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スマホの画面はしばらく光ったままだった。
『選別、次の対象を決定中――』
その文字を見つめていると、胸の奥がゆっくり冷えていく。
これは警告じゃない。
脅しでもない。
ただの、事実の通知だった。
周囲を見渡す。
さっきまで叫び声が響いていた通りは、異様なほど静かだった。
沈んだ人たちの姿は、どこにもない。
血も、荷物も、靴さえ残っていない。
あるのは、地面がわずかに低くなった跡だけ。
最初から、存在しなかったみたいに。
「……消えたのか」
その瞬間、足元が小さく振動した。
ドン、という鈍い音。
地震とは違う。
街の奥深くで、何か巨大なものが動いたような感覚。
僕は反射的に、地面から距離を取った。
スマホが、再び震える。
『観測地点へ移動してください』
地図アプリが勝手に起動した。
目的地に表示されたのは、街の中心部。
今は封鎖されている、旧地下開発区画。
数年前、理由も説明されないまま工事が止まった場所だ。
誰かが、僕を誘導している。
それははっきり分かった。
でも、不思議と拒否する気にはならなかった。
むしろーー行かなければいけない気がした。
歩き出す。
さっきまで不安定だった地面が、嘘みたいに安定している。
沈まない。
揺れない。
まるで、通行を許可された道みたいだった。
地下入口に近づくにつれ、空気が変わっていく。
重い。
湿度じゃない。
音が、吸い込まれていく感じ。
遠くで、規則正しい機械音が聞こえた。
心臓の鼓動みたいな、一定のリズム。
シャッターの隙間から、下へ続く階段が見える。
奥で、白い光が脈打っていた。
――街は、自然に沈んでいるんじゃない。
はっきり、そう思った。
これは災害じゃない。
事故でもない。
誰かが、街を動かしている。
沈む人間と、沈まない人間を、意図的に分けている。
階段に足をかけた瞬間、スマホに最後の通知が届いた。
『観測者、対象と接触』
『第五段階へ移行』
画面の下に、小さく表示された一文。
「沈まない理由を、あなたに開示します」
そのとき、背後で地上の街が大きく軋んだ。
戻れない。
直感的に、そう分かった。
それでも足は止まらなかった。
僕は階段を下りていく。
街の底へ。
答えが待つ場所へ。
――選ばれたのは、偶然じゃない。
そう思った瞬間、地下の光が強く脈打った。