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翌日、小雨がパラパラと降る中、駅に村人五十人ほどが見送りにへと駆け付ける。「ご武運をお祈りしております」
「行ってまいります。ご迷惑をおかけしますが、家に、畑。和葉をよろしくお願いします」
菊さんの言葉に背筋をピシッと伸ばして、一礼する大志さん。それはいつも交わしている馴れ合いの軽口はなく、公然の場に見せるものだった。
「和葉、行ってくるわ」
「はい……」
熱い目元を抑え、切れそうに痛む喉を抑え、張り裂けそうな感情を抑え、振り絞る声で口にした。
「そんな顔せんといてな。俺は今、清々しい思いなんや」
思いがけない言葉に顔を上げると、一点の曇りもない瞳に上がっている口角。その言葉に偽りのない、屈指のない表情だった。
「俺はな、やりたいことをやり切った。後悔なんて何もない。……ま、一つ言うなら和葉が心配やけどな」
「子供扱い、しないでください」
ははっと笑いながら頭を撫でる大志さんは、私の頭をぐしゃぐしゃにする。
しかしその手は離れてゆく。到着した汽車に乗る為に。
言葉に詰まった私は人目にも触れず、大志さんの手を強く握り締めていた。
そんな私に大志さんは、そっと顔を寄せて来て一言呟いた。
「もし、元の時代に帰れるなら帰りなさい」
「……え?」
私から離れてゆく目は全てを察しているように、こちらを真っ直ぐにとらえている。
「分かったか?」
「待ってます!」
「帰らなアカン。みんな心配するで」
鳴り響く汽笛に、私が掴んでいた手から指を引き抜いた大志さんに、唇を噛み締め首を横に振る。
「和葉は生きるんや。平和な世界でな」
走り出した汽車より手を振る大志さんが最後に見せた表情は、満面の笑みだった。
「大丈夫よ、大志さんなら。な?」
その場に崩れてしまった私を支えてくれたのは菊さんで、そのまま手を引いてくれ一時間かけて村に戻ってきた。
家に戻ってくると台所も茶の間もやたら広く、静まり返っていた。元々広い家だったけど、そう思うのは大志さんが居ないからだろう。
二人で共に食事をし小説を書いたちゃぶ台に目をやると、そこには原稿用紙がピシッと並べられて置かれており私はそれを手に取る。
「ミライショウジョ カズハ」
それは私が読めるようにと片仮名で書かれた、大志さんと未来の世界からきた私が共に過ごした一年間を綴ったものだった。
おもしろおかしく話を進めて読者を惹きつけ、不思議な要素の描写は丁寧で続きを読ませたいと思わせて読者を離さず、最後に幸せな別れをした私は未来に帰り好きな小説をいっぱい書く。そんなハッピーエンドで、前半の面白さと打って変わり主人公が煌めく姿に思わず胸が熱くなる。
「やっぱり、すごいな……」
俯いた私の目から涙がポタポタと落ちていき、それは原稿用紙に落ちていく。
これが昭和初期の文豪と言わしめた人が書いた原稿。私の心を最も簡単に掴み、決して離さない。
私だけじゃない、世界の人が魅力された話を書いた菅原平成先生。その名は八十年経っても忘れられることがない。
だけど、それを先生は知らない。
あの方の作品が認められたのは死後。生まれるのが早過ぎたと言われているのは、出征して死ぬ運命にある人だから。
「大志さん……」
目からは止めどなく涙が落ちていき、心臓は痛いぐらいに鼓動を鳴らして張り裂けそうに痛く、喉が痛くて息が出来ないほどに苦しいのに私はただその名前を呼び続けていた。
いつしか時は黄昏時を迎えており、金色に輝く光が窓より差してくる。
僅かに開いていた窓より流れてくる、甘い花の香り。
それが最後の記憶として、私はいつの間にか意識を手放していた。