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ワイの言葉を受けても、リリィはリンゴを手にしたまま動かん。なんか戸惑ったようにワイを見つめとった。
その表情にははっきりとした疑念が浮かんどる。細い眉がわずかに寄せられ、薄桃色の唇がかすかに開く。彼女の視線はリンゴとワイの顔の間を行き来し続けとる。その動きには、どうしても納得できへん、とでも言いたげな迷いが滲んどった。
「ナージェ、本当にこれ、あなたのスキルで作ったの?」
問いかける声は、まるで確かめるような響きを帯びとる。信じたいけど信じられへん、そんな複雑な感情が入り混じっとる。
ワイはふっと鼻を鳴らす。
「ああ。さっきも言ったやろ?」
別に誇ることでもない。ただの事実や。
リリィはまだ疑いの色を完全には拭えへんようやった。じっとリンゴを見つめ、指先でそっと押してみる。すると、果肉の弾力を確かめるように皮がわずかに沈み、すぐに元の形に戻った。その様子に、彼女はますます考え込むような顔をする。
けど、やがて決意したように小さく息を吸い、何かをもう一度確かめるかのようにリンゴを口元に運んだ。歯が白く覗き、慎重に果肉へと沈んでいく。
シャクッ――
静かな音が響いた。
その瞬間、果汁がじゅわっと溢れ出す。甘酸っぱい香りがふわりと漂い、風に乗って周囲へと広がる。陽の光を浴びた草の匂いと混ざり合い、どこか懐かしいような芳香を生み出した。
リリィの肩が、ピクリと震える。
「……!」
彼女の瞳が大きく見開かれた。驚きに震えた表情は、その味が想像を超えていたことを物語っとる。
口元にはまだ噛み切った果肉が残っとるというのに、リリィの唇がかすかに震える。まるで、言葉を探しとるみたいやった。
喉が小さく動き、果汁を飲み込んだ。指先がかすかに震えとる。
「……やっぱり、すごい。体の奥から魔力が満ちてくるみたい」
呆然としたまま、リリィがぽつりと呟く。その瞳は驚きと戸惑いに揺れ、自分の体に何が起こっているのか、まだ理解しきれていない様子やった。彼女の指先がかすかに震えとる。まるで、今まで感じたことのない感覚に戸惑っとるみたいや。
ワイは腕を組みながら、その様子をじっくりと観察する。ほんまに効果があるんか、ずっと半信半疑やったんやけど……こうして目の前でリリィが驚いとるのを見ると、どうやらガチらしい。
「ほーん、やっぱそういう効果あるんか。ワイも詳しいことは知らんけどな」
適当に返しつつ、内心では少しばかり高揚しとる。自分の【ンゴ】スキルがどういう仕組みで動いとるのか、それによって栽培されたリンゴやマンゴーにどんな効果があるのか、正直ようわからん。無害なんは身を持って証明しとるけど、魔力がどうとか言われてもな。ただ、こうやって目の前で結果が示されると、改めて実感が湧く。無能やと思っとったスキルが、まさかこんな風にも役立つとはな。
ワイとリリィの空気が、ほんの少し緩む。直後、不機嫌そうな声が横から飛んできた。
「魔力が回復するリンゴだと? そんなもの、普通の作り方じゃ無理なはずだ。ナージェ、お前、本当にそれを作ったのか?」
レオンの眉間に深い皺が寄っとる。鋭い眼差しがワイに突き刺さるが、別に怖くもなんともない。どうせまた難癖つけてくるんやろ。
ワイは肩をすくめて言う。
「見ての通りやで」
証明するつもりはない。【火魔法】のスキルを持つリリィが、魔力云々と指摘した――とりあえずはそれで十分やろ。
レオンは険しい表情のまま、リンゴをじっと見つめる。その瞳には困惑が色濃く滲んどる。そらそうや。今まで無能扱いしとった相手が、こんなありえへんもんを生み出したとなれば、信じられんのも無理ない。
「……無能のはずのスキルが、こんな効果を……?」
リリィの声がかすかに震えとる。その声音には、ほんのわずかに後悔が滲んどる気がした。
──今さら、なんやねん。
ワイは無言でリンゴを荷車に積み直す。
カゴの中でリンゴ同士がぶつかり、コトリと控えめな音を立てる。その音が妙に鮮明に耳に残る。ワイは手元の作業に意識を向ける。無駄なことは考えん方がええ。
せやけど、リリィはまだ何かを言いたそうにしとる。
その気配はわかる。けど、あえて顔は上げん。
足元で砂利がかすかに鳴る。躊躇うような、迷うような、そんな動き。
そして、意を決したようにリリィが口を開いた。
「ナージェ……もし、もしよかったら、また一緒に──」
その言葉を最後まで言わせへんかったのは、レオンの鋭い声やった。
「リリィ!」
ピシャリと叩きつけるような声や。
リリィの肩がビクリと震えた。
レオンの表情には、明確な怒りが浮かんどる。
「何を言ってる? 俺たちはもう仲間じゃないんだぞ。こいつはただの農民、俺たちは冒険者だ」
リリィの拳が小さく震え、唇を噛みしめる。
──ただの農民。
そら、そうやろな。ワイはもう冒険者やない。ただの、土を耕し、作物を育てるだけの存在や。
「……そう、よね」
リリィは何かを振り払うように、かすかに首を振る。
ほんの一瞬、未練が滲んだように見えた。
けど、彼女は足を踏み出す。
──背を向けた彼女の姿を見ても、ワイの胸には何の感情も湧かんかった。
「……お互い、別の道を歩いとる。それだけの話や」
ワイはリンゴの詰まった籠を持ち上げ、市場の喧騒へと戻っていった。