらしなくなっている自身の顔。
それほどの幸せ。
今日は、そんな幸せの一部を話そうと思う。
─────────────────────────
まずは強さの話だ。
ロキシーの治癒魔術、王級治癒魔術を俺は教わることになった。
欠損レベルの怪我を治すのは難しいらしいし、治癒魔術は俺の苦手分野だし中々苦戦した。
しかし、苦戦しながらも俺はなんとか習得することが出来た。
その姿を見て、ロキシーが口を開く。
「ルディ、そんなに簡単に習得しないでください」
「ははは、すみません。でも、師匠の教え方が上手いんですよ」
「いや、ルディが天才すぎるだけです」
他愛のない話。むすっとするロキシー。
幸せな話し合い。俺たちは一通り言い終わった後、二人で見つめ合い、クスクスと笑い合う。
そして、そのままクスクス笑う彼女の唇を奪って、ふぅ、ふぅ……という必死に呼吸する暖かな吐息を混ぜ合わせていく。
「んっ、ルディ、流石に恥ずかしいです……」
「すみません。師匠のこと見てたら我慢出来なくて」
「がまん、出来ない。それなら、しょうがないですね」
彼女はこんな言葉を残して、上目遣いで舌を絡ませてくれた。
「ロキシー、本当に可愛かったな」
彼女は良く俺を褒めてくれる。
ルディはカッコいいですねとか。
ルディは私の理想ですとか。
そして、俺もロキシーが大好きだ。
勤勉な所も、努力家な所も、小さくて可愛い所も。全部、全部好きだ。
そんな俺の大好きなロキシー。もちろん全部好きだけど、特に大好きなのはえっちなことをした後の彼女のフニャンとした笑顔だ。
可愛くて、いつも狼狽えている。
ちなみに、これをロキシーに言ったら「そんな所見ないでください」と怒られてしまった。赤い顔で叱られてしまった。
改めて彼女がすっごく可愛いと思った。
俺は、ロキシーがもっと、もっと好きになった。
一生手放したくない。本当にそう思ってた。
─────────────────────────
俺がロキシーから治癒魔術の授業を受けていた時、実はもう一人生徒がいた。
白い髪が特徴的な女の子。いつも家事や掃除を熱心にしてくれる女の子。
俺のお嫁さん、シルフィエットさんだ。
「シルフィ、めちゃくちゃすごいな。王級治癒魔術、無詠唱で使えるんだもんな」
「えへへ、そんなことないよ。ボクなんてルディに比べたらダメダメだもん。でも!ルディが怪我したらボクに任せて?ボクがルディを治すから」
シルフィが頬をポリポリと掻いて、この言葉を残してくれる。
あぁ、可愛くて優しい。
なんというか、うん。わたくしシルフィエットさんが優しすぎて涙が出てきてしまうよ。
目を瞑って、シルフィの可愛さに酔いしれる俺。
そんな俺に彼女がゆっくりと口を開く。
「ふふっ。ボクって本当に幸せ者だね」
俺に向かって笑うシルフィ。
本当に満面の笑みで笑ってくれる。
不満もあるだろうに彼女は幸せだと言ってくれる。
なら、俺の言葉は一択だ。
「あぁ、俺も幸せだよ」
この言葉、俺の言葉にシルフィはさらに大きく笑ってくれた。
─────────────────────────
「ルーデウス、今日は私と一緒に居て」
「良いですけど、せっかくの休みなのに俺なんかと一緒で良いんですか?」
「良いのよ!今日はルーデウスと一緒に居たい気分なの!」
ソファが二人分の重さで少し沈む。
俺とエリス。二人分の重さ。
彼女は俺の左隣に腰掛け、長い髪を揺らしながら俺の左肩に顔を埋めている。
すごく近い距離。俺の左腕には大きな胸がふにゃんと潰れていて、彼女の「ルーデウス」という言葉が、まるで譫言(うわごと)のように放たれる言葉が三秒に一回ぐらいのペースで俺の耳に届いてくる。
