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地方出張、無事に商談も終わり、駅近のホテルにチェックインした二人。
「部屋、まさかのダブルでしたー!」
「……は?」
「え、言ってなかったです?なんか予約サイト、間違えてたらしくて~」
「……お前、わざとじゃないだろうな」
「え、そんな悪いこと僕がするように見えます?」
「お調子者でドジな後輩が言うセリフじゃないな……」
スーツのジャケットを脱ぎながら、上司の**黒瀬(くろせ)は、
目の前でソファに飛び込む後輩真柴(ましば)**にため息をついた。
「お風呂、先どうぞ~。俺あとで入りますんで!」
「……じゃあ、借りるぞ」
そう言って、黒瀬は脱衣所へ。
シャツを脱ぎ、ネクタイを解き、少しだけ湯気がこもった風呂場に足を踏み入れる。
「ああ……やっと今日が終わった」
湯船に浸かりながら、ぽつりと呟く黒瀬。
そして──
部屋のほうでは、真柴が冷蔵庫から飲み物を取り出し、ベッドに座ってのんびりしていた。
「……って、うわ。何これ……」
目の前の壁に、なんと風呂場が透けていた。
完全に──マジックミラーだった。
「お、おおおおおい!?!?!?」
鏡のように見えた部分が、こちら側からは透けて見えている。
湯船に浸かる黒瀬の姿が、ぼやけたシルエットで──
「……マジか、黒瀬さん……脱いでるじゃん……」
(あ、ていうか、これ完全にアウトなやつ……!!)
慌てて目をそらすも、気になってチラ見してしまう真柴。
「うわ、黒瀬さん、ガチで締まってる体してんじゃん……意外……」
「ん……ふぅ……」
黒瀬の息が、薄くガラスの向こうから漏れてくる。
(うわやばいやばい、これ、絶対気づいてないやつ──)
そのとき──
「……おい、真柴」
ガラリと風呂のドアが開く音と同時に、バスタオルを腰に巻いた黒瀬が出てきた。
(ひっっっ……!!!)
「お前……まさか……」
目線が、マジックミラーにいく。
「え?」
数秒の沈黙。
黒瀬が、その鏡に手を触れ──
**「こっちからは丸見え」**であることに気づく。
「……嘘だろ」
みるみる顔が赤くなる黒瀬。
耳の先まで、真っ赤。
「お、お前……見てたのか……?」
「ち、ちがいますちがいますちがいます!!!
マジで!!見えてるなんて知らなくて!!」
「……ほんとに、見えてないのか……?」
「ちょ、なんすかその聞き方……いや、ちょっと見えましたけど!すみませんでしたああ!!」
頭を抱える黒瀬。
その横で、土下座する勢いの真柴。
でも──顔は、少し笑っていた。
「……てか、黒瀬さんって意外と……かっこよくて、ドキッとしました」
「やめろ!黙れ!寝ろ!!」
その夜、ベッドに寝そべりながら背中合わせになるふたり。
心臓の音と、気まずさと、
そしてちょっとのドキドキが、じわじわ熱を帯びていった。
翌朝──。
真柴が目を覚ますと、視界にまだ眠る黒瀬の姿が入った。
ベッドの真ん中で、仰向けに寝ている黒瀬。
シャツのボタンは外され、首筋にかかる髪が少し乱れている。
「……色気バケモンかよ……」
ごくり、と無意識に喉が鳴る。
(まじで昨日、マジックミラー越しで見ちゃったとか……絶対思い出したらあかん)
顔を赤くしながらベッドを抜け出す真柴。
──その背中に、ぼそっとした声が届いた。
「……真柴、お前……朝からうるさい」
「えっ、起きてたんすか!?」
「うるさくて寝れないんだよ、お前。寝言とか、寝相とか……」
「わ、わるかったですね!」
黒瀬が身を起こす。
シャツの胸元がゆるく開いていて、首筋から鎖骨にかけて汗の跡が残っている。
(うわ……あっぶな……)
真柴は顔をそらしながら、思わずつぶやいた。
「……なんすかその朝の色気……反則かよ……」
黒瀬がきょとんとしながらも、小さく笑った。
「何言ってんだ、お前は……
お前の方が、よっぽど無防備で寝てたけどな。枕、抱きしめて」
「え!?嘘!?やだ恥ずかしい……!」
「ふっ……なんか、お前って見てると飽きないな」
「な、なんですかその上から目線……!?」
「可愛いって言ってんだよ」
「~~~~~ッ!!」
(こっちが照れてんのに、なにサラッと爆弾落としてくるんだこの人……!)
