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夜の教室には、蛍光灯の白い明かりが静かに照っている。 22時を回った塾の最終コマ、すでにほとんどの生徒は帰ったはずだった。
だが、教室の一番後ろ――。
まだひとりだけ、座っている生徒がいた。
らん。高校三年生。志望校は国公立。授業態度はまじめで、質問も的確。でも、いつもどこか感情が見えにくかった。
講師バイトを始めて3ヶ月の大学1年生・いるまは、その姿に小さな違和感を覚えていた。
🎼📢「……らん、まだ残ってんのか?」
声をかけると、らんはビクリと小さく肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。
🎼🌸「……あ。ごめんなさい、今すぐ帰ります」
カバンを掴む手がやけに慎重で、動きがぎこちない。まるで――痛みを隠すように。
🎼📢「いや、別に怒ってるわけじゃねえよ。……体調とか、平気?」
🎼🌸「……うん。ちょっとだけ、帰りたくないだけ」
ぽつりと落ちたその言葉に、いるまは思わず黙り込んだ。
“帰りたくない”
その理由は、本人の口から語られなくても、うっすらと伝わってくる。
服の裾から見え隠れする、青黒い痣。
誰にも相談しない無口さ。
そして、どこか“期待をしていない目”。
それでも、らんにはちゃんと家族がいる。
小学生の双子の弟――なつとみこと。彼らは、らんとは正反対に明るく素直で、らんのことを大切にしている。
ただ、問題なのは……その親だった。
弟たちには甘く、らんには冷たく。
それでもらんは、弟たちには一度も悪く接したことはなかった。
“兄として”無言で守り続けてきた。
――そんなこと、ほんの少し前に耳にしたばかりだ。
いるまがらんのことを、ただの「静かな優等生」だと思っていた頃の話。
🎼📢「……無理すんなよ。ここ、もうすぐ閉めるからさ」
🎼🌸「……うん。ありがと、いるま」
小さな声。それでも、その「ありがとう」には重さがあった。
誰かに感謝を伝える機会なんて、らんにはほとんどないのかもしれない。
――この子は、誰にも気づかれないように傷ついてる。
そう思った瞬間から、いるまはもう、目を逸らせなかった。