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ユイ軍が戦地に出て、三日目の朝方。
東の空が、わずかに白みはじめていた。
ユイは、セイカの衣に包まれたまま横たわっていた。
眠っているのか、目覚めているのか——
境目の分からない、不思議な感覚の中で、静かに瞼を閉じていた。
「ユイ」
「ユイ」
遠くから、確かに呼ばれた気がした。
愛しい声。何度も、何度も耳にしてきた声。
「ユイ!」
はっとして、ユイは目を開けた。
横たわる自分のすぐ傍に、セイカがいた。
(兄様…?
兄様……!)
反射的に身を起こし、抱きつこうとする。
けれど、腕は虚しく宙を切った。
そこにいるはずの温もりを、掴むことができない。
「兄様……!」
堰を切ったように、涙が溢れた。
セイカは、穏やかな眼差しでユイを見つめている。
「…行くんだ、ユイ」
低く、静かな声。
「皆を——頼む」
その言葉とともに、セイカは右手を伸ばした。
ユイの左頬に残る、あの傷へ。
触れた感覚は、なかった。
それでも——確かに分かった。
いつもと同じように、
大きな手が、優しく撫でていることを。
「兄様…!」
声にならない声で、名を呼ぶ。
「ユイ」
「皆を、頼んだぞ……」
その言葉を最後に、
セイカの姿は、朝靄に溶けるように薄れていった。
「…はっ…はっ……」
張り裂けそうな胸の痛みに、呼吸が乱れる。
涙が止まらず、ユイはしばらく動くことができなかった。
幻だったのか。
それとも——魂が、訪れたのか。
それが一瞬だったのか、
長い時だったのか。
ユイには、もう分からなかった。
ただ、あの麗しく勇ましい兄の姿だけが、
確かに心に残っていた。
ユイは、ゆっくりと身体を起こす。
そして——
「ばあや!!」
声を張り上げた。
「戦に出る!
支度を!」