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あっという間だった。20日後なんて随分時間があると思っていたのに、今日がその日だ。職場には家の用事で休むと告げ、家族には学生時代の友達と会ってくると言って出かけてきた。
慣れない電車に乗って、隣県の駅まで行く。翔馬は打ち合わせの帰りに途中下車でその駅まで来ると言う。
〈もしも…もしも、私を見て終わってると思ったらそのまま帰ってください〉
《そんなことないでしょ?大丈夫だよ》
慣れない駅の大きな広場の隅、隣接されたデパートの入口の前で待つ。新しく買った靴が少し靴擦れしていたけど、そんなことも気にならないくらい緊張していた。
《右側?白い服?》
〈右側ですけど、上着は黒でスカートは白地に黒の模様です〉
___もう私が見えている?
顔を上げることができない。まさかこんなところで知ってる人に会うなんてことはないだろうけど、背徳感が私を猫背にさせる。
「ミハル?」
___きた!
「は、はい」
「当たり!俺、翔馬」
ドキドキして顔が見れない。どうしよう…。そっと上目がちに翔馬を見る。あの写真は少しも修正なんかしていなかったようだ。キリっとした目と、薄い唇、髪は緩いパーマがかかっている。ちょっとした雑誌のモデルでもやっていそうだった。
「さ、コーヒーでも?」
身動きが取れずにいた私の肩を抱いて歩き出した翔馬。
「よかった!」
「え?」
「あのさ、ミハルの横に全身真っ白な服の、なんだかお上りさんみたいな女がいたんだよ、もしかしてミハル?なんて思った。違ってよかった」
「ということは、その…終わってないってこと?」
「当然!思った通りのいい女だったよ。会って正解だね」
駅ビルの中の、コーヒーショップに入る。あらためて向かい合って挨拶をした。
「翔馬です」
「ミハルですって、なんか恥ずかしい」
「そう?なんかさぁ、ずっと前から付き合ってるみたいな感じしない?不思議だけど。声も初めて聞くけど、いい声してるじゃん?」
「いや、そんな褒められたことないからどう返していいかわからなくて」
「ありがとうって言っておけばいいんだよ、そういう時は」
「あー、ありがとう、ございます」
「今日って、何時までいいの?」
私は時計を見た、今は11時20分。
「四時くらいまでなら」
「そっか。わりと時間あるね。俺のために時間作ってくれたとか?もしかして」
「ま、まぁ、そう…」
それは本当だった。翔馬が住んでいるのは新幹線で2時間の場所で、わざわざ私に近い場所に来てくれたから時間は余裕を持って作った。
「仕事は誰かに代わってもらったとかなの?忙しいんでしょ?」
「うん、チームの人に頼んでおいたから大丈夫。翔馬さんは?」
「俺?俺はねぇ、新規事業の資金調達に回ってた。一応、スポンサーは見つけたから今日の仕事は終わり」
「なんか、すごい仕事してるみたいですね?経営って大変なんじゃ?」
「経営もだけど、俺の本業は起業だからね。新しく始めた事業がうまくいったらそれを誰かに売る、って感じ」
カップを持つ左手を見た。
「ん?もしかして気にしてる?指輪とか」
「してないんだなって」
「そういうミハルもしてないじゃん?」
仕事の時に、器具が引っかかって邪魔だから指輪は外している。そんな私の左手をそっと持つ翔馬。
「仕事して主婦してるわりに、綺麗な手をしてるね」
「え?あっ!」
恥ずかしくて手を引っ込めた。
「ね、食事が先?それとも…」
私を見つめる翔馬の目を見ることができずに、俯いてしまった。