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⚠️この作品には以下の表現が含まれます。
・同性愛(BL)描写
・自殺・自殺未遂の描写
・殺人(衝動的な暴力含む)
・一部、精神的に不安定な描写
苦手な方は閲覧をお控えください。
心理的負荷を感じる可能性がありますので、苦手な方はご注意ください。
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朝。カーテンの隙間から差し込んだ光が、瞼の裏をじりじりと焼いた。
蓮はゆっくりと目を開け、ぼんやりとした視界の中で天井を見上げた。
眩しい。
けれど、それ以上に心が重かった。
身体は鉛のように重く、布団に沈んだまま、しばらく動けなかった。
昨日の記憶が、静かに胸を締めつける。
……でも、行かないわけにはいかない。
やがて意を決したように蓮は布団から身を起こし、無言のまま制服に袖を通す。
冷えた空気の中、少しずついつもの”日常”が形を取り戻していく。
何も変わらなかったような朝。
でも、本当は全部変わってしまっている——
そんな感覚を胸の奥で抱えながら、
蓮はゆっくりと学校へ向かう準備を始めた。
部屋のドアを開けた瞬間、鼻をつくアルコールと湿気た空気に思わず眉をひそめた。
廊下には飲みかけの酒瓶、空になった缶、コンビニの袋が散らばっている。
靴下が何かを踏むたび、ぐしゃりと不快な音がする。
「……はあ」
ため息が漏れる。けれど驚きはしなかった。
いつも通りだ。
朝になっても片付かない部屋、昨日から変わらないゴミと臭い。
そして、父親の部屋のドア越しには、不快な音と女の喘ぎ声が微かに響いていた。
それを聞き流すように、蓮はゆっくりとリビングを通り抜ける。
何も見ないふり、聞かないふり。
そうしなければ、自分の心がもたないことを、もう知っていた。
靴を履きながら、ふと指先が止まった。
昨日のことが脳裏をよぎる。
蒼の怯えた目。震える声。崩れ落ちた背中。
あんなことをしてしまったのに——
忘れられなかった。
忘れられるはずがなかった。
胸の奥がきゅっと締めつけられるように痛む。
それでも、抑えきれない気持ちがある。
蒼に会いたい。
もう一度、その体温を確かめたい。
ぎゅっと抱きしめて、できることなら「ごめん」と言いたい。
それが許されないことだと分かっていても。
蓮は無言のまま玄関のドアを開けた。
外の空気は、冷たく頬をなでていった。
一歩、また一歩と歩き出す。
昨日と同じ道なのに、今日はやけに長く感じた。
それでも足は止まらない。
ただ、蒼の姿を探していた。
あの教室で、あの廊下で、もう一度だけ、蒼に
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教室の扉を開けた瞬間、いつものざわめきが耳に飛び込んできた。
笑い声、机を引く音、誰かの名前を呼ぶ声。
世界は何事もなかったかのように、今日という一日を始めている。
蓮は静かに中へ足を踏み入れた。
誰も彼を気に留めない。
いつも通りの朝。
変わらない空気。
——そう、ほとんどは。
ただひとつ。
そこにいるはずの「蒼」が、いなかった。
ぽっかりと空いた席。
誰の鞄も置かれていない机の上が、やけに眩しく映る。
「……来てないのか」
ぽつりと漏らした声は、騒がしい教室の中でかき消された。
誰もその違和感には気づかない。
けれど蓮だけは、その”不在”を痛いほど感じていた。
あんなことをして、当然かもしれない。
顔を合わせられるはずがない。
それでも——
胸の奥で疼くものを、無理に押し殺すことはできなかった。
暇だった。
授業の内容なんて頭に入ってこなかったし、誰と話す気にもなれなかった。