なるべく俺と密着したいのかな。自意識過剰かもしれないけどそうだと嬉しいな。
俺は彼女の頭を撫でて、にっこりと笑う。
今日は勝手に離れたらダメ!とか、ルーデウス、手繋いで?とか。そんな言葉を言われてゆっくりと笑う。
手を繋ぐことをエリスにお強請りされて、俺は微笑みながら手を繋いだ。
その形は当たり前のように恋人繋ぎ。深く、深く握れる握り方。
「ルーデウスの手、すっごく温かいわね」
満足そうに笑うエリス。
俺は、そんな姿を見て思い出していた。
「昔は、良くこの手で殴られたなぁ」
恥ずかしそうに俺の身体に擦り寄るエリス。
そんな彼女には聞こえない小さな声。
俺はゆっくりと呟き、昔を思い出していた。
初めて会った時、俺は彼女に馬乗りになって殴られた。
年下だと罵られて、すっごく嫌われていた。
でも、そこから少しずつ仲良くなって、フィットア領で俺から離れようとしたエリスと『家族』になって。
俺の幸せが始まったんだ。
「それからも、色んなことがあったなぁ」
学園で過ごして、強くなって。でも、俺が弱くて迷宮で彼女が怪我をしてしまって。
そんな日々。失敗だらけの日々だったけれど、彼女は生きてて俺の目の前で笑ってくれる。
守るって言ってくれる。
それだけで良い。
それが、良いんだ。
「エリス、大好きです……」
エリスの匂い、安心する匂い。
俺は、そんな匂いに包まれて瞼を落とす。
彼女の肩に寄りかかって眠る。
彼女の声は聞こえないけれど、きっとこう言ってくれると思う。
「私も、ルーデウスが好き……」
寄りかかっても重いと言わない彼女。
そんな彼女を最後まで思い浮かべて…
俺は、ゆっくりと眠りについた。
─────────────────────────
目を覚ますと、俺は白い空間に居た。
驚きはない。俺はこの場所を知っている。
そう。俺の恩人、神が居る場所だ。
「やぁ!」
久しぶりだな。
「そうだね〜、随分と久しぶりだね」
随分と上機嫌なんだな。
俺は、お前の助言を破ったのに。
「助言、あぁ。迷宮のことか。全然気にしてないよ。だってあくまで助言だからね。君が決めることで、僕が怒ることじゃないさ」
そうか。やっぱりお前は優しいな。
「なんか、随分と僕を信頼してくれているんだね」
あぁ、お前のおかげで強くなれてさ。お前の助言通りシルフィと結婚して、今すごく幸せなんだ、俺。
「そうだねぇ。まぁ、それも君の努力のおかげなんだけどね。僕は何もしてないさ」
嘘吐くなよ。お前が居なきゃ俺はここまで来れなかった。
あ、でも、そんなお前に質問があるんだよ。
「ん?なんだい?」
迷宮に行かなかったらどうなってたのかなと思ってさ。
ロキシーとの関係、強さとかどうなってたのかなと思って。
「あぁ、そうだね。そういえば学園に居た方が強くなるって僕言ったもんね」
あぁ、ずっと気になってたんだよ。教えてくれ。
「もちろん教えるよ。学園に居たら君はエリスと研鑽を続けていたよ。迷宮に行かなければ彼女は怪我をしないからね。ずーっと修行出来るよ」
そうか、そうだな。エリスは足を失わないもんな……あれ?でも、俺は帰ってきてからパウロと剣術修行してたぞ?
パウロよりもエリスと修行した方が強くなるのか?
「うん、そうだよ。君はエリスと修行した方が相性が良い。稽古で、もっと彼女の剣を知ることで戦闘での君の合わせも極上になる。そして、君はロキシーの助けなんか借りなくてもライトニングを習得するよ。君はすごい魔術師だからね」
はっ、すごい魔術師。お世辞だな。でも、お前に言われるとすごく気分が良いなぁ。
ありがとな。素直に受け取るよ。
それで、ロキシーとの関係はどうなるんだ?
