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第五話 異世界転生には特典が付いていました
閻魔ちゃんの秘書である司録に案内され、閻魔大王の間まで戻ってきた龍之介は、入口の前に用意されていた待合用の椅子へ腰を下ろしていた。
どうやら、閻魔ちゃんのもとには先客がいるらしい。閉じられた戸の向こうから、誰かを厳しく叱りつける大きな声が聞こえてきた。
「あなたは鬼畜よ! 数多くの婦女暴行に殺人、放火まで重ねるなんて、これほどの悪人は久しぶりに見たわ!」
先ほどまで龍之介と冗談を交わしていたときとは、まるで別人のような閻魔ちゃんの声だった。高く澄んだ美少女の声であることに変わりはないが、その一言一言には、聞いている者の魂まで震わせるような怒りと威厳が込められている。
「あなたはミジンコから輪廻転生を繰り返し、魂を一から浄化しなさい! そして、いつの日か再び人間へ生まれ変わることができたなら、そのときこそ善行を積めるよう精進しなさい! あなたをミジンコの刑に処します。以上! 司録、そこにいるのでしょう? この者を連れていきなさい!」
戸の外に座っている龍之介にも、その宣告は一言残らず聞こえていた。
「ミジンコ……。本当にミジンコの刑があるのか……」
龍之介は、自分が水の中を漂う小さなミジンコへ転生した姿を想像し、背筋に冷たいものを感じた。
「ミジンコから輪廻転生を繰り返し、もう一度人間になれる日は、いったいいつになるのだろう。そもそも、あの者は無事に人間まで戻れるのか……。しかし、罪状が罪状だけに情状酌量の余地はないな。儂が生きていた時代なら、その場で斬り捨てておるところだ」
ミジンコからやり直す果てしない道のりを考えると、龍之介の顔色も自然と悪くなる。しかし、婦女暴行や殺人、放火を重ねたという先客の罪に対しては、強い怒りを覚えていた。
龍之介は戦場を知り、人が人を殺す場面も見てきた。それでも、力の弱い者を一方的に傷つけ、自らの欲望のために命を奪う行為を許せるはずがない。閻魔ちゃんの裁きが重すぎるとは、少しも思わなかった。
しばらくすると戸が開き、先ほど龍之介を資料室まで案内した司録が、無表情のまま先客を連れて出てきた。龍之介と目が合うと、司録は小さく一礼し、そのまま長い廊下の向こうへ歩いていった。
やがて、部屋の中から先ほどまでの厳しい響きが嘘だったかのような、明るい声が聞こえてきた。
「龍之介ちゃん、もう入っていいわよ。転生先が決まったのね?」
「はい。それでは失礼いたします」
龍之介は立ち上がり、気持ちを切り替えて閻魔大王の間へ入った。
閻魔ちゃんは、奥に設けられた上段の間で椅子に座っていた。畳敷きの部屋に椅子が置かれていることに、龍之介は一瞬だけ違和感を覚えたが、朱色の漆で仕上げられた木造りの椅子は、太い柱や豪華な襖のある部屋によく調和している。
前回は畳の上へ直接座って話をしたが、今回は先客への裁きがあったためか、龍之介の分も椅子が用意されていた。龍之介は勧められるまま腰を下ろし、上段にいる閻魔ちゃんへ向き直った。
「ようやく転生先が決まったそうね。ちなみに、人間界の時間で言えば、龍之介ちゃんはおよそ一年も考えていたのよ。気づいていた?」
「えっ、そんなに長い時が経っていたのですか? 腹も減らず、眠くもならないものですから、まったく気づきませんでした」
龍之介は驚きながら、あの巨大な資料室で本を読み続けた時間を思い返した。数日程度だと思っていたが、現世では一年もの月日が流れていたらしい。肉体を持たない魂にとって、時間の感覚は生前とはまるで異なるようだった。
「それで、私が選んだ転生先ですが、安土桃山時代の本能寺へ行きたいのです。本能寺の変を止め、織田信長がそのまま天下統一を成し遂げたなら、日本がどのような国になるのかを、この目で確かめてみたいのです」
「なるほど、織田信長ちゃんを助けたいのね。良いじゃない」
閻魔ちゃんは楽しそうに何度もうなずいた。
「ちなみに、本物の信長ちゃんは今、天国で囲碁と茶に勤しんでいるわ。龍之介ちゃんは、本物の信長ちゃんによく似た人物がいる妄想世界へ行き、本能寺の変から助けることになるのね」
「妄想世界と言われると、少々複雑な気分になりますが、現世とは異なる世界である以上、そういうことになるのでしょうな」
「それにしても、信長ちゃんは本当に人気者ね。これまでにも料理人として転生した人や、信長ちゃんとうり二つの高校生として転生した人、さらには自分が女性の織田信長になりたいという変わった設定を選んだ人までいたわよ。今度は平成の大剣豪が転生するのね。良いわ、面白くなりそう。安土桃山異世界時代への転生を許可します」
