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6 - 第6話 上司と後輩

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2025年07月17日

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地方出張、無事に商談も終わり、駅近のホテルにチェックインした二人。

「部屋、まさかのダブルでしたー!」

「……は?」

「え、言ってなかったです?なんか予約サイト、間違えてたらしくて~」

「……お前、わざとじゃないだろうな」

「え、そんな悪いこと僕がするように見えます?」

「お調子者でドジな後輩が言うセリフじゃないな……」


スーツのジャケットを脱ぎながら、上司の**黒瀬(くろせ)は、

目の前でソファに飛び込む後輩真柴(ましば)**にため息をついた。

「お風呂、先どうぞ~。俺あとで入りますんで!」

「……じゃあ、借りるぞ」


そう言って、黒瀬は脱衣所へ。

シャツを脱ぎ、ネクタイを解き、少しだけ湯気がこもった風呂場に足を踏み入れる。

「ああ……やっと今日が終わった」

湯船に浸かりながら、ぽつりと呟く黒瀬。

そして──


部屋のほうでは、真柴が冷蔵庫から飲み物を取り出し、ベッドに座ってのんびりしていた。

「……って、うわ。何これ……」

目の前の壁に、なんと風呂場が透けていた。

完全に──マジックミラーだった。

「お、おおおおおい!?!?!?」


鏡のように見えた部分が、こちら側からは透けて見えている

湯船に浸かる黒瀬の姿が、ぼやけたシルエットで──

「……マジか、黒瀬さん……脱いでるじゃん……」

(あ、ていうか、これ完全にアウトなやつ……!!)

慌てて目をそらすも、気になってチラ見してしまう真柴。

「うわ、黒瀬さん、ガチで締まってる体してんじゃん……意外……」

「ん……ふぅ……」

黒瀬の息が、薄くガラスの向こうから漏れてくる。

(うわやばいやばい、これ、絶対気づいてないやつ──)


そのとき──

「……おい、真柴」

ガラリと風呂のドアが開く音と同時に、バスタオルを腰に巻いた黒瀬が出てきた。

(ひっっっ……!!!)

「お前……まさか……」


目線が、マジックミラーにいく。


「え?」

数秒の沈黙。

黒瀬が、その鏡に手を触れ──

**「こっちからは丸見え」**であることに気づく。


「……嘘だろ」


みるみる顔が赤くなる黒瀬。

耳の先まで、真っ赤。

「お、お前……見てたのか……?」

「ち、ちがいますちがいますちがいます!!!

マジで!!見えてるなんて知らなくて!!」

「……ほんとに、見えてないのか……?」

「ちょ、なんすかその聞き方……いや、ちょっと見えましたけど!すみませんでしたああ!!」


頭を抱える黒瀬。

その横で、土下座する勢いの真柴。

でも──顔は、少し笑っていた。

「……てか、黒瀬さんって意外と……かっこよくて、ドキッとしました」

「やめろ!黙れ!寝ろ!!」


その夜、ベッドに寝そべりながら背中合わせになるふたり。

心臓の音と、気まずさと、

そしてちょっとのドキドキが、じわじわ熱を帯びていった。


翌朝──。

真柴が目を覚ますと、視界にまだ眠る黒瀬の姿が入った。

ベッドの真ん中で、仰向けに寝ている黒瀬。

シャツのボタンは外され、首筋にかかる髪が少し乱れている。

「……色気バケモンかよ……」

ごくり、と無意識に喉が鳴る。

(まじで昨日、マジックミラー越しで見ちゃったとか……絶対思い出したらあかん)

顔を赤くしながらベッドを抜け出す真柴。

──その背中に、ぼそっとした声が届いた。

「……真柴、お前……朝からうるさい」

「えっ、起きてたんすか!?」

「うるさくて寝れないんだよ、お前。寝言とか、寝相とか……」

「わ、わるかったですね!」


黒瀬が身を起こす。

シャツの胸元がゆるく開いていて、首筋から鎖骨にかけて汗の跡が残っている。

(うわ……あっぶな……)

真柴は顔をそらしながら、思わずつぶやいた。

「……なんすかその朝の色気……反則かよ……」


黒瀬がきょとんとしながらも、小さく笑った。

「何言ってんだ、お前は……

お前の方が、よっぽど無防備で寝てたけどな。枕、抱きしめて」

「え!?嘘!?やだ恥ずかしい……!」

「ふっ……なんか、お前って見てると飽きないな」

「な、なんですかその上から目線……!?」

「可愛いって言ってんだよ」

「~~~~~ッ!!」

(こっちが照れてんのに、なにサラッと爆弾落としてくるんだこの人……!)


