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「ロニ。この馬車、何処に向かっているの? マーシェル邸ではないように思えるけど」


コリンヌたちと別れてから、ジェシーはロニが用意した馬車へと乗り込んだ。その馬車が、ソマイア邸を通り過ぎるのは分かる。


四大公爵家は王城を中心に、東西南北に屋敷を構えているからだ。ソマイア邸から、北に位置しているマーシェル邸に向かうには、左に行かなければならない。


それなのにも拘わらず、馬車は右へ。つまり南側にあるメザーロック邸か。

もしくは、西のソマイア邸とは逆のゾド邸へ向かっていることを意味する。けれど、ゾド邸ならば、左でも構わないはずである。


昼食は屋敷で食べるって言ったのに、これはどういうこと?


「あぁ、メザーロック邸に向かっているんだ。セレナを探して貰っているサイラスの耳にも入れておきたくて」

「……大事な話って、そういうこと?」


思わずジェシーは、席を立って、向かい側へと移動した。すると隣に座っていたロニが、慌てて追いかけるようにして立ち上がる。


「ジェシーも、ランベールやセレナの進捗状況を聞きたいと思ったから。何か問題だったか」

「別に……」


ある意味、これは八つ当たりのようなものだ。勝手に期待して、勝手に残念に思っているのだから。


だからあれほど、控えてって言ったのに!


