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再び花火がドンと空気を震わせる。アネモネは引き寄せられるように目を開けた。
夜空には、大輪の花が咲いていた。鎮魂のために打ち上げられたそれは、あまりに美しく華やかで──どう考えても死者のためというより、生きている人間のためのものだ。
(結局、生きてなんぼってことか)
答えを出すことを放棄したアネモネの頭に、大きくて暖かいものがポンと乗る。ソレールの手だ。
「記憶っていうのは、自分が生きてきた証を他人に残すことだ。だけれど、忘れられたからといって、その人が生きて歩んできた道が消えることはない」
この人、人の心が読めるのではなかろうか。表情こそ出してはいないが、アネモネは本気で驚いた。
これだという答えを出せなかったアネモネに代わり、ソレールは答えを出してくれた。アネモネが求めた通りのものを。
「私は妹の存在を忘れたくないと思う。大切だったし、妹として生まれてきてくれて、感謝している。……ははっ、矛盾したことを言っているな、私は」
自嘲気味に笑ったソレールに、アネモネは同意することができなかった。
「妹さんは、幸せです」
「そうかな?そうだといいな」
ソレールは死んでしまった妹とアネモネの年が近いと言った。それはあまりにも早い死だ。
この世界に命の定員は無い。誰かが代わりに死んでくれたら、誰かが助かるという都合のよい仕組みではない。
でもやはり、10代でその生涯を終えるのは、不条理で理不尽なことだ。残された家族に対しても。
「妹さんの名前、聞いても良いですか」
「……メリル……だよ」
噛み締めるように紡いだそれには、痛いほどの悲しさと切なさと愛おしさが詰め込まれていた。
「ソレールさん」
「なんですか?アネモネさん」
本日もソレールは律儀に敬称をつけてくれる。
夜空に描かれた華は、やるせない気持ちを抱え続ける家族を癒すためのもの。辛く悲しい思い出の上に、そっと重ね合わせるもの。
今、自分を膝に抱えているこの人が、いつかこの花火を見て、ただただ綺麗だと思ってほしい。
アネモネはそんな願いを胸にこんな提案をした。
「今日だけは私の事、妹と思っていいですよ。特別に名を呼ぶことも許可してあげます」
「いや、それはいい」
「え?」
まさか、無下に断られるなんて思ってもみなかったアネモネは、とても落胆した。なんか居心地が悪い。
ドヤ顔決めて言ったあと、どんな顔をすればいいのかわからない……のではなく、ソレールの瞳が熱を帯びて。
「君は、私の妹なんかじゃない」
「……っ」
「理由を知りたいか?」
アネモネ、ぶんぶんと首を横に振ったが、次第にゆるい動きになり、止まる。
アネモネの頬にシャンパンゴールドの髪が張り付き、ソレールはそれを二本の指で掬い、小さな耳にかけた。
二人の時間が止まる。息をすることすら憚られる沈黙の中、ソレールは真っすぐにアネモネを見つめている。
「知りたいだろう?」
先程より余裕の無いソレールの問にアネモネは沈黙を続ける。
聞いてはいけない。
言わせてはいけない。
今、自分の中にある感情に名前を付けちゃいけない。
「い……いい。知りたくない」
「……そうか」
落胆したソレールの顔を見たくなくて、アネモネは身体の向きを変えた。
パッと夜空に咲いた花火があまりに綺麗で、眩しくて胸が痛い。
ぎゅっと両手で心臓を押さえたら、背後から太い手が巻き付いてくる。
掠れた声でもう一度名を呼ばれ、彼の吐息が首筋に触れ、ぞわりと心が震えた。
その時アネモネは、記憶から忘れ去られる辛さを知ってしまった。