「ロキシーとも結婚することになるよ。パウロ達がゼニスを救出してさ。皆でシャリーア、君の屋敷に来るんだ。そこで結婚するよ」
そうか、パウロ達だけで救出出来るのか。
俺なんて要らない。なんか、少し悲しいな。
「そんな悲観的になることないさ。ロキシーが治癒魔術を会得したのは僕も見えなかったし、君は全力を出していたよ。全力で生きていたさ。悲しむ必要なんてないよ」
やっぱり、今日は随分と優しいんだな。
なんだか気味が悪いぜ。
「ははっ、そう言いながら君も笑ってるじゃないか。そうだね、君は面白いし僕も君が少しずつ好きになってるんだよ。信頼もしてるさ」
信頼、か。
お前の口からそんな言葉が出るとはな。
なんだか不思議な気分だよ。
「ははは、僕だって言うさ、それぐらいはね。そういえば少し話は変わるんだけどさ。僕から君に質問して良いかな?」
あぁ、俺の質問も答えてもらったんだ。
もちろん答えるよ。
「うん、ありがと。じゃあ早速聞いちゃおうかな〜。アトーフェとの戦いなんだけどさ、すごく興味深かったから。君の見据えていた勝ち筋、それが知りたいんだよ。終始君は完璧と言える判断をしていた。そんな君がどんな勝ち筋を追ってたのかなって」
アトーフェとの戦いか。
勝ち筋、明確な物はないけどな。
俺なりに考えていたことはあるな。
「お!流石だね。良ければ僕に教えてよ」
もちろん良いぜ。言ってやるよ。
まず、アトーフェとのタイマンを辞めようと思ってたんだ。
「へー、タイマンを辞める。でもさ、そうしたら君のストーンキャノンは使えないよ?」
もちろん、それは分かってる。
だからアトーフェとタイマンを辞めて、ムーアとタイマンしようと思ってたんだ。
「ははは、なるほどね。確かにムーアとパウロじゃ相性悪そうだったもんね。でも、ムーアも強いよ?どうするつもりだったんだい?」
そうだな、ムーアも強い。
きっとストーンキャノンは通用しないし、エレクトリックも通用しない。
詠唱短縮で遠距離から魔術を撃って、俺の乱魔を誘発してきて……その間に一気に距離を詰めてくるだろうな。
「だろうね。乱魔と他の魔術は同時に併用出来ないからね。そうなったら詰みだと僕は思うんだけど勝てるのかな?」
あぁ、そこは考えてる。
距離を詰めてくるムーア。そこを俺は『剣』で攻撃するんだ。
「へぇー、なるほどね。剣で攻撃するんだ。ん?でもさ、君の剣じゃダメージ通らないんじゃない?炎を纏った剣はアトーフェに全く通じてなかったじゃないか」
ノーダメージ。確かにそうだな。俺もそう思う。
でも、それは炎を纏った場合だろ?
「炎を纏った場合……はは、もしかしてさ。はははっ。やっぱり君って面白いね」
そんなに笑うなよ。でも流石は神だな、気付かれたか。
そう、剣に雷を纏わせるんだ。
闘気を無視出来る雷剣。ムーアは剣に対して無警戒だからな。必ず当たる。
「それで痺れさせて倒すのかぁ。良く考えるね。やっぱり君はすごいよ。後はアトーフェだけど。まぁ、君ならなんとかしそうだね」
あぁ、苦しいけどな。
ムーアが居なければ勝てるって踏んでたよ。
アトーフェとムーア。俺は勝ち筋を作って、追ってたんだけどな。
「あれ?また随分と悲しそうな顔してるじゃないか。どうしたんだい?」
いや、なんでもねぇよ。
勝ち筋を作って、追って。やっと勝てるのがアトーフェレベル。不死魔王レベル。
ははっ、最悪だな。これじゃ龍神に勝つなんて夢のまた夢だ。
「そうか、そうだね。でも気にする必要なんてないよ。君は頑張ってるんだから」
なんか、やっぱり今日のお前気持ち悪いな。
いきなり励ましやがって。良いんだよ。そんなに気にしてねぇから。頑張り続ければ、十年、二十年……いつかは、努力し続けていれば龍神にも勝てるだろ?
「うん、そうだね。僕も勝てると思うよ。でも、それは君に無限に時間があればの話だけどね…」
なんだ、どうしたんだよ。
そんな顔しやがって。なんでそんな悲しそうな顔してんだよ。
「いや、違うよ。この顔は同情さ」
は?同情?こんな幸せな俺に、か?
「うん、そうだよ。だってさ…」
…
「龍神は、すぐに君達を殺しにくるんだから」
龍神が、殺しに、くる?
は?は?ちょっと待て。意味が分からねぇよ。
「うん。今から説明するよ。というより、そもそも僕が今日ここに来たのはさ、その話をするつもりだったんだから」
白い空間に困惑する醜い声。
俺の信頼するヒトガミの顔は酷く辛そうで。
その姿は、悲しみと慈愛に満ち溢れていたんだ。
─────────────────────────
教えてくれ。なんで、なんの理由があって俺たちを龍神は殺しにくるんだ?
「うん、もちろん話すよ。でも、その前に一つ良いかい?」
あぁ、急かして悪い。
俺はお前を信用してる。ゆっくりと聞くよ。
「ありがとう。まずね、しばらく君の夢に出てこれなかったのは調べ物をしてたからなんだ」
調べ物?
「あぁ、昔から言ってただろ?オルステッドが君達を襲うって」
そうだな。ずっと言ってたな。だから俺はエリスと学園で、迷宮で強くなったんだ。
……おい!まさか、それが嘘だったなんて言うんじゃねぇだろうな!?
