市場の喧騒の中、熟れた果実の甘い香りと人々のざわめきが入り混じる。陽射しを浴びた果物は艶やかに輝き、荷車の上で鮮やかな色彩を放っとる。ワイは手慣れた様子でそれを引き、取引を終えようとしていた。穏やかで、いつも通りの一日――そう思っとった、その時や。
「ナージェ……?」
聞き覚えのある声が、ざわめきを突き抜けて耳に飛び込んできた。なんか知らんけど、周りの音が一瞬だけ遠のいた気がする。ワイは思わず振り向いた。そこに立っとったんは――リリィ。
幼馴染で、かつての仲間でもある。でも、今となっちゃ赤の他人や。
(めっちゃ豪華な服やな……)
ワイとパーティーを組んどった頃は、泥だらけのマントを羽織っとった。やのに、今は金糸の刺繍まで入った高級布や。光を受けて細かく煌めく生地、繊細な刺繍の模様――ただの装飾やなくて、魔術的な効果でも込められとるんやろな。指には見たことない指輪がいくつもはめられ、どれもただの装飾品やなく、強力な魔道具っぽい。ほんで腰に下げとる魔道書や。装丁からして高位の魔導士しか持たれへんような代物で、昔ワイと旅しとった頃に使っとった、ボロボロで背表紙も剥がれかけとった本とは雲泥の差や。
まあ、今の彼女にはお似合いやろな。
ほんで、その隣におるんが――レオン。
こいつは相変わらずイキり散らした顔しとるな。鋭い目つきに整った顔立ち、それだけなら昔のままやけど、雰囲気がより一層アレや。前よりも傲慢さが増しとるというか、もう「ワイが王様やで!」みたいな空気出しとる。ピカピカの甲冑、無駄に派手な赤いマント……いや、ほんま何目指しとんねん。肩には紋章入りの飾り金具までついとるし、腰の剣も見るからに高級品や。柄の部分にまで細工が施されとって、実用よりも見た目重視なあたり、ますますイキり度が増しとる感じやな。
「お前……こんなところで何をしてるんだ?」
レオンは鼻で笑って、見下すような目を向けてきた。まるで道端の石ころでも見るみたいな目ぇや。相変わらずやな、コイツ。昔から自分が一番やと思っとるタイプやったが、今はその自信に実績っちゅう後ろ盾が加わっとるらしい。ワイがパーティーを追放されて、結構な月日が経っとる。その間にこいつらはスキルをちゃんと活用して、冒険者として成功しとるらしい。
ワイがおらんようなってもし落ちぶれとったら……いや、関係ないか。こいつらが成功しようと失敗しようと、ワイとは無関係や。
「……収穫したリンゴとマンゴーを卸しに来たところや。果樹園をやっとるからな」
ワイは淡々と答えた。隠すこともないし、そもそもこいつらにどう思われようがどうでもええ。市場での仕事は単純やけど、ワイにとっては大事な生活や。
「果樹園? ハッ、やっぱり無能のスキル持ちは戦えないってことか」
レオンが嘲るように鼻で笑った。市場のざわめきに混じっても、その嫌味な声だけは妙にはっきりと耳に届く。周囲の商人や客たちは商品や値段の交渉に忙しく、誰もこちらのやりとりを気にしてはいない。それなのに、レオンの言葉だけは重く、鋭く、まるで錆びたナイフのように胸に突き刺さる。
……やっぱり変わっとらんな、コイツは。
ワイは喉の奥で苦く笑う。そういうことやな。コイツにとってスキルの価値は、ただ「戦えるかどうか」だけなんや。剣を振るえるか、魔法を放てるか、それ以外の生き方なんて端から考えもしとらん。どれだけ広い世界があろうが、どれだけ多様な生き方があろうが、コイツの中では「強さ」こそが絶対の指標。
……アホらし。
ワイは息を吐く。呆れる気力すらもう残っとらん。こいつの価値観は変わらへん。それはずっと前から知っとったことや。
「ナージェ、あなたのスキル……もしかして何かの役に立ってるの?」
ふいにリリィが口を開いた。
なんやその言い方。ワイを憐れんどるんか? ワイを無能として追放したくせに、いっちょ前に心配でもしとるんか?
ワイは何も答えん。ただ、荷車の上に積まれた真っ赤なリンゴをひとつ手に取ると、無言でリリィに差し出した。
「食ってみぃ」
リリィの手がわずかに揺れた。彼女は一瞬だけためらったあと、おそるおそるリンゴを受け取る。そして、慎重に――ゆっくりと――小さくひと口かじった。
その瞬間。
リリィの瞳が驚きに見開かれる。
「これ……魔力が溢れてくる……?」
息をのむような、かすれた声。彼女の指先が微かに震え、掌の上のリンゴを見つめる瞳には「どうして?」という戸惑いがはっきりと映っとる。果肉の断面から、ふわりと淡い光が立ち上り、魔力の波が空気に揺らめいた。
ワイは肩をすくめ、当然やろと言わんばかりに口を開いた。
「そらそうよ。ただのリンゴちゃうで。ワイの【ンゴ】スキルで育てた特別製や」
レオンの顔色が変わった。さっきまでの余裕はどこへやら、焦りと警戒が滲み出とる。
「ナージェ、お前……!」
声が震えとる。なんや? 怒っとるんか? それとも、自分が見下しとった存在が、思いもよらん形で「結果」を出しとることに動揺しとるんか?
どっちでもええわ。
レオンの隣におるリリィも、息をのんどるのがわかる。
昔のワイなら、この空気にビビって縮こまっとったかもしれん。レオンの一言に怯えて、リリィの視線に耐えられず、下を向いとったかもしれん。
でも、もう違う。
ワイには守るべき果樹園がある。【ンゴ】スキル様々やが、それだけやない。この手で育ててきたんや。土を耕し、陽を浴び、雨に打たれ、ケイナと協力しながら、実を結んだモンや。指先に残る土の感触、汗をぬぐうたびに感じる太陽の熱、雨に濡れた大地の匂い――それらすべてが、ワイの生きてきた証やった。
だからこそ、もう迷いはない。
ワイはゆっくりと視線を上げる。目の前の連中はまだ何か言いたそうにしとる。けどな、ワイの中ではもう答えは決まっとるんや。こいつらがどんな言葉を投げかけようが、何を企もうが、ワイが根を張った果樹園の重みを揺るがすことはできん。
「お前ら、そろそろ行ったらどうや? 今さらワイに何の用もないやろ」
ワイは静かに、そう告げたったんや。
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