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「すぐによくなるでしょう」
腹立たしいほど落ち着き払った声音に、私は眉を寄せると顔を背けた。
彼が言いたいのは、先ほどアルベド子爵と交わしていた会話のことだろう。
『連れていた馬が足を負傷して動けない状態です。何名か使用人をお借りして、ここで治療させていただけませんか。相応の謝礼は必ずお支払いいたします』
私が光魔法で馬を治すことを拒んだから、こうして別の方法を選んだ。
今さら情でも湧いたのか。
ルシアンが本当は心の中でそんなふうに私を皮肉っているのではないかと思うと、どうしようもなく胸が騒いだ。
彼がそんな人間ではないことくらい、本当は分かっている。それでも、一度歪んでしまった考え方というものは、そう簡単には元へ戻らない。
居心地の悪さをごまかすように、私は視線を動かした。その先には、大きな湖が静かに広がっていた。
陽光を受けた水面は、サファイアを砕いて散りばめたかのように輝き、風が吹くたび小さな波紋が幾重にも広がっていった。
蓮の花が水面に揺れ、数羽の白鳥が悠然と湖を泳ぐ姿は何とも幻想的だった。
「あなたが遊船とは珍しいですね。外はお嫌いではなかったのですか?」
「そう? 別に嫌いじゃないわよ。ロズレイン家にいた頃はよく乗っていたもの」
「でしたら、公爵邸にもご用意させましょう」
どうしていつもそう大袈裟なのよ。
呆れて正面に座る男をじっと見ると、ルシアンは本気でそう考えているらしく不思議そうに首を傾げていた。
私は日傘の柄を握り直すと、少し怒りっぽく言った。
「そこまで好きじゃないわ」
ロズレイン公爵家で乗っていた豪奢な遊船とは比べものにならないが、人の手が入りすぎていない自然の湖は比べ物にならないほど美しかった。
どこまでも澄み切った水。
私は日傘を少し持ち上げ、水面を覗き込む。
「フレイア。あまり水際へ近寄らないように」
子供を諭すような言い方が癪に障り、生意気にそっぽを向いた時だった。
『可愛いフレイア……』
また、あの声が耳元で囁かれた。
一瞬にして、いとも簡単に私の心を乱す声。
飽きもせずに毎晩私の夢に現れる美しい女。
こんな時にまで彼女を思い出してしまう自分に酷く呆れて頭を抱えた時だった。
不意に視界の端で、懐かしい金色の光が揺れる。
数年前に私が光魔法を発動させた以来の輝きに、まさか無意識のうちに発動させてしまったのかと慌てて振り返る。
しかし、船がギィと歪な音を立てたのと同時に、私の視界に飛び込んできたのはそんな幻想的なものではなかった。
黒いローブを目深に被った男。その手に握られた銀色の銃口が、真っ直ぐこちらへ向けられていた。
「ルシアン!!」
叫ぶよりも早く、身体が動いた。
彼へ飛び込むように両手を伸ばし、その胸を思い切り突き飛ばす。
次の瞬間、乾いた銃声が湖畔に轟いた。
静寂を切り裂くような音に、湖面で羽を休めていた白鳥たちが一斉に飛び立つ。
驚愕に目を見開いた夫の顔を最後に視界が大きく揺れ、鋭い灼熱の痛みが右腕を貫いた。