そのため、再び隣に座ろうとしたロニを押して、向かい側に座らせる。


「遅くなってごめん」

「それで怒っているわけじゃないわ」

「じゃ、お詫びに今度一緒に出掛けよう」

「……違うのよ」


ジェシー、と小さく呼ぶロニの声が聞こえたような気がした。その方へ顔を向けると、悲しそうな表情をしたロニが目に入った。


「控えてくれないのが悪いのよ」


だからジェシーも、そう呟いた。すると、ロニはその言葉を聞き逃さなかった。


「もしかして、別のことと勘違いしていたとか?」


途端、ジェシーの顔が真っ赤になった。コリンヌとレイニスのやり取りを見ていたせいだろうか。ロニが察するのも早かった。


「ごめん。俺が悪かった。もう少し待って欲しい。お詫びに、別の物を渡したいから、帰りにウチの屋敷に寄ってもらえないかな」


ジェシーはロニの隣に腰を下ろした。そして、腕に手を回し、体を傾ける。


「こんな私の何処が良いの?」


自分勝手で、我儘なのに。今だって、勝手に拗ねて、ロニを困らせている。


「全てだよ。全て俺のものにしたい」


そう言って、ジェシーの頬にキスをした。


私、ロニの告白に耐えきれるのかしら。早くメザーロック邸に着いて欲しい。


ロニの腕をギュッと掴みながら、ジェシーは顔の赤みが引くのを待った。



***



「それで、わざわざ忙しい俺のために、昼食を一緒に食べに来てくれたってわけか」


メザーロック邸に着くと、出迎えてくれたサイラスが、挨拶とばかりに皮肉を言った。けれど、それをロニは笑顔でやり過ごす。


「どのみち、昼食を取らないでいるつもりでいたんだろ。ちょうど良かったじゃないか」

「連絡がなかったら、追い返しているところだぞ。分かってんのか!」


つまり、急遽連絡を入れたらしい。そのことにサイラスは怒っているようだった。


「忙しいのなら、さっさと聞かせてちょうだい。そうすれば、早々に立ち去るから」

「お前ら、ちょっとは俺を労え!」

「……そうねぇ。今度、ミゼルにお茶会を開いて貰うのだけれど、その時にヘザーも呼ぶだろうから、サイラスも来る?」

「「いつ?」」


ロニも反応するな! いや、男性陣がサイラスだけになるのは困るから、構わないか。


「それは未定だけど、女性ばかりになりそうだから、来るなら何人かリストアップしてくれると助かるわ」


そう言って、お茶会の趣旨も一緒に伝えた。グウェイン子爵家を傘下にしてくれる、もしくはスポンサー探しが主な目的だから、コリンヌに否定的な人間は、控えて欲しいのだ。


「ロニから聞いていたが、本当に側近にしたんだな」

「なかなか可愛い子よ」

「それを聞いてるんじゃねぇよ」


全く、と呆れた態度をしながらも、サイラスは二人を屋敷へと案内してくれた。


通されたのは、メザーロック邸の食堂ではなかった。食事を取る所ではあるが、人の目と耳が多い場所。そして、三人が会話するには広過ぎる。


そのため、サイラスの執務室で昼食をいただくことになった。すでに宰相であるメザーロック公爵の手伝いをしているサイラスには、専用の執務室があるのだ。


メイドが食事を運んで出て行ったあと、サイラスはすでに先日、ロニに伝えたことを、ジェシーにも話した。そして、ロニも教会の方を調べる旨も伝える。


「コリンヌからは、ランベールのことしか聞いていないから、セレナがまだ行方不明だなんて思わなかったわ」


この三人、またはセレナがいる状態の時は、ジェシーもランベールのことを名前で呼ぶ。他の者の前では、王子と呼び、その他の敬称である殿下や様付けは一切していなかった。


そもそも、敬称をするに値しない人物だと、認識しているからである。


「二人の言う通り、セレナとランベールはそれぞれ別に考える必要があるわね」


セレナのバックには、教会があるわけだし。回帰魔法を頼んでいたとしても、ユルーゲルが断らない人物でもある。


まぁ、何故私たちまで回帰してしまったのか、までは分からないけど。それも依頼した犯人を見つければ、自然と分かるでしょう。


「それで、ロニの方はどうだったんだ。王城に行って来たんだろう」

「王城自体は可笑しくも何ともなかった。だけど、やっぱり王子宮の様子が変だったよ」

「具体的には、どう変だったの?」


その返答によっては、コリンヌへの指示も変えなくてはならない。ミゼルも含めて。


「まず、衛兵だな。傍目からは、真面目に警備しているように見えるが、淡々としていて、まるで洗脳か、操られているような感じがした」

「もしもそうなら、誰が何のために? 王子宮の者たちを操ったって、何の得があるというの?」

「得があるから、グウェイン嬢みたいな女どもが、寄りつくんじゃねぇか」


ジェシーがいるためか、サイラスはコリンヌをそう呼んだ。


「まぁ、確かに。それで、ランベールとは会うことが出来たの?」

「いや、断られた。だけどその後、シモンに会ったよ」


思わず、ミゼルの姿が頭を過った。


「シモンか。どんな様子だった? 衛兵たちと同じだったのか?」

「ううん。至って正常だった」


その言葉を聞いて、ジェシーは安堵した。しかし、次の言葉を聞いた途端、膝の上に手を乗せ、固く握った。


「だけど、やっぱりどこか怪しかった。俺が、レイニスが出てきたと言っていた庭園に行こうとしていたら、邪魔されたんだ」

「ということは、余計何かあるんだろうな。あいつらが誰も寄せたくない、何かが」

「うん。だからジェシー――……」


隣にいるロニが見た時にはもう、ジェシーは手に口を当てて青くなっていた。


「ごめん。気分を悪くするような話を聞かせて――……」

「ううん。そうじゃないの。ただミゼルに、シモンのことを頼んでしまったから」


それを聞いただけで、ロニとサイラスは察すると、目を合わせた。そして、サイラスは黙って執務室を出て行き、ロニはジェシーを抱き締めた。


「大丈夫。今日会った限りじゃ、ミゼルはまだシモンに接触していない。だから帰ったら、やめるように連絡を入れればいいから」

「でも、ミゼルは……」


縛り上げると言ったくらい、やる気満々だったから。


「やめるように言っても、無理かもしれないわ」

「どうして?」

「コリンヌに対抗意識を燃やしていたみたいだったから」


優しく背中を撫でていたロニの手が止まった。小さな声で「その気持ちはちょっと分かるかも」と聞こえたような気がした。


「なら、手紙と一緒に、護身用の魔導具か何かを送ったらどうかな。止めてもダメなら、せめてそれくらいは守れるだろ」


そうだ。ロニの言う通りだわ。護身用と称して、色々とユルーゲルと一緒に、もしくは作らせた物があったから。


「ありがとう、ロニ。帰ったら、早速用意してみるわね」


ジェシーはようやく、通常の声のトーンに戻り、ロニを抱き締め返した。


「ジェシー。ジェシーがミゼルを心配するのと同じように、俺も心配なんだ。だから、これっきり手を引いて欲しい」

「それは出来ないわ。もうコリンヌもミゼルも関わってしまっているもの。巻き込んだ責任もあるし」


何故、メザーロック邸を訪れたのか理解した。この件から引くように、説得するためだ。ロニだけだと力不足かもしれないから、サイラスを味方につけて。


「そもそも、私から言い出したことなのよ。忘れたの?」

「危ない目には遭わせたくない」

「そのために、一緒に訓練したのではなくて?」


コリンヌやミゼルと違い、私には魔法がある。常に護身用の魔導具も持ち歩いている。


「試しに、ここで披露してあげましょうか?」


そう言うと、条件反射のように、体を引き離された。よく見ると、今度はロニの顔が青くなっている。


可笑しくなって、ジェシーはロニの頬に手を伸ばした。そして、反対側の頬に口付ける。


「ほら、私の実力は知っているじゃない」

「……無茶はしないでくれ」


どうやら、最後の一押しが効いたようだ。


ジェシーは返事の代わりに、笑顔で答えた。


巻き込まれた公爵令嬢は回帰前の生活に戻りたい!~犯人を捜していたら、恋のキューピットをしていた~

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