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Nemuri
124
#近未来
鳳蓮荘
751
第二章 入学式の終わりと、予想外の独り部屋
「――以上をもちまして、第127回入学式を閉会いたします!」
教頭の声と共に、大講堂にどっとどよめきが広がる。新入生たちは立ち上がり、友達を探したりランクの話で盛り上がったりしながら、ぞろぞろと出口へと流れていく。
高木暸は一番後ろの席でゆっくりとあくびを一つ。ポケットに突っ込んだボロボロのFランク認定証の感触を確かめながら、「よっしゃ、これでやっと自由だ。早く寮に行って昼寝でもするか」と、人混みをかき分けるようにして講堂を出る。
さっきの照明落下の一件は、結局「誰がやったか」は最後まで不明のまま終わった。教頭は「老朽化による一時的な設備の不具合」という適当な理由で片付け、四天王たちも何か言いたげな様子だったが、結局式を優先させてその場は収まったのだ。
暸としては「あぶなかった…バレなくてよかった」と内心安堵しきり。指を鳴らしたのも本当に一瞬だったし、周りはパニックで誰も自分の方を見ていなかった。これで完全に一件落着、平和な高校生活のスタートだ――彼はそう信じて疑わなかった。
学園の敷地を10分ほど歩き、ようやくたどり着いたのがFランク専用寮だった。
「…うわ。」
暸は思わず声が出る。
他のランクの寮がレンガ張りの立派な3階建てだったり、Sランク以上に至ってはまるで高級マンションのような作りなのに、目の前のFランク寮はまるで戦後の廃墟のようだった。壁はヒビだらけでペンキがはげ落ち、窓ガラスにはひびが入り、屋根の一部はサビで腐食している。門の看板には「F棟」と書かれているが、文字の半分は欠けて読めない。
「まあ、Fランクだからな。想定内だわ。」
暸はあきらめ顔で門をくぐり、玄関のドアを開ける。中はさらにひどく、廊下の床は軋み、電気はちらつき、どこからかネズミの走る音が聞こえるような気さえする。
「寮母さんか管理人さんはどこにいるんだろ…」
彼は受付のカウンターを覗き込むが、誰もいない。代わりにピンで留められた一枚の紙が目に入る。
――『Fランク入寮者名簿 第127回』
暸は興味本位で名前を確認する。
そこに書かれていた名前は、たった一つ。
高木 暸
「…え?」
彼はもう一度紙を目にこすりつけるようにして見る。上から下まで、何度目を走らせても、自分の名前以外には何も書かれていない。空欄だらけの名簿に、ポツンと「高木暸」の文字だけが黒いインクで刻まれているのだ。
「まさか…Fランクって、俺一人?」
毎年数名はいると聞いていたFランク。今年はなんと、暸たった一人だけが最低ランクに振り分けられていたのだ。
つまり、この廃墟のような寮には、他に誰も住んでいない。4人部屋も8人部屋も、全部暸の専有物。風呂もトイレも食堂も、何もかも彼一人のためだけに存在していることになる。
暸は数秒間、立ち尽くした。
そして次の瞬間、彼の顔が、入学して一番明るい笑顔に輝いた。
「マジか! ラッキーすぎるだろ!!」
誰もいない廊下に、彼の声がこだまする。
普通だったら「全校で自分一人だけ最底辺」と絶望するところだが、暸の脳内は全く逆だった。
・喧嘩を売られる心配がない
・うるさいルームメイトがいない
・誰にも見られず好きなだけ昼寝できる
・食事の順番待ちもない
・何より、自分の力を隠すのに、誰も近くにいないのは最高の環境だ
「わーい、これで完璧だ。誰にも邪魔されずに3年間過ごせるぜ!」
