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聖次
729
urua
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🖤MIRA🤍
333
【極鋭館・道場】
急所である内臓の損傷が激しく、メアリーが懸命に治癒魔法を施すものの、消えゆく命の灯火を繋ぎ止めることはできそうになかった。
そう判断したメアリーの表情は暗く物悲しい。
匠は、彼女の悲壮感をひしひしと感じ取ったのか、自らの終わりを静かに悟り、華奈の頬に震える手をやって静かにお願いをした。
「――っ、起こしてくれないか……」
「うん……うん、タクちゃん……」
彼は残された力を振り絞り、二人に助けられながら半身を持ち上げる。
その際も、裂けた傷口から鮮血がドッと溢れ出る。それを見るだけでもう残り時間がないと嫌でも理解させられたが、二人は込み上げる驚きと悲しみを必死に抑え、彼の希望を最優先した。
「見事な突きだったよ……お前に……責任は無いから……気に病むな」
「タクちゃん、ごめんなさい、私……っ!」
「……気に、するな。俺が……ドジった、だけだ……」
匠は崩れ落ちそうになる身体をかろうじて支えてもらい、血に染まる両腕で、絶望に震える華奈とメアリーの二人を優しく包み込むように抱きしめた。
「華奈……キス……してくれないか」
死期が迫る中、匠は自分をずっと好いてくれた華奈への、これが心ばかりの恩返しのつもりだった。いや、それだけではない。死に瀕して初めて、自分もまた彼女を深く、深く愛していたのだと気がついたのだ。
『こんな時に悪いけど、俺も好きだよ…』――そんな言葉を長々