閻魔ちゃんは満足そうに笑うと、手元に置かれていた一枚の用紙を龍之介へ差し出した。
「それでは、転生先へ持っていきたい装備や品物を、この用紙へ記入してちょうだい。持っていけるのは五つまでよ」
「えっ?」
思いがけない話に、龍之介の口から間の抜けた声が漏れた。
「何を驚いているの? 龍之介ちゃんは、異世界へ裸のまま、チンコをぶらぶらさせて転生したいの? それとも、死に装束を着たまま行くつもり? 戦国時代へそんな姿で突然現れたら、不審者だと思われて即座に殺されてしまうわよ。それに、何より恥ずかしいでしょう? ふふふっ」
「たしかに裸で転生するつもりはありませんが、もう少し別の言い方があるのではありませんか」
龍之介は呆れながらも、閻魔ちゃんから用紙を受け取った。
異世界転生を扱う物語では、転生した瞬間から服や武器を与えられていることが多い。自分で持ち物を選べるとは思っていなかったが、考えてみれば、戦国時代を生き抜くうえで初期装備は極めて重要だった。
閻魔ちゃんは浄玻璃鏡と呼んでいるタブレットへ目を向け、しばらく何かを確認していたが、やがて顔を上げると、楽しそうに笑った。
「あっ、でも龍之介ちゃんは武芸百般だから、チンコをぶらぶらさせたままでも戦えるわね。相手が襲ってきたら、合気道で投げ飛ばしてしまえばいいもの。ふふふっ」
美少女の愛らしい微笑みであるはずなのに、龍之介には、どことなく変態じみた笑みに見えた。理由の分からない悪寒が背中を走り、龍之介は用紙から顔を上げた。
「閻魔ちゃん、失礼を承知で伺いますが、下ネタがお好きなのですか?」
「ええ、大好きよ。大好物と言ってもいいわ。下ネタがなかったら死んでしまうくらい好きね。下ネタが嫌いな人なんて、そうそういないでしょう? 下ネタという概念すら存在しない退屈な世界へは、私は絶対に行きたくないわ」
「閻魔大王が死んでしまうというのも、随分おかしな話ですが……」
龍之介は口ではそう答えながら、胸の内で別のことを考えていた。
何やら、いつか読んだライトノベルに、似たような話があった気がする。玄孫と一緒にその作品のアニメを見ていたところ、娘から「子供に何を見せているの」と叱られたような記憶までよみがえってきた。
せっかくの美少女なのに、下ネタ好きでは台なしではないか。
そう思ったものの、相手は人の心を読める閻魔大王である。先ほどのように見抜かれては困るため、龍之介はできるだけ平静な表情を保った。
閻魔ちゃんは龍之介の心の声に気づいたのか、それとも気づいていないふりをしているのか、何も言わずに再び浄玻璃鏡へ視線を落とした。
しばらく画面を確認していた閻魔ちゃんが、突然うれしそうな声を上げた。
「あら、龍之介ちゃん、おめでとう。良かったわね」
「えっ、何がでしょうか?」
「龍之介ちゃんは生前、寺社仏閣へ足しげく通っていたでしょう。いくらお願いしても願いを聞き入れてもらえなかったのに、懲りずに何度も参拝したことで、得点がたくさん貯まっているのよ。その特典として、異世界へ持っていける品物が五つから十個へ増えたわ。それに、転生先での出生身分も設定できるようになっているの。これは、なかなか良い特典よ」
「そんな得点制度が存在したのですか。まるでポイントカードか、飛行機のマイレージのようですね。はっ、もしかして御朱印帳がポイントカードだったのですか? たしか、私の御朱印帳は二百五十冊ほどになっていたはずですが……いや、さすがにそんなわけはありませんよね」
「そのくらいの特典がなければ、神様や仏様を敬ってもらう意味がないじゃない。ちなみに、神様や仏様というのも、天界では持ち回りの役職なのよ。意外でしょう?」
「神様や仏様まで役職なのですか。死後の世界というのは、知れば知るほど現世の役所に近くなっていきますな」
「それから、御朱印帳はポイントカードではないわ。御朱印は、きちんと参拝した証しであり、持ち主を守るお守りのようなものなのよ」
「なるほど。しかし、閻魔大王も神様も仏様も役職となると、天界は役所というより、大きな行政組織のようですね」
「そうよ、役所と一緒。もっとも、役所広司さんは働いていないけれどね。ふふふっ」
「まさか、閻魔大王様から、そのような駄洒落を聞かされるとは思いませんでした」
閻魔ちゃんは下ネタだけでなく、くだらない冗談や駄洒落も好きなようだった。
本人は満足そうに笑ったあと、再び浄玻璃鏡の画面を指先で動かし、龍之介の生前の記録を確認し始めた。