その後、チェックアウトしようと荷物をまとめ始めたとき──
ホテルのロビーに表示された、赤いテロップが目に入った。
【警報】悪天候により交通機関の一部停止
【宿泊延長を希望の方は、フロントまで】
「……マジか」
「おい真柴、戻れねえってさ」
「ええー……!またこの部屋……!?
しかも今日は天気最悪だし、雷とか鳴ってたら、最悪ですね」
そう言ったとき──
ドンッ!!
部屋の外に雷鳴が響いた。
ビクッ──と黒瀬の肩が跳ねる。
「……ッ!」
「……ん?」
「…………」
「……あれ?黒瀬さん……?」
「……真柴」
「……はい?」
「俺……雷、ダメなんだ」
「えっ……え、うそ、マジで?」
黒瀬は無言でソファにうずくまると、
バスタオルをかぶって耳をふさいだ。
「や、やだ可愛い……!!」
「黙れ……」
「いや無理!そのギャップ!!ズルすぎるでしょ!?」
「うるさい……来るな……でも……来て……」
「ツンか甘えかどっちかにして!!」
真柴は笑いながら、その隣に腰を下ろし、そっとタオル越しに肩を抱いた。
「……大丈夫っす。俺が、今日くらい、守ってやりますから」
「……は?お前が……?」
「だって、黒瀬さん、可愛すぎてずるいから。
俺、ほんとに……もうちょっと好きになりそうなんすけど」
雷鳴の音が遠ざかる部屋の中で、
黒瀬の頬がほんのり赤くなった。
「……お前って、ほんと……憎めないな」
「それ、褒めっすか?」
「……褒めてる。ちょっとだけな」
──そしてその夜、2人は再び1つのベッドに入った。
今度は、向き合って。
翌朝──
真柴が目を覚ますと、ベッドの端でスーツを整える黒瀬の姿があった。
「……もう起きたんすか」
「早くチェックアウトしないとな。戻るまでが出張だ」
その口調も、表情も、
昨日──雷に怯えて小さくなっていた彼とは別人のように見えた。
(ああ……“いつもの上司”に戻ってる)
少しだけ寂しさが胸をかすめる。
けれど、それが“黒瀬らしい”とも思えた。
✈️ ✈️ ✈️
帰りの飛行機の中。
2人並んで座っているが、会話は少なめ。
窓の外は雲の海。
ふと真柴が目を向けると──隣の黒瀬は、静かに目を伏せていた。
「……さっきから黙ってますけど、疲れてます?」
「いや」
「じゃあ、昨日のこと……忘れたんすか?」
黒瀬が少しだけ目を見開いたあと、目線を逸らす。
「……忘れられるわけ、ないだろ」
「……じゃあ、なんで」
機内の揺れと共に、会話が途切れる。
そのとき。
黒瀬がふいに立ち上がり、後方の空いている席へと真柴の腕を引いた。
「え、え、どこ行くんすか!?」
「いいから来い」
後方の誰もいない座席。
客室乗務員の目もなく、周囲には音だけが流れている。
──そして、静かに黒瀬が言った。
「……俺は、上司としてお前と接してきた。
だけど昨日、お前が笑ってくれて、触れてくれて、……
俺、抑えられなくなりそうだった」
真柴が目を見開く。
黒瀬は真柴の襟を掴んで、ふっと顔を寄せた。
「……誰にも、見られないようにするから」
そのまま、唇が触れた。
軽く、けれど、確かに想いを込めて。
「……なんで急に……」
「もう、誤魔化せないと思った」
照れを隠すように、黒瀬が肩をすくめる。
「お前のことが、ずっと前から……可愛くて。好きなんだよ、俺」
「……もっと早く言ってくださいよ……っ」
真柴が口元を拗ねたようにしながら、でも目は潤んでいた。
「俺だって……昨日の夜、ずっとドキドキして……今日、また離れるのが怖かったんすから……」
2人はしばらく、誰もいない機内の静けさの中で、
そっと指を絡めた。
窓の外、雲の間からのぞく陽射しが、ふたりの表情をやわらかく照らしていた。
──出張帰りの空の上で、
ふたりの想いは、ついにすれ違わなくなった。