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「――まぁ、難しく考える必要は無い。
基本的には、アイナの好きなようにしてくれて構わないのだ」
王様は、付け加えるようにそう言った。
お城にある立派な錬金術の研究室の責任者……本来であれば、研究畑の錬金術師にとっては、喉から手が出るほどの話だろう。
しかし私にとって魅力的かと言われれば、まったくそうでは無いのだ。
まず、私は自由にやっていきたい。
いくら研究室を好きなようにして良いと言われても、結局は厄介事が飛んでくることは明白だ。
実際、前任者が自分の研究に没頭しすぎてクビになったわけだし……。
次に、そもそも私はそんな研究室が無くても、素材さえあれば一人で何でも作れてしまう。
大量生産の必要があったとしても、助手のいる凄腕錬金術師よりも速い自信がある。
この国で使うすべてのポーションを作れ……とかだったらさすがに厳しいけど、そんな話は非現実的なわけで。
次に、研究費……これは恐らく、かなりの額をもらうことが出来るだろう。
ただ、お金に関しては今のところ困ることは起きていない。
いざとなれば以前作った『増幅石』のように、何かを欲しがっている人に、それを高値で売れば良いだけなのだ。
そして最後に、私の現時点の目標は神器作成である。
王様の監視下でそんなものを作ってしまえば、結局は王様の監視下に収められてしまうだろう。
――……絶対、戦争の道具にされてしまう。
それにそもそも、神器を取り上げられてしまうのは、私としてはつまらない。
せっかく作るのだから、神器は私が認める、然るべき人に使ってもらいたいところだ。
「……大変光栄な話を、ありがたく思います。しかし、私はまだまだ修行の身。
申し訳ないのですが、研究室にはもっと相応しい方がいると思いますので――」
……錬金術の腕だけを見れば、私以上に相応しい人はいないだろう。
しかし研究室や研究費を欲する錬金術師は、この世界には大勢いるはずだ。
好条件のポジションはそれを欲しい人に任せて、私は今まで通り、そこら辺を自由に動きまわりたい。
「ふむ……、それは残念だな。私としても、あまり無理を言えるものではない。
だがアイナよ。お前が望むのであれば、いつでも私は待っているぞ?」
「はい、誠に申し訳ございません……」
……あれ? 案外と素直に引き下がってくれた……?
このまま用事が終われば、やっとここから解放されるはず――
「ところで少し、別の話をしても良いかな?」
「もちろんでございます」
「アイナは先日、グランベル公爵の屋敷に行ったと聞いている。これは本当か?」
「はい、『増幅石』の件で伺いました」
「そのときにシェリル……以前、この城に仕えていた魔術師なのだが、面会したとも聞いている。
これも本当か?」
……うぐっ。
どこから話が漏れたのかは分からないけど、確かな情報筋を持っているに違いない。
ここで嘘をつくのは、安全では無さそうだ。
「……はい、その通りです。
私の知り合いにシェリルさんの幼馴染がおりまして、前々から心配していたのです」
「そうであったか。シェリルには少し無理を言いすぎてしまってな、今は休んでもらっているところなのだ」
「日々を立派な部屋で過ごしているようでした。環境もとても良いようで……」
本当は監視されて、盗聴されて、いざとなれば魔法も封じられる……そんな部屋ではあるのだが、ここでそれを言っても仕方がない。
私としては、今この時点で、おかしな流れにしないことが最も重要なのだ。
「そうであったか。
類は友を呼ぶ……そんな言い回しもあるくらいだからな」
「……?」
「ところでアイナよ。シェリルとは何を話したのだ?
密室で話をしたと聞いているのだが」
恐らく、魔法が封印されて盗聴が出来なくなった30分の話だろう。
情報は漏れていないはずだから、ここは何を言っても問題は無さそうだ。
「シェリルさんとお話をしたのは30分ほどだったのですが、彼女の幼馴染の話をしたり、近況の話をしました。
私が話したかったのは、その辺りでしたので」
それ以外には私からバラしたものの、ユニークスキルの話とか……。
あとはシェリルさんたちが拷問に遭っていたとか、一生外に出られないだろうこととか……。
おまけに『封刻の魔石(暴食の炎・発動補助)』というアイテムももらったっけ。
――しかしどれもこれも、ここで言えるような話ではない。
従って、王様には差し障りのない話のみを伝えるしかなかった。
「……それだけか?」
「はい」
「そうか、そうか……。
ユニークスキルの所持が疑われている者同士の話とは思えぬな……」
「……え?」
「アイナよ。今までの活躍、そして今までに作り出したアイテムの数々……。
お前は私の見た中で、最も錬金術の実力を持っている。そして、同じような実力者が現れることも無いだろう」
「お褒め頂きまして――」
「――持っているんだろう?