「違うよ。早とちりはダメだよ?言っただろ?調べ物をしてたって」
そうか、そうだな、言ってたよな。
恩知らずだったな、悪い。お前を責めるのは違ったよな。
「うん、分かってくれれば良いんだよ。よし、話を戻そうか。僕はね?二つのことを調べてたんだ」
二つのこと、それはなんだ?
「二つのこと、それはね?襲ってくる日時と理由さ」
日時と理由。そうか、お前に見られないようにする呪いが龍神にはあるんだったな。
それで手こずってたのか。
「お、物分かりが良いね。流石だよ。そうさ、ずっと、ずーっと調べてたよ。君には言えないけどさ、色々な手を使ったよ」
俺には言えない。そうか、お前はそういう奴だもんな。
いや、言っておくがこれは嫌味じゃないからな?
何度も言うが、俺はお前を信用してる。俺に言えない理由なんてどうでもいいよ。
「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるね。それでさ、本題はここからさ。二つの調べ物、そのうちの一つが終わったんだよ」
日時と俺たちを襲う理由の二つか。どっちが分かったんだ?
「僕が分かったのは日時の方。いやぁ、見た時は本当に驚いたよ」
日時。正直理由より嬉しいな。
襲ってくる日時を知っている方が対策がしやすい。
「そうだね。僕を信用してくれてるなら調べた方法も、龍神が襲ってくる理由も要らないね」
あぁ、俺はお前に世話になった。
お前の助言、言っていることを信じるのが最低限の礼儀だと思ってる。
「そうか、そうだね。それだけ敬意を払ってくれているなんて僕は嬉しいよ。よし、そうしたら気を取り直して日時を言おう」
あぁ、頼む。
「オルステッドが君達を襲うのは、ロキシー・ミグルディアが妊娠した時だよ!」
ロキシーが、妊娠…
は?ということは、ロキシーは?
「うん、妊娠しているよ」
そうか、そうだったのか。
ロキシーは妊娠してるのか。
俺の家族が増えるのか。なんだか、すごく嬉しいな。
「うん。僕も嬉しいよ。君が幸せなのはさ。でも、そんな幸せは壊れるんだよ」
幸せが、壊れる…ロキシーが妊娠してる時に壊れるのか?
なんで?いや、ロキシーが妊娠してる時?そうだとしたら、もしかして…
「察しが良いね。そうさ、その通り。オルステッドの狙いは君とロキシーの子供だったんだよ」
なんで子供を…いや、それは分からないんだよな。
なんというか、悪い。言葉が出せない、気持ち悪くなってきた。
でも、聞くしかないんだよな。悪い、こんな状態だけど続きを聞いても良いか?
「もちろんさ。僕には話す義務があると思ってるからね。でも、後は簡単な話なんだけどね」
…
「言葉が出ないか。うん、大丈夫さ。僕が話すよ。オルステッドは君を敵対視している。今もずーっと探しているんだ」
俺がヒトガミの使徒って奴だからか?
「それだけじゃないさ。君とロキシーの子供が奴にとって脅威になるんだよ。だから、君を血眼になって探してる。そして、そんな子供を奴が…オルステッドが見つけてしまう」
ロキシーのお腹の中でってことか。
「そうだね。君とお腹を大きくしたロキシーが仲良くしているところをオルステッドが見つけて、君たちを殺しにくる。後は分かるかな?」
分かるけど言いたくない。
「分かったよ。僕が言おう。皆がロキシーを守るんだよ。エリス、シルフィ、ザノバ、クリフ、パウロ…全員が全力で彼女を守るんだ」
それで、どうなるんだ?
「結果は、君が一番良く分かるだろう?オルステッドには誰も勝てない。全員切り裂かれて、最後に君が、ロキシーと一緒に」
……
「死ぬんだよ」
みんな、死ぬのか。
「うん、残念だけどね」
もう、ダメなのか?
俺は全員失うのか?
エリスを、シルフィを、全員死なせるのか?
「君が一番知ってるだろ?龍神は最強。奴と戦えば必ず全員死ぬ」
…
「でも!方法は、あるよ」
方法、あるのか?
頼む!教えてくれ。俺の命なんていくらでも渡す。
土下座でも拷問でも受ける!!!