蒼がいない、それだけで、こんなにも空っぽな一日になるなんて。
気づけば、放課後。
チャイムが鳴っても、誰も俺のことなんか気にしちゃいない。
みんなそれぞれの「いつも通り」を生きてる。
……俺だけが、置いていかれたような気がしていた。
教室を出て、ゆっくりと靴を履く。
蒼がいつも並んで歩いていた廊下も、今はただ、長く、静かだった。
昇降口を抜けた瞬間、
西の空に沈む夕日が、ゆっくりと俺の顔を照らした。
温かくて、柔らかいはずの光なのに、
どうしてだろう。
胸の奥に広がるのは、どこか寂しくて、少し痛い感情だった。
「……なあ、蒼。お前も今、どこかでこの夕日見てんのか?」
小さく呟いた声は、誰にも届くことなく、風にさらわれていった。
ーーーーーーーーーーー
校門を出て、足元を見ながら歩いていたそのとき、ふとポケットのスマホが震えた。
画面には、蒼の名前。
《今日、うちに来て。》
たったそれだけの短いメッセージだった。
蓮は、しばらく画面を見つめたまま立ち尽くした。
文字の奥に込められた意図が、読めない。
だけど、心臓が跳ねるように脈打つ。
——会える。
それだけが、頭に浮かんだ。
*
蒼の家の前に立つのは、何年ぶりだろうか。
最後に来たのは、小学校の頃だった気がする。
チャイムを押す指先が、わずかに震えた。
だが、応答はない。
もう一度押してみる。沈黙。
「……鍵、開いてるとか……ないよな」
そう思いつつ、そっとドアノブに手をかけると——
カチャ、と軽い音を立てて、ドアは簡単に開いた。
蓮は戸惑いながらも、小さく息をのんだ。
「……お邪魔します」
靴を脱ぎながら、昔の記憶がわずかに蘇る。
この家で、蒼と並んでゲームしたこと。
勉強机を並べて遊んだこと。
あれは、まだ何も壊れていなかった頃。
静まり返った家の中を進み、階段を上がっていく。
蒼の部屋——扉の前で一度立ち止まり、深く息を吸った。
「蒼、いるか?」
返事はない。
そっと扉を開けると、部屋の中は薄暗く、カーテンが閉め切られていた。
人気はない。
物音ひとつしない。
「……蒼?」
そう呟いた瞬間、
頭の奥に、鈍く重い痛みが走った。
「っ……、な……に……?」
蹲り、床に手をつく。
視界がゆらぎ、世界が歪む。
混乱の中で、ゆっくりと振り返った。
そこには、無表情で立ち尽くす蒼がいた。
見下ろす瞳は、凍りついたように冷たく、何の感情も宿していない。
蓮は、言葉を失った。
目の前の蒼が、あまりに知らない顔だったから。
蒼の手には、細く長い鉄パイプが握られていた。
陽も差し込まない薄暗い部屋の中で、その金属は鈍く光を反射している。
蓮は、床に蹲ったまま、言葉を失っていた。
目の前の蒼は、いつもの蒼ではなかった。
いや、もしかしたらこれが、本当の蒼なのかもしれない。
何もかもを飲み込んで、壊されて、それでも壊れきらなかった——その蒼。
「……来てくれて、ありがとう」
蒼の声は、静かだった。
穏やかですらあるその声音が、かえって恐ろしく思える。
「君に会いたかった。……でも、君にはわかんないよね」
蓮は、震える手で床に支えを求めながら、少しずつ体を起こす。
「蒼……お前、それ……何、して……」
「これ?」
蒼は手にした鉄パイプを軽く持ち上げる。
まるで、軽い冗談のような仕草で。
けれどその先端が床に当たり、コン、と硬い音が響いた。
「別に。……殺したりなんかしないよ」
淡々とした口調の裏に、何か深い感情が隠れていた。
怒りなのか、哀しみなのか、それとも、ただの空虚か。
「でもさ、君が俺にしたこと……少しくらい、感じてほしかった」
蓮の胸が詰まる。
言い訳も、後悔も、今さら言葉にできなかった。
「……っ、蒼……やめろ、そんなの……お前らしくないだろ……!」