「あら、茨城県にある御岩神社の奥の院へも、随分と登っているのね。あそこには百八十八柱もの神様がいるから、願い事をかなえてもらいやすいのに、龍之介ちゃんは願いを聞き入れてもらえなかったのね。宝くじのことばかりお願いするからよ」
「やはり、宝くじ当選のお願いは駄目でしたか」
「神様が後押ししたくなるような願い事でなければ駄目なの。例えば、学業成就、病気平癒、商売繁盛、縁結びなどね。本人が願いをかなえるために努力したとき、その最後の一歩を神様がそっと後押ししてあげるのよ。何も努力せず、参拝しただけで宝くじが当たるほど、世の中は甘くないわ」
「耳の痛い話ですな」
「筑波山神社の奥の院へも、何度も登っているのね。筑波山神社と御岩神社は、茨城県でも最高級の力を持つ神社ではない。本当に神社が好きだったのね」
閻魔ちゃんの言葉を聞きながら、龍之介の脳裏には、生前に何度も登った山道がよみがえった。季節によって表情を変える木々の間を歩き、息を切らしながら奥の院を目指した記憶は、死者となった今でも鮮明に残っている。
「心願成就としてお願いしていた宝くじは当たりませんでしたが、健康長寿の願いはかなえていただきましたからな。御岩神社や筑波山神社は地元の山でもありましたので、足腰を鍛えるためにちょうど良かったのですよ。そのおかげか、死ぬ直前まで誰の助けも借りず、自分の足で歩くことができました」
「なるほど、健康長寿も願っていたのね。それなら、神様の後押しは間違いなくあったはずよ。宝くじには当たらなかったけれど、百歳まで元気に生きられたのだから、十分に願いをかなえてもらっているじゃない」
「言われてみれば、そのとおりですな。金は使えばなくなりますが、健康な身体は百年にわたって私を支えてくれました」
「でも、本来の目的だった宝くじは、一度も当たらなかったのよね。ふふふふっ、残念でした」
「せっかく良い話になったところで、そこへ戻さないでください」
龍之介が苦笑すると、閻魔ちゃんは楽しそうに肩を揺らした。
「まあ、考え方次第ね。奥の院まで何度も登ったことが、百歳まで元気に生きられた理由の一つになったのでしょう。それで、異世界へ持っていきたい十個の品物は、もう書けたかしら?」
「ちょっと待ってください。いくら何でも早すぎますよ。今こうして話をしている最中に、十個も決めて書けるはずがありません」
龍之介は、まだ何も書かれていない用紙を閻魔ちゃんへ見せた。
「いきなり異世界へ持っていく品物を十個選べと言われても、すぐには決められません。私は、もし無人島へ漂着するとしたら何を持っていくかと尋ねられただけでも、とことん悩んでしまう性格なのです。まして今回は、その品物によって戦国時代での生死が左右されるかもしれないのですから、慎重に考えさせてください」
「それもそうね。悩む時間なら、いくらでもあるわよ。もう死んでいるのだから。ふふふっ」
「閻魔ちゃんは、その言い回しが本当に好きですね。分かりましたから、少し時間をください」
「ええ、ゆっくり考えてちょうだい。持ち物だけでなく、出生身分も決めなければならないのだから、後悔しないよう慎重に選ぶといいわ」
閻魔ちゃんが合図をすると、待っていた司録が部屋へ入ってきた。龍之介は司録に案内され、持ち物と出生身分を考えるための個室へ通された。
その個室は、龍之介の好みに合う、落ち着いた書院造の部屋だった。畳からは新しい藺草の香りが漂い、床の間には控えめな掛け軸が飾られている。障子越しに差し込む柔らかな光が室内を淡く照らし、考え事をするには申し分のない静けさに包まれていた。
龍之介は用意されていた座布団へ腰を下ろすと、閻魔ちゃんから渡された用紙を畳の上へ広げた。
異世界へ持っていける品物は十個。そして、自分が戦国時代で生まれ持つ身分も選ぶことができる。
何を選び、どのような立場で本能寺の変へ向かうのか。
龍之介は百年の人生で培った知識と経験を総動員しながら、異世界へ持っていく品物を慎重に考え始めた。
コメント
1件
読み終えました!いやあ、面白かったです。龍之介さんがついに転生先を決めたんですね。本能寺の変を止めるって、歴史好きとしては胸が熱くなります。それにしても閻魔ちゃんの下ネタ好きには笑いました。あの美少女の顔で「♡♡♡ぶらぶら」って(笑)。でも一番驚いたのは、生前の参拝がポイントになって特典が増えたところ。御朱印帳250冊って、龍之介さんどれだけ信仰心厚かったんだろう。十個の持ち物と身分をどう選ぶのか、続きがすごく気になります!