だから頼む。ロキシーを、シルフィを、そしてエリスを助けてくれ。
「あぁ、最悪の龍神。恐ろしい龍神から僕が君を救うよ」
ヒトガミ、ヒトガミ。
本当にありがとう、ありがとう…
「方法は簡単。今回は助言じゃない。君が選択するんだ」
選択……分かった。言ってくれ。
「うん、分かった。言おう」
…
「ルーデウス・グレイラットよ!ロキシー・ミグルディアの腹の子を殺しなさい!さすれば、龍神は妊娠していることに気付かず、襲われることも無くなるでしょう!!!」
俺はこの言葉を聞き、唖然とした。
そして、すぐに自身の醜い唇から血を流す。
そう、俺は自らの唇に何度も何度も噛み付いていた。
龍神には、最強には勝てない。俺は薄々感じていた。
そんな思考の中、奴が、ヒトガミが言葉を残してくれる。
「君の努力はさ、誰よりも僕が一番近くで見てきたよ。だからさ、言わせて欲しい」
歪み始める白い空間。そんな空間に浮かぶ、ヒトガミの笑顔。
「少しぐらい、自分を甘やかしても良いんじゃないかな?」
聞いたことのない優しい声。
俺は、その声を聞きながら…
…恩人の、ヒトガミの空間を後にした。
─────────────────────────
「んっ…」
目を覚ました。
最悪の夢を見た。
「るーでうしゅ…」
最悪から最高へ。
俺の視界に広がるのはコクコクと船を漕ぐエリスの姿だった。
(結構寝てたと思ったけど。そうか、エリスがずっと近くに居てくれたのか)
長くてサラサラとした綺麗な赤い髪。
そんな彼女に俺は膝枕されていた。
「エリス、おやすみなさい」
俺は、こんな言葉を残してエリスから離れる。
起こさないように、ゆっくりと彼女をソファに寝かせて、少しだけ笑った。
少しだけ、笑えた。
俺は重い足取りで廊下に出る。
助言ではなく選択、奴の言葉が頭から離れない。
俺がロキシーの子供を殺す。
そんな言葉が俺の頭にこびりつく。
でも、そんなことよりも俺の頭に残ったのはこの言葉だった。
「少しぐらい、甘えても良いんじゃないかな?」
ヒトガミから言われた言葉。
俺の頭を支配する言葉。
気付いた時には、俺の頭はクズな思考でいっぱいになってた。
この世界の貴族は望まぬ妊娠をしたら普通に赤ん坊を殺して、その傷を治癒魔術で治して解決してるんだしとか。
全員が死ぬ未来を回避するにはそれしかないんだとか。
そんなクズな思考が溢れ出してきた。
でも、仕方ないんだ。
これだけ強さに貪欲に努力して、死ぬ気で頑張り続けて…
本気で戦い続けて、それでも無理だったのだから。
龍神、最強に勝つのは無理なのだから。
本気で頑張っても努力しても無理なことがある。
そんなことは俺が一番良く知っている。
前世から反省して、本気で生きると誓った俺が一番知っている。
だから、だから仕方ないんだ。
この選択をしても仕方ないんだ。
家族を殺す。
そんな最悪の決意をした時、物音がした。
下からガタンと音がした。
「場所は、地下室?」
一瞬、龍神かと思って警戒した。しかし、違うだろう。地下に来る理由が分からないし、不意打ちしてくるにしても俺にバレるほどの物音を『最強』が立てるとは思えない。
じゃあ、誰だろう。俺は意を決して、暗がりが広がる階段へと足を掛ける。
「すごい、寒いな」
地下なのに、何故か風が吹いてる気がして。俺は服を顎まで上げる。
コツン、コツン。そんな階段を降りる音が俺の耳を支配する。
ガチャっ…
地下室に続く、たった一つの扉。
俺は、ゆっくりと開いた。
「来たか…」
そこにあったのはたった一つの椅子。
冷気を放っているんじゃないかと感じるほどの冷たい椅子。
そんな椅子の上には何かが座っていた。
「そうか、成功したのか…」
座っていた物は、埃じゃない。汚れでもない。
あったのは…居たのは、一人の『人間』だった。
「お前は、選択を間違えた…」
「選択を、間違えた?」
一人の人間、その正体は老人。
七十は超えているであろう老人の姿だった。
「戦え、戦い続けろ。お前ならば、俺ならば、必ず…」
老人は、小さく…しかし力強く口を開いた。
そして、はっきりこう言ったんだ。
「最強を殺せる」
ただならぬ気配の老人。初めて見たはずなのに、既視感のある老人。
奴は、確かに呟いた。
「俺が龍神を、最強を……殺せる?」
俺の質問に、老人は小さく…
…首を縦に振った。