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取引先との打ち合わせ場所は、少し落ち着いた雰囲気の居酒屋だった。「今日はお時間ありがとうございます」
《こちらこそ》
正門さんが穏やかに微笑む。
乾杯の声とともに、グラスが軽く触れ合う。
正直、嫌な予感はしていた。
仕事の打ち合わせとはいえ、ここは居酒屋。
お酒が出ないわけがない。
《桃井さんも一杯どうですか?》
「……はい」
断れなかった。
取引先に失礼だし、これは仕事。
ビールを一口。
喉を通った瞬間、アルコールの強さに思わず眉をひそめる。
苦い。
熱い。
頭が、じわっと重くなる。
でも、打ち合わせ自体は順調だった。
「今回の件ですが……」
「その条件でしたら、こちらとしても前向きに検討できます」
資料を広げ、説明する。
言葉はちゃんと出ている。
……でも、少しずつ、感覚が鈍くなっていく。
顔が熱い。
視界の端がぼやける。
……まずい。
『先輩、大丈夫ですか?』
隣から、小さな声。
佐野くんが心配そうに覗き込んでくる。
「平気……」
『顔、赤いです。』
黒髪の前髪が少し揺れて、子犬みたいな瞳が不安げだ。
『無理せんといてください。』
「仕事だから」
それだけ言って、またグラスを口に運ぶ。
それが、間違いだった。
時間が経つにつれ、視界がふわふわ揺れ始める。
正門さんの話が、ちゃんと頭に入っているのか、自分でも分からなくなってきた。
笑っているのか、ちゃんと相槌を打てているのか。
《……桃井さん?》
正門さんの声が少し遠い。
『申し訳ありません。先輩、お酒弱いみたいで』
佐野くんの声が、はっきり聞こえた。
私は止めることもできず、ただぼんやりとその会話を聞いていた。
『今日はここまでにしましょうか』
《ええ、無理させてしまってすみません》
正門さんたちは申し訳なさそうに席を立ち、会計を済ませて先に帰っていった。
気づいた時には、私は立ち上がることすらできなくなっていた。
足に力が入らない。
頭がぐるぐる回る。
『先輩、歩けますか?』
「……無理」
『すみません、失礼します。』
佐野くんは自然に私の腕を取って、肩を貸す。
そして、店を出ると……
そのまま、私をおんぶした。
外に出ると、夜風が頬に当たる。
少しだけ、頭が冷える気がした。
「……佐野くん、ごめん。迷惑かけたよね……」
『謝らんといてください。先輩、頑張りすぎなんですよ』
その声は優しくて温かかった
おんぶされたまま、私の意識は少しずつ遠のいていく。
この先で、何が起きるのかも知らずに。