錬金術に関わる、ユニークスキルを」
今までの優し気な口調から一転して、王様の口調は冷たいものに変わった。
その言葉と視線を受けて、私の背筋には冷たいものが走る。
……完全に疑われている。
そして、言葉だけではなく、表情にも冷たい感情が混ざり始めている――
しかし、ここで怯むことは出来ない。
持っていると言ってしまえば最後、私はずっと、王様の支配から抜け出すことが出来なくなってしまうのだ。
「……ユニークスキル……ですか。
話には聞いたことはありますが、そのようなものは持っておりません……」
実際は、持っていないどころか4つも持っている。
『情報秘匿』、『英知接続』、『創造才覚<錬金術>』、『理想補正<錬金術>』――
……錬金術に関わるものは、後ろの3つだ。
しかし未だに、『理想補正<錬金術>』の使い道は分かっていない。
「……はぁ。結局はシェリルにも、のらりくらりと逃げられてしまったからな。
私としても、同じ過ちは二度と繰り返したくないのだよ」
「はぁ……」
何とも返事が見つけられず、相手が王様だというのにそんな返事をしてしまう。
「この世界には知っての通り、ユニークスキルというものが存在する。
通常スキルやレアスキルよりも超越的な存在で、ひとつのユニークスキルは、同じ時代には一人にしか与えられないという」
「私もそのように、聞いております……」
「アイナよ、お前はまだ若い。そして私はもう年老いている。
仮にお前がユニークスキルを持っていた場合、私が生きている間には、他の者がそのユニークスキルを持つことが出来ない。
……分かるな?」
「そ、そうですね……」
「つまり――
お前が私に力を貸せないと言うのであれば、それ相応の扱いをするかもしれない、ということだ」
……それ相応の扱い。
確かに私を殺してしまえば、他の人が私の持っているユニークスキルを持つことが出来るかもしれない。
しかし実際にはシェリルさんはまだ生かされているし、そもそも他の誰にユニークスキルがいくのかも分からない。
当然、誰にもいかないことだって考えられる。
私が転生したときには、私が今所持しているユニークスキルは、誰も持っていなかったのだから。
「……申し訳ございません。
しかし持っていないものはどうしようもありませんし、証明するにもどうすれば……」
「そうなのだ。結局そう言われてしまうと、こちらとしては何も言えなくなってしまう。
――だが、ユニークスキルを持っていると思わせしめるほど、私はお前のことを認めているのだ。
仮にユニークスキルを持たなかったとしても、その実力はどうしても欲しい」
王様が私の錬金術を欲しい理由。
そんなものは想像に容易い。しかし、私の望まない話の方が多いだろう。
「……ありがとうございます。申し訳ございません。
それでは研究室の件は、しばらく考えさせて頂けないでしょうか」
「それはダメだ」
「え?」
私のお願いを、王様は即座に却下した。
「今までは、緩やかに監視をするだけだったがな……。
しかしちょくちょく街の外に出られては心配なのだよ。事故などもあろうが、不意にいなくなってしまうのは一番困る」
確かに、冒険者ギルドの依頼を受けて王都の外に出ていったことはあるけど――
そういえば私が居留守……もとい神器の素材を調べて寝込んでいる間に、調達局のアルヴィンさんが狼狽したことがあったっけ?
もしかして、王様から監視をするように言われていた……?
「そ、それではあまり街からは出ないようにしますので……」
王様のまっすぐで冷たい視線に、思わず妥協案を示してしまう。
優しくしている間は分からなかったが、それが取り払われた今となっては、威圧感が凄まじい。……さすが一国の主だ。
「はてさて、それはどこまで本当のことやら。
ここまでの話を聞いてしまえば、王都から離れたくもなるだろう? しかし、それは私にとって最悪の結果だ。
例え言うことを聞かなかったとしても、他の誰にも渡すわけにはいかないのだからな」
――つまり今この時点で、私はもう王都からは出られなくなった……そういうことだろう。
ここから待っているのは、シェリルさんたちと同じ運命――
「……だが、私としてもシェリルの二の舞は演じたくない。
結局、あやつが役に立ったことは未だに無いのだからな」
そう言いながら王様が右手を上げると、側に控えていた騎士が、少し離れた扉から外に出ていった。
「しかし、私にも幸運が訪れた。
アイナがシェリルと違うもの……それが決定的に、1つあったのだよ」
「違うもの……?」
シェリルさんのことは詳しくは知らないけど、何を指して『違う』と言っているのだろうか。
言われた瞬間に思い当たったのは、私が転生者ということくらいだけど、それは今まで誰にも話したことはないのだし――
「アイナさん!」
「アイナ様、ご無事ですか!?」
突然、聞き覚えのある声に驚き振り向いてみれば……先ほど騎士が出て行った扉から、エミリアさんとルークが現れた。
それぞれが手枷を付けられており、それぞれが騎士に連行されているような状態になっている。
「ふ、二人に何を!?」
「……そうだ、その目だ。
王たる私よりも、仲間のことを優先しているだろう?
故に、その関係がどうしても邪魔なのだ!」
思わず向けた私の怒りの眼差しに、王様は何故か喜びを隠せないでいた。
それが邪魔なのに、何故喜ぶ?
まるで、それすらも自由になるかのように――