「この人が、家庭教師?」
「そうよ。ほら蓮。挨拶しなさい!」
そう言いながらお母さんは俺の背中をパンパンと叩いた。意外と強く叩かれ、叩かれたところからじわぁっと背中全体に痛みが広がっていく。
挨拶をしなさいと言われたなら、やりたくないけどやるしかない。
面倒くさいという思い半分で「蓮です。よろしく、お願いします」と言った。最後にハテナが付いた気もするが、まあどうでもいい。
「じゃ、さっそく勉強教えてもらいなさい!折角来てもらったんだし。蓮。案内できるわよね?」
『案内できるのが当たり前』かのように言っているが、初対面の人に案内など人見知りの俺なら到底無理なことだ。でも、この人ならなぜか大丈夫だった。
「あ、じゃあ阿部さん?亮平さん?何て呼べばいいですかね」
「じゃあ、阿部ちゃん先生とか、ダメかな?」
同じくらいの身長なのに、なぜか上目遣いをしてくる。優の上目遣いはあざとくないが、阿部ちゃん先生(でいいのだろうか)は日本一と言っても過言ではないくらいあざとい。
でもその中にはどこかに格好良さもあって、不思議な感じがした。
「おーい。蓮くーん。え、固まっちゃった?」
目の前で手を振っている阿部先生に気が付いてハッとした。自分が固まってるとも何とも思っていなく、ずっと考えことをしていた。
「いや固まってなんかいないですよ。じゃあ、行きます?」
「うん!行こっか!」
急に幼稚園児に戻ったのだろうか。これが童心に返るということなのだろうか。
でもそんなことは正直言うとどうでもいい。勉強が嫌いなくせになぜか阿部先生といるとやる気が出る。それと同時に胸が熱くなるし、ずっと一緒にいたくなる。でも何とも言えない感情で、隠し通すしかないのだろうかと少し不安に思っていた。
部屋につき、ざっと俺の部屋のことを紹介した。たぶん普通はしないことだが、阿部先生が「紹介して?」とまたまた上目遣いで言ってきて、そのあざとさに負けた。
「じゃあ、始めます?」
「勉強嫌いって言ってたのに、自ら言うなんて。変わった子だね。あ、言っちゃった」
「大丈夫です。始めましょ!」
少しうっかりものということもわかるとますます一緒にいたくなる。本当に、この感情は何なのだろうか。
3時間後。いつの間にか日が暮れていた。でも、なぜか物足りない。これこそ最後と思いながら「地理、やりたいです」と阿部先生に行った。
「阿部先生、じゃなかった。阿部ちゃん先生はどの教科が得意なんですか?」
「数学とか理科とかかな。文系じゃないんだよね」
そう言いながら笑う阿部先生を見ていると、その笑顔に惹きつけられる。でもその笑顔はどこか悲しそうだった。その悲しさを俺が癒してあげることができたらいいのに。そんなことをいつの間にか思っていた。
「じゃあ、また土曜日」
俺達に手を振って、阿部先生は出て行った。普通に言って寂しくなった。家族がいるのに。お母さんと音尾さんと優がいるのに。寂しさが俺の心を包み、うまく笑えなかった。辛いこともなかったのに。いろんな気持ちが積み重なって絡まった糸のようになった。
「よし、じゃあ蓮が初めて家で勉強頑張ったから、今日はちょっと張り切っちゃおっかなぁ」
腕まくりをしているお母さんは晩御飯を作るやる気がすごかった。本当に焚火ができそうなくらい。
「ねえねえお母さん。兄ちゃんって初めて勉強頑張ったの?」
優は文章をそのまま言って質問した。
「そうそう。小学生でもろくに勉強なんかしてなかったんだから。まさか3時間半勉強するとはね」
犯罪を起こしたような言い方もしたが、多分褒めている。そう思っておこう。
「ねえねえ康二」
「あ、蓮が呼んどる。ちょっと待ってな。で、なんや?」
友達と話していたがよっぽど耳がいいのかすぐ返事をしてくれた。
「昨日、家庭教師来たんだけどさ、その人と勉強とかお話とかしてるとずっと一緒にいたくなるっていうか胸が熱くなるっていうか……」
「それは恋や!恋!」
なぜか康二の顔が一気に明るくなった。そういえば、幼稚園の頃から昨日のような気持ちになったことがない気もする。中学の時から康二と一緒だったが、その時も恋愛感情というものがなかったような。
「で、その人ね、男の人なの。恋なら、変かな?」
「変ちゃうで!俺だってそうやもん」
まさかの事実をしれっという康二に驚いた。これは
「ボーイズラブってやつ..?」
「たぶんそれとはまたちゃうんやけど…ざっくりいうとな!ええy」
キーンコーンカーンコーン
康二が何かを言いかけた時チャイムが鳴り、それと同時に先生が教室に入った。何を言おうとしたのかはわかりそうでわからなかった。でもそんなことはどこかに飛んでいき、ずっと考えていることと言えば、阿部先生のことだ。
コメント
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めめあべ尊!
またもやモコちゃん、忘れましたぁぁぁっ!(その自信はなんだ)