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「皆さん、今日は来てくださりありがとうございます!」
麗はツアーコンダクターよろしく、声を張り上げた。
今日は、店の人達を連れて丸山ビルの店休日に慰安日帰り旅行を企画したのだ。
予算は元々明彦が父が社長室に残していたものを売っぱらって作ってくれ、閉店作業で必要だと思ったことに自由に使っていいと預けてくれていた。
皆ワクワクと、麗が借りたマイクロバスタクシーで楽しげにしている。
お菓子交換会がはじまり、挨拶をしている麗のポケットにもどんどんねじ込まれていく。
「えーーー、本日の予定ですが、まずは皆さんお楽しみ、ケーキバイキングです!」
イエーイとパートさんたちが拍手をする。
そう、今からケーキを食べに行くのに彼女らはお菓子を交換しているのだ。
「そのあと、工場見学をして、駅前のスーパー銭湯の前で解散です! 短い時間ですが、今日は一日楽しんでください!」
折角、祖母の代から長く働いてくれていた人達なのだ。
閉店にともなって、はいさようならというのは寂しく、今更店を飾るためにお金を使うくらいならと、企画したことにしている。
実費千円で、残りは会社持ちということもあり、ほとんどの人が参加してくれることとなり、ここ最近ずっと麗は代表取締役判子押す係の仕事を持ち帰りにし、閉店作業と企画のことばかりで忙しくしていたのだった。
「工場長、今日はよろしくお願いします」
明彦が以前工場長が絶賛していたと教えてくれたお菓子を差し出しつつ、頭を下げた。
工場長はそれをガシッと受け取り、ギンと麗を睨みつけた。
電話したときから工場長がお気に入りのイケメンの明彦の妻を気に入ってないことには気づいていたので仕方ない。
「今日は私自ら相手さしてもらうわ。なんてったって、社長様がきてくれたわけやし」
「はい、すみません。お忙しい中、ありがとうございます」
麗はピンっと直立し頭を下げた。
最初は閉店する店のスタッフ連れて工場見学して今更どうすんの? と、にべもなく断られた。
だが、だからこそ最後まで商品に愛着を持ってほしいと何回か交渉してようやく受け入れてもらえたのた。
麗は笑顔を作り、スタスタと先を歩く工場長の後に駆け寄り、ツアーコンダクターを再開したのだった。
大きな機会が布を切ったり伸ばしたりとせわしなく動いている。
「サハシの衣料品は当然やけど、布から拘ってる。丈夫でそれでいて、肌に優しくないとあかん。私くらいになるとちょっと触ったら生地の等級がわかる」
「流石、工場長! サハシの守護神!」
と、店長がいつものようにおべっかを使うと、工場長も悪い気はしないのか、ちょっと機嫌が戻った様子だ。
今度はミシンと工員が並んだ部屋に通された。
工員が次から次へと服を縫っていく。
「服の丈夫さを決めるのは布は勿論やけど、一番重要なんはどう縫うか。サハシの服の縫い方は特別工程が多くて面倒くさい。でもそれが大事なんや」
いかにも頑固な職人らしく腕を組み、工場長がミシンを一台使って縫い方を、丁寧に解説してくれた。
そのうち始める購買層に対する工場見学会の練習も兼ねている。
皆、静かに工場長の言葉を聞いていた。
素早く、かつ美しい工場長の手の動きに皆、魅了されたのだ。
「手間かかるやろ? お嬢ちゃん、あんたには悪いけど、先代のアホがね、あたしに工程減らして生産性上げろ言ってきたことがあったけど、真正面からガンつけたったわ」
父がすみませんと麗は頭を下げた。
「初代が考えたこの多すぎる工程こそがサハシの真髄や。これを守るのが私の仕事やと思っている」
「これからもよろしくお願いします」
麗が頭を下げると、工場長が満足げに大きく息を吐いた。
(仕事に対するプライド。これがきっと丸山社長が言っていたことなんだろうな……)
そのとき、石田が口を開いた。
「そういえば、初代社長はしょっちゅう店舗に来てくれてたな……」
「そうそう、また来たん? っていっつも思ってたわ」
「それで、自ら接客もしてくれはって」
「店鋪もなん? この工場にもしょっちゅう来ては楽しそうに自分で縫ってはったわ」
工場長と古株ばかりのパートさんたちが盛り上がり、初代社長の思い出話に花が咲きはじめたのだった。