社員「加賀美社長!」
名前を呼ばれて振り返る.
「どうしました?」
社員「前に言っていた案件なんですが…」
「いいですね.次の会議で話してみましょう」
社員「本当ですか!?ありがとうございます!」
すっかり空が暗くなった時間、俺は会社で仕事をしていた.他の社員はすでに帰っていて、社内は静寂に包まれていた.
さっさと終わらせて家に帰ろう.
今日は配信もあるし、先に夕飯も食べておきたい.
そう思い、やる気をなんとか出して仕事を再開した.
「ふぅ〜…」
やっとの思いで仕事を終わらせる事ができた.
今の時間は23時30分.
「え?」
もう一度時計を見る.だが同じ時間を示している.
「もう23時!?」
配信予定の時間は24時.もうあと30分しかない.
急いで荷物を持って走って帰った.
リスナー「社長大丈夫〜?」
リスナー「こんなに時間過ぎんの初めてじゃね?」
「皆さんこんばんは.にじさんじ所属バーチャルライバー兼加賀美インダストリアル代表取締役の加賀美ハヤトでございます!」
リスナー「お、きちゃ」
リスナー「やほ〜」
「めっちゃ遅くなりました!すみません…!」
リスナー「大丈夫」
リスナー「なんかあった?」
「少し用事で遅れてしまいまして…」
リスナー「大変やね」
リスナー「無理しないでね」
…本当に思っているのだろうか.
表面上だけではないのだろうか
そんな疑いたくなる気持ちを抑えて今回やる内容を始めた.
配信を終わらせる.
周りがまた静寂に包まれた.
「…無理しないで、か…」
そんな一言だけが部屋に響く.
「…俺がやらなかったら誰がやるんだよ」
こういう1人の時、嫌なくらいに気分が下がる.
どうすればいいか分からない感情が次第に心を呑み込んで行く。
この気持ちはどこにぶつければいい?
否,ぶつけてはいけない.
俺はもっと、我慢しないといけないのだから.
でも、どうやって?
今でさえ、口から様々な言葉が出てしまうのに.
「…どうしようもないな(笑)」
自分でも失望してしまう.
自嘲して、また静寂に戻る.
「…うるさい」
何もかもがうるさかった.
今は、何も聞きたくない.
剣持「あ、社長〜」
「どうしました?」
剣持「また甲斐田が遅刻したんですよ〜!」
不破「本当にいつも遅刻してくる」
甲斐田「だから!今日は本当に外せない用が…!」
…あぁ、うるさい.
剣持「…社長?」
呼ばれてハッとする.
目の前で甲斐田さんが頬を抑えて座っていた.
甲斐田「社長…?」
一瞬、何が起こったか分からなかった.
ただ、どうしようもない感情がまた俺を呑み込んでしまいそうな気がして.
俺はその場から逃げた。
「はぁ…はぁ…ッ」
なんで、あんな事をしてしまったのだろう.
どうして謝れなかった?なんで、なんで…ッ!
「っ…うるさい…ッ」
静かな路地裏で呟いた.
叫びたい衝動を抑えて、目と耳を塞いだ.
しばらくすると、周りが静かになった.
全く何も聞こえなくなった.
いや違う.
聞こえにくくなった.
恐る恐る目を開くと、何も見えなくなっていた.
「…」
不思議と安心した.
何も感じないから.
俺は、やっと…
すると目の前の景色が変わった.
そこはさっき来た路地裏だった.
??「大丈夫そうか?」
?「多分大丈夫じゃない?」
後ろから誰かの話し声が聞こえた.
振り向くと、そこには
葛葉「あ、社長」
叶「大丈夫ですか?」
葛葉さんと叶さんがいた.
「…大丈夫ですよ」
いつも通りの笑みを浮かべてそう言った.
いつも通りのはずなのに.
葛葉「…無理してんなぁ」
なぜか、気づかれてしまった
叶「…僕の家来れますか?」
「お邪魔します…」
そう言い叶さんの家に入る.
案内されるがままリビングのソファに座った.
叶「…で、何かあった?」
葛葉「…俺席外すわ.」
叶「あ、葛葉も居て.社長の横ね」
叶さんがそう言うと葛葉さんが俺の隣に座る
叶「それで、なにがあったの?」
葛葉「そういえばなんで敬語だったんだ?」
叶「外だからね」
「…実は────」
叶「…そっか、」
一言そう言った後、静かになる
「すみません、こんなの変ですよね」
葛葉「別に変ではないんじゃねぇの?」
「え?」
葛葉「だって、頑張ってんじゃん.ずっと」
頑張ってる…?
葛葉「社長はそう思わないのかもしれないけど
めちゃくちゃ頑張ってるし、全然休まないし.」
「…全然、これじゃ足りないですよ」
叶「そういうのって、自分でわかんないんだよ」
「…でも叶さんや葛葉さんよりも、出来てないです」
葛葉「なんで他と比べんの?」
それに、と葛葉さんは続けた
葛葉「別に完璧とか、正しくある…っていうか、そんなんじゃなくていいじゃん.ありのままの社長でいいじゃん」
ありのまま……?
叶「葛葉の言うとおり」
叶「僕たちは完璧も正しさも求めてないよ.」
『僕らは,ただ一緒にいたいだけ.
本当の社長が好きなだけ.』
『つーか、俺らは正しさとかどうでもいいし.
ただ普通でいて欲しい.それだけだ』
「……っ」
その言葉を聞いた時、自然と涙が溢れた.
今まで聞こうともしなかった.
周りはどう思っているのか、
俺が、加賀美ハヤトという人間が
どう見えているのか.
聞きたくなかったんだ.真実を.
だって、どうせ否定されるに決まってる.
また期待されるのはもう疲れたから逃げてただけだ.
だけど、違った.
少なくともこの人たちはそんな事思ってなかった.
本当の加賀美ハヤトを求めてくれていた.
本当の加賀美ハヤトが見えていた.
肯定してくれた.否定しなかった.
他人から見たらそんなことでって思われるかもしれない.だけど、嬉しいんだ.
ちゃんと見ていてくれた、それだけで良かったって思える.
叶「きっともちさん達もそう思ってるよ.」
葛葉「きっと、っていうか絶対だな.」
葛葉「…って泣いてんの…!?」
「ッ…泣いて、ないですもん…っ」
葛葉「どう見ても泣いてんだけど!?」
叶「くーちゃんが、社長を泣かせた〜」
葛葉「なんで俺なんだよ!」
「…あの…」
叶・葛葉「?」
「…ありがとう、ございます」
自然に笑えていた.
作り笑いじゃない.
心の底から、ちゃんと.
叶・葛葉「…」
2人は目を見合わせて、少し笑ってこう言った.
叶・葛葉「「どういたしまして.」」
気づけばもう周りがうるさく感じなくなっていた.
第4話
人物:加賀美ハヤト
『本当の貴方を』
終
コメント
1件
めちゃめちゃ好き… ノベルの神作、久しぶりに会った…最高すぎ