翌日の夜、シェルドハーフェンの港湾エリアにアークロイヤル号が静かに入港した。
桟橋から物資などの積込や積み降ろしが行われる最中、大きな木箱が一つ船から降ろされた。
木箱は桟橋に待機していた馬車へと積み込まれ、周囲を『海狼の牙』が派遣した腕利きの男達が取り囲んで警戒をしていた。
「んじゃ、次会うまで元気でね?レイミちゃん」
「エレノアさんもお元気で」
アークロイヤル号を降りたエレノアとレイミはしっかりと握手をして別れ、レイミは荷馬車の荷台に乗り込み周囲を警戒する。
エレノア達海賊衆は、石油を初めとした交易品を積込次第次の航海へと出るため港湾エリアに残る。
「ご苦労様です!以後は引き継ぎます!」
港湾エリアを出ると『暁』の騎兵隊が『海狼の牙』の用心棒達と入れ替わり警備に入る。
厳重な警備体制の中、荷馬車は無事に『黄昏』の町へと辿り着く。
引き続き厳戒態勢が敷かれている『黄昏』は夜半になると外出している者も少なく、自警団を主力とした警備隊が巡回して目を光らせていた。
厳戒態勢故に人目を避けることが出来た荷馬車はそのまま領主の館へと移動。
「急げ!」
速やかに木箱が館へと運び込まれる。
「お帰りなさいませ、レイミお嬢様」
「ただいま、セレスティン。お姉さまは?」
荷馬車から降りたレイミをセレスティンが一礼して出迎える。
「シャーリィお嬢様は中でお待ちです。さっ、此方へ」
セレスティンに伴われたレイミは館の三階にある執務室へと向かう。
「レイミ!」
「お姉さま!ただいま戻りました!」
レイミが入室した瞬間シャーリィが駆け寄り、姉妹は包容を交わして半月ぶりの再会を喜ぶ。
「長らく留守にしてしまい、申し訳ありません」
「私が命じたことです。レイミが謝る必要はありませんよ」
再会の喜びを分かち合った二人はソファーに並んで座り、セレスティンが用意した紅茶を楽しみながら情報共有を行う。
「首尾はどうですか?」
「万事抜かり無く。また西部最大の『マルテラ商会』との交易協定も結ぶことが出来ました。此方が協定書になります」
何故か谷間から書類を取り出すレイミを見て、シャーリィが地味にダメージを受けると言う珍事も発生した。
「マーサさんに渡しておきましょう」
「マルテラ商会は黄昏産の農作物に強い関心を示していました。やはりお姉さまの読み通り、西部ではほとんど流通していないみたいですね」
暁は農作物を帝都に卸しており、その大半はターラン商会の暗躍もあって帝都の貴族達によって買い占められていた。
ターラン商会が壊滅的な打撃を受けた今でもそれは変わらず、皇帝の容態が悪化の一途を辿っているとの情報により帝位継承問題が加熱。
むしろパーティーが頻繁に開かれて需要は増すばかりである。
「帝都では卸値が倍になりましたよ。このままいけば、従来の三倍まで引き上げても買い手に困ることはありません」
「では?」
「いよいよ皇帝陛下も危ないかもしれません。貴族社会は次期皇帝争いで暫く混乱するでしょう。それを利用して私達は一気に稼ぎ勢力を拡大させます」
「いよいよ復讐が見えてきましたね」
「そうです。とは言え、先ずは情報を集めなければいけません。ニフラー筆頭従士の証言はありますが、ガズウット元男爵の証言で裏付けが欲しいところです」
「ガズウット元男爵はご指示通り地下室へと運び込みました。私も少し尋問しましたが、情報を得ることが出来ませんでした」
「レイミ、昨晩も言いましたが一緒に尋問すれば良いのです。焦らずにいきましょう」
「はい、お姉さま。早速行いますか?」
「夜も遅いし、船旅で疲れたでしょう。楽しみは明日に回して、今夜はゆっくり休んでください。セレスティン」
「お部屋の用意は出来ております。さっ、此方へ」
「分かりました。ではお姉さま、お休みなさい」
「良い夢を、レイミ」
翌朝、しっかりと身体を休めたレイミはシャーリィと一緒に地下室へと向かった。
そこは相変わらず不気味で薄暗い地下室の中心には衰弱したガズウット元男爵が椅子に縛られて放置され、カテリナが待っていた。
「おはようございます、シャーリィ、レイミ」
「おはようございます、シスター」
「ごきげんよう、シスター。お疲れ様です」
「シスター、どうでした?」
「一晩良い感じに痛め付けておきました。少しは、口も軽くなるでしょう」
そう言いながらカテリナは容器に入った冷水を掛ける。
「うごっ!?」
いきなり冷水を浴びせられたガズウット元男爵は意識を覚醒させる。
「ごきげんよう、ガズウット男爵。気分はどうでしょうか?」
「ひぃっ!もう止めてくれ!」
身体中に痣が出来た男は情けなく怯えた声を出す。昨晩のうちにカテリナが程よく痛め付けていた。
セレスティンが椅子を用意してシャーリィとレイミがガズウット元男爵の前に座る。
「さて、貴方には幾つか聞きたいことがあります。既に貴方の筆頭従士であるニフラー氏からある程度のお話は聞いていますが、確認も必要ですからね」
「なんでも答える!だから命だけはっ!」
「それは返答次第です。では、始めますよ」
シャーリィとレイミの尋問が始まる。カテリナが痛め付けたためか尋問はスムーズに進み、確認したい情報を手に入れることが出来た。
「えいやっ」
「ぁああああっ!!」
情報を吐かせた後、シャーリィがガズウット元男爵の指を三本落とし、改めて質問。答えが変わらないことも確認した。
「最後の質問です。何故企みに加担したのですか?」
「アーキハクト伯爵は、我々に与えられた権利を奪おうとしたっ!だから抗った!それだけだ!」
「誰の指示ですか?」
「そっ、それは……」
ガズウット元男爵は迷いを見せた。シャーリィはそれを感じ取り、壁から錆びたナイフを取り出す。
「言わないとこれで脚を抉ることになりますよ?」
「錆びていますからね、破傷風は避けられないでしょう」
シャーリィの言葉にレイミも続く。それを見てガズウット元男爵も観念した。目の前の少女は顔色を変えずにそれを成し遂げてしまうと理解したためだ。
「……私も誘われただけなのだ。シリウス子爵、パウンド男爵ならばもう少し知っているかも……」
ニフラー筆頭従士から得た証言と同じ名前が出たことでシャーリィも満足した。
「次なる敵はシリウス子爵ですね」
「お姉さま、パウンド男爵は?」
「其方を探す必要はありません。既に死亡していましたから」
「なんだと!?」
ガズウット元男爵も目を見開いた。
「口封じですか」
「おそらくは。ガズウット元男爵の件が黒幕に知られたのでしょう。となると、シリウス子爵の確保を急がねばなりません」
「そうですね。で、これはどうします?」
レイミはガズウット元男爵を見て姉に問い掛ける。
「個人的には楽しみたいのですが、もうしないと約束しましたからね。シスター、処理を任せます」
「後が残らないようにしておきますよ」
「待て!私は全てを話した!」
「はい、そうですね。それで、命を助けるなんて言いましたか?レイミ」
「いいえ、お姉さま。そんな約束はしていません」
「と言うことです。では、ごきげんよう」
「待て!待ってくれ!おい!」
ガズウット元男爵の言葉を聞き流しながら姉妹は地下室の出口へ向かい、悲鳴を聞きながらその場を立ち去るのだった。