「今年も綺麗。」と華は僕の横でそっと呟いた。
「そうだね。」と言うと、君は僕の方を向いて数秒目を見つめた後、また桜を見つめ直した。
彼女は風に乗って匂ってくる桜の香りを肺いっぱいに吸い込んでいる。
「君みたいだ。」と言ったけど、君は何も言ってくれなかった。
華は友達と遊ぶのが大好きて、今日は友達とプールに行くと言い出したから僕も付いて行った。
彼女は自分の荷物もプールサイドに置くとさっさと行ってしまった。だけど、一瞬僕の方を見てくれたので「行ってらっしゃい。」と言ったら笑ってくれた。さすが僕の娘だけはある。
少しだけ口角を上げて微笑む姿が逆光でとても幻想的になっている。精霊と見間違えそうだ。
「イチョウって如何してこんなに臭いの?」と華が文句を言いながらイチョウがずらっと咲いている道を歩く。
「イチョウじゃなくて銀杏が臭いんだよ。」と教えたのに、黙ってシカトしていた。
「無視は酷いよ」と少し文句を言うと彼女は「匂いはあれだけど、とっても綺麗。」と呟いた。
「そうだね。」
「はぁ…寒いぃ、」と寒そうに華が言った。
「制服がスカートなのは夏はいいけど冬は寒そうだね。」と少し笑ってしまった。
「今日はカイロも持ったしマフラーも巻いたのになんでこんなに寒いのー!」と文句をブツブツ言いながら雪の積もった道を歩いていく。
彼女が雪を踏む度にザクザクと音を立てて足跡が付いていく。
華を学校まで送り届けた後家に帰ろうと振り返った時。
「あれ?」と言った。雪道に僕の足跡が無い。華の足跡はくっきり残っている。
そうすると一気に記憶が蘇ってきた。
あの日、何の変哲もない晴れた日。
僕は死んだ。
事故だ。
信号待ちをしていた時に暴走してきたトラックが歩道に突っ込んで来た。
僕は潰されたんだ。僕は死んだんだ。
信じたくない過去が一気に蘇ってきて、吐き気を覚えた。
「僕は、死んで、ない。」
そう自己暗示するも何処かで僕は自分自身が死んだ事を認めていた。
心の何処かでは分かっていても頭が追い付いていないこの状況で僕は一生懸命考えた。
自分は死んだのか。これは悪い夢なのではないか。娘は僕を見て笑ってくれていたから僕は死んでないのではないのか。他にも色々と考えた。
だけどやっぱり僕は死んだんだ。
その結末に辿り着くと同時に僕の身体が透け始めた。
少し驚いたが最後に娘の顔を見て消えたいと思った。
どうせ僕の身体は見えないし良いだろうと思って学校に入っていった。
娘はもう中学3年生だ。見つけた。一生懸命勉強している姿を見つけた。
そして僕は教室に入った。
華の横に立つ。
そして華の手を握る。
すると、何時もは何も反応してくれなかった上にすぐ手を離してしまうのに、この時だけは僕の顔を見上げて涙を流していた。
担任に「飛鳥さん?」と言われ生徒が華を見る。華をが泣いていることに分かって担任が駆け寄ってくる。
僕はそれを気にせず「華」と呼びかける。
華はそれに答えない。
「今までありがとう。大好きだよ。」と言って僕は華の頬にキスをした。
もう僕の身体は殆ど透けてしまっていた。
そしてもう消えるという時に華が「私も」と呟いた。
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