「“らしい”って何?」
鋭く返されたその一言に、蓮の口は閉じられた。
蒼はゆっくりと蓮に近づく。
足音ひとつ立てず、ただ静かに、確実に。
「君が俺を壊そうとした時、僕は泣いたよ。怖かった。
でも、今の君の顔、……きっと僕と同じだった」
鉄パイプは、蒼の手の中で小さく回された。
今にも振り下ろされるのではという緊張が、空気を張り詰めさせる。
しかし——蒼はそのまま、鉄パイプを蓮のすぐ横の床に、コトンと落とした。
「……もういらない」
その言葉は、呟きのようでいて、どこまでも重かった。
♡
蒼はゆっくりと振り返り、静かに蓮の方へ歩み寄った。
その目には、冷たさと同時に、どこか温もりの残る色が宿っていた。
蓮の体の上に、そっと身体を重ねる。
その重みは決して激しくなく、むしろ繊細なほどに優しかった。
けれど、蓮の胸に刺さるのは、その優しさとは裏腹の、不安と恐怖の波だった。
蒼の指先が肩を撫でるたび、震える身体が逃げ場を求めて縮こまる。
愛おしさを込めて囁かれる言葉が、逆に蓮の心を締め付けていく。
「もう、逃げられないよ」
その声が甘く響くたび、蓮は自分がどこまで壊れていくのかを感じていた。
蒼の優しさが、こんなにも痛いなんて——
蒼はゆっくりと蓮の身体に身を寄せ、その重みを感じさせながらも決して荒々しくはなかった。
まるで、壊れそうなものをそっと抱きしめるかのような、慎重で繊細な動きだった。
だが、その柔らかな所作とは裏腹に、蓮の胸には冷たい波が押し寄せていた。
逃げ場のない場所に閉じ込められたような、甘美な恐怖。
蒼の指先が静かに触れるたびに、蓮の鼓動は速まり、全身がざわついた。
「もう逃げられない」——その囁きが、熱を帯びた声で耳元をくすぐる。
その優しさは、まるで毒のようにじわじわと沁みわたり、
蓮の理性を蝕んでいく。
恐怖と期待が入り混じった、甘く危うい時間。
蒼の瞳には、確かな執着が宿っていた。
その瞬間、蓮は抗う気持ちと同時に、逃げられない運命を感じていた。
蒼の固いものが、ゆっくりと蓮の中へと深く入り込んでいく。
その感触は重く、熱く、逃れようのないものでありながらも、どこか切なさを伴っていた。
蓮の身体は自然と受け入れ、抗う力は徐々に消えていく。
その一瞬一瞬が、激しくも儚い響きを持って胸に刻まれた。
「っ..ふっ..ぁ..」
蒼の存在がゆっくりと蓮の奥へと入り込み、痛みと熱が同時に走る。
重なり合う体温の中、汗が額から静かに滴り落ちていく。
その感覚は鋭く、逃れられない現実を告げていた。
「痛いでしょ、君がしてきた事だよ、仕返し。」
感情のない冷たい行為。
それでも、こんなにも強く抱きしめたいのは、俺だけ。
俺だけが、こいつを愛しているんだ。
少しづつ激しくなっていくこの行為、痛くも心地がいい。
「ん..ぁっ..蒼..ぅ..“..。」
小さく漏れる声が、静かな部屋に響いた。
なぜ、俺だけをこんなにも深く満たしてくれるのか――その理由が、どうしても理解できなかった。
蒼の腰が激しく動く、蓮は耐えきれず、情けなく喘いでしまっている。
「だめ..っ..ぁ..うあ..ぁ..ッ、♡」
蒼は優しく蓮の頬をなぞり、首筋にキスをする
「…気持ちいいね。」
「….うん..、」
濡れる髪を彼は撫でてくれた。暖かく、優しく。だが何処か冷たく。
蓮はまるで、
安心したように、そっと目を閉じた。
呼吸は静かに落ち着き、微かに震える肩が、徐々に緩んでいく。
まるで、もう何も恐れることはないとでも言うように。
そうして、深く、静かな眠りへと沈んでいった。
安心したように。まるでそれが——終わりのように。
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次で最終話です。