暸は上機嫌で二階に上がり、一番奥の日当たりのまあまあな部屋を適当に選ぶ。ドアを開けると、ベッドのマットレスはへたっているし、壁にはカビが生えているし、窓は少し開けっ放しになっていたが、彼にはどうでもよかった。
とりあえず荷物を放り出し、ベッドにバタンと横になる。
「あー、最高。平和だわ。これなら誰にもバレずに生きていける。四天王だの生徒会長だの、あんなめんどくさい連中とは一生関わらないで済むな。よかったよかった。」
彼はそうつぶやきながら、まぶたが重くなっていくのを感じた。数分後、Fランク寮に響くのは、暸の穏やかないびきだけだった。
一方、その頃――。
学園の一番奥、生徒会棟の最上階にある最高峰会議室では、天叢雲学園の頂点に立つ5人が、重苦しい空気の中、長いテーブルを囲んで座っていた。
第三章 最高峰会議 ~名乗り出た嘘つきルーキー~
「――で、結局のところ、あれは一体何だったんだ?」
黒鉄剛が骨の太い腕をテーブルに叩きつけるようにして問いかける。
会議室の中央には、入学式の大講堂の監視カメラ映像が、大型モニターにコマ送りで映し出されている。照明が落下し、空中で停止し、横に移動して床に置かれる――その一連の流れが、何度再生しても信じられないような動きを見せる。
「俺が一番近くにいたが、あのタイミングであんなことができた奴は、この中にはいない。黙っているが、神無月会長だって間に合わなかっただろ?」
神無月凛は静かに頷く。黒い瞳がモニターの映像を鋭く捉えている。
「ええ。私の因果干渉ですら、あの0.3秒足らずの間に『落下』という事象を完全に否定し、さらに物体を移動させるのは限界だった。あれは少なくとも、私と同次元か、それ以上の干渉系能力のなせる業です。」
「それがどうした? 学園にZランクは俺たち5人だけだろ? 他にそんな奴がいるはずないだろ!」
黒鉄の怒鳴り声に、氷室雪菜が冷ややかな声で割って入る。
「…だからこそ、問題なの。学園のシステム上、Zランクに該当する能力値の新入生がいれば、入学検査の段階で絶対に発見される。それが今回、誰も検出されていない。つまり――」
「能力を意図的に隠している者が、新入生の中に紛れ込んでいる、ということですね。」
御手洗叡智が眼鏡を押し上げ、指でタブレットの画面を滑らせながら続ける。
「全ての新入生の検査データを再確認しましたが、異常値は一人もいません。一番下のFランクの高木暸に至っては、全項目が基準値の下限ギリギリで、むしろ普通の人間以下です。逆にSランクの2人を見ても、あの瞬間に物体を停止・移動させられるような能力の持ち主はいない。」
「うーん、でもなんか変だったよね~。」
天宮詩織が頬に手を当て、首をかしげる。
「あの瞬間、会場全体にすごく微かな、空気の歪みみたいなのが流れたの。私の幻夢創造だと、人の気配とか空間のゆがみにはすごく敏感だから分かるの。まるで、『世界のルールそのものが一瞬だけ書き換わった』みたいな…」
詩織の言葉に、他の4人の表情が引き締まる。
「ルールの書き換え…? それってつまり、概念干渉に近い領域の能力ってことか?」黒鉄が声を潜める。
「もしそうだとしたら、厄介な相手が紛れ込んだものだわ。」雪菜がため息をつく。
「学園の秩序を守る立場として、この相手の正体を早急に突き止める必要があります。もし敵対心を持っていたら、この学園ごとひっくり返されかねませんから。」御手洗が冷静に分析する。
凛が静かに立ち上がり、モニターの映像に視線を注ぐ。
「今のところ、この者は少なくとも新入生を助ける行動を取っています。当面は様子を見つつ、校内の監視体制を強化しましょう。もしこの者が何らかの行動を――」
その瞬間だった。
ガシャン!!