その後、チェックアウトしようと荷物をまとめ始めたとき──

ホテルのロビーに表示された、赤いテロップが目に入った。

【警報】悪天候により交通機関の一部停止

【宿泊延長を希望の方は、フロントまで】

「……マジか」

「おい真柴、戻れねえってさ」

「ええー……!またこの部屋……!?

しかも今日は天気最悪だし、雷とか鳴ってたら、最悪ですね」


そう言ったとき──

ドンッ!!

部屋の外に雷鳴が響いた。

ビクッ──と黒瀬の肩が跳ねる。

「……ッ!」

「……ん?」

「…………」


「……あれ?黒瀬さん……?」

「……真柴」

「……はい?」

「俺……雷、ダメなんだ」

「えっ……え、うそ、マジで?」

黒瀬は無言でソファにうずくまると、

バスタオルをかぶって耳をふさいだ。

「や、やだ可愛い……!!」

「黙れ……」

「いや無理!そのギャップ!!ズルすぎるでしょ!?」

「うるさい……来るな……でも……来て……」

「ツンか甘えかどっちかにして!!」


真柴は笑いながら、その隣に腰を下ろし、そっとタオル越しに肩を抱いた。

「……大丈夫っす。俺が、今日くらい、守ってやりますから」

「……は?お前が……?」

「だって、黒瀬さん、可愛すぎてずるいから。

俺、ほんとに……もうちょっと好きになりそうなんすけど」


雷鳴の音が遠ざかる部屋の中で、

黒瀬の頬がほんのり赤くなった。

「……お前って、ほんと……憎めないな」

「それ、褒めっすか?」

「……褒めてる。ちょっとだけな」


──そしてその夜、2人は再び1つのベッドに入った。

今度は、向き合って。

翌朝──

真柴が目を覚ますと、ベッドの端でスーツを整える黒瀬の姿があった。

「……もう起きたんすか」

「早くチェックアウトしないとな。戻るまでが出張だ」

その口調も、表情も、

昨日──雷に怯えて小さくなっていた彼とは別人のように見えた。

(ああ……“いつもの上司”に戻ってる)

少しだけ寂しさが胸をかすめる。

けれど、それが“黒瀬らしい”とも思えた。


✈️ ✈️ ✈️

帰りの飛行機の中。

2人並んで座っているが、会話は少なめ。

窓の外は雲の海。

ふと真柴が目を向けると──隣の黒瀬は、静かに目を伏せていた。

「……さっきから黙ってますけど、疲れてます?」

「いや」

「じゃあ、昨日のこと……忘れたんすか?」

黒瀬が少しだけ目を見開いたあと、目線を逸らす。

「……忘れられるわけ、ないだろ」

「……じゃあ、なんで」


機内の揺れと共に、会話が途切れる。

そのとき。

黒瀬がふいに立ち上がり、後方の空いている席へと真柴の腕を引いた。

「え、え、どこ行くんすか!?」

「いいから来い」


後方の誰もいない座席。

客室乗務員の目もなく、周囲には音だけが流れている。

──そして、静かに黒瀬が言った。


「……俺は、上司としてお前と接してきた。

だけど昨日、お前が笑ってくれて、触れてくれて、……

俺、抑えられなくなりそうだった」


真柴が目を見開く。

黒瀬は真柴の襟を掴んで、ふっと顔を寄せた。

「……誰にも、見られないようにするから」

そのまま、唇が触れた。

軽く、けれど、確かに想いを込めて。


「……なんで急に……」

「もう、誤魔化せないと思った」


照れを隠すように、黒瀬が肩をすくめる。

「お前のことが、ずっと前から……可愛くて。好きなんだよ、俺」

「……もっと早く言ってくださいよ……っ」


真柴が口元を拗ねたようにしながら、でも目は潤んでいた。

「俺だって……昨日の夜、ずっとドキドキして……今日、また離れるのが怖かったんすから……」


2人はしばらく、誰もいない機内の静けさの中で、

そっと指を絡めた。

窓の外、雲の間からのぞく陽射しが、ふたりの表情をやわらかく照らしていた。


──出張帰りの空の上で、

ふたりの想いは、ついにすれ違わなくなった。

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