会議室の分厚いドアが、外から力まかせに蹴開けられた。
5人が一斉に入り口を向く。そこには、制服の上着を肩にかけ、銀色の髪をなびかせた、背の高い一年生の少年が、大きく足を踏み入れてきた。
彼は満面の笑みを浮かべ、まるで自分がこの部屋の主人公にでもなったかのように、ゆっくりと人差し指を突き上げて宣言する。
「――さっきの照明を止めたのは、俺だ!」
一瞬、会議室の空気が凍る。
少年は誰もが驚くのを確認してから、得意げに胸を張る。
「改めて自己紹介する。一年生、九条覇斗(くじょう はいと)。ランクはAだ。能力は『重力場操作』――自分の周りの重力を自在に操り、ありとあらゆる物体を浮かせたり止めたり、思い通りに動かせる。さっきのあんな演出、俺にとっちゃお茶の子さいさいだったぜ!」
彼がぱちりと指を鳴らすと、テーブルの上に置かれていたペンが、ふわりと空中に浮かび、くるくると回り始めた。確かに、重力を操る能力だ。
黒鉄が最初に反応する。
「ほう! やったのはお前だったのか! すごいじゃねえか、一年生のAランクであんなことができるのか! なかなかやるじゃないか!」
単純な彼は、すっかり九条の言葉を信じ込み、感心しきりで太い手をパンパンと叩く。
雪菜は相変わらず無表情で、「ふーん」とだけ鼻で笑い、再び腕組みをする。
御手洗は眉を少しだけひそめ、タブレットのデータを見比べながらつぶやく。
「九条覇斗…確かにAランクで、重力操作の能力は本物です。データ上の数値もAランクの中ではトップクラス…だが、入学式の時、君は大講堂のどこに座っていた?」
「? 一番前の左の方だよ。何だ?」
「一番前…か。」御手洗が眼鏡の奥で目を細める。「あの照明の落下地点は壇上の右側。君の座席からは少なくとも30メートル以上の距離があります。重力操作の到達距離の理論限界は、Aランクでもせいぜい15メートル程度。あの距離で瞬時に物体を静止・移動させるのは、君の能力値では物理的に不可能ですが…?」
鋭い指摘に、九条の顔が一瞬だけ引きつる。だがすぐに「ハハハ!」と大きな笑い声で誤魔化す。
「おいおい、それが過去のデータだろ? 俺だって、ピンチだと思ったら急に力が溢れてきたんだよ! 人間、本気出せば限界なんて突破できるんだぜ! それに、俺以外にあんなことができた奴が他にいるのか? いないだろ? だったら俺がやったに決まってるだろ!」
理屈ではごまかしきれていないが、確かに彼の言う通り、他に犯人らしき者は見つかっていない。
詩織が首をかしげながら、九条の全身をじっと観察する。彼女の五感支配の能力は、人の嘘や心の中の微かな動揺にも敏感なはずだったが、九条はあまりにも真剣に、そして自信満々に「俺がやった」と言い張るので、逆にどちらが本当か分からなくなっていた。
「なんか…違うような気もするけど…でも、すごく本気だから本当なのかな…?」
最後に、凛が静かに九条の目を見つめる。因果干渉の持ち主である彼女の瞳は、相手の言葉の裏にある「真実」と「嘘」の因果の糸を、わずかながら感じ取ることができる。
――この男の言葉には、嘘が混じっている。
だが同時に、彼自身が「俺がやったんだ」と心の底から信じ込もうとしているのも分かった。一種の自己暗示のようなものだ。これ以上追及しても、彼が認める事は無いだろう。
凛はゆっくりと口を開く。
「…分かりました。今回はあなたが新入生の命を救ってくれた、ということにしておきましょう。九条覇斗、Aランクとして、今後も学園のために力を尽くしてください。」
「もちろんだ! 生徒会長!」
九条はにっこり笑い、拳を突き上げる。
「俺はこれから、この学園の頂点に上り詰めてやる! いずれ四天王、そして生徒会長の座まで全部俺のものにする! 覚悟しておけよ、先輩たち!」
そう言い残すと、彼は再びドアを派手に閉めて、颯爽と会議室を去っていった。
ドアが閉まり、再び静けさが戻った会議室。
黒鉄は「なかなか面白い奴が入ってきたもんだ」と機嫌よく笑い、雪菜は「自惚れ屋ね」と吐き捨て、御手洗は「やはり彼には不可能だったと思うのですが…」と疑問を残し、詩織は「まあ、いっか~」とすっかり忘れたように次の話題に移ろうとする。
その頃、Fランク寮のボロベッドの上では、高木暸が「ふにゃあ…」と寝言を言いながら、気持ちよさそうにひっくり返っていた。
彼の知らないところで、九条という名の「嘘つきスーパールーキー」のおかげで、一時的に彼の疑いは晴れた。だが同時に、この学園のカオスな日々は、これからますます加速していくのだった――。
(次回に続く)
コメント
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おお、第2話読んだわ!暸くん、まさかのFランク寮ひとりじめで「ラッキー!」って笑顔になるの、めっちゃほっこりした。あのボロボロ廃寮がむしろパラダイスになる思考回路、好きだわ。一方で最高峰会議の重苦しさと、九条が“俺がやった!”って名乗り出る展開…あれ絶対嘘やろ?って思ったけど、暸の昼寝と対比になっててニヤニヤした。この平穏、いつまで続くんやろか。次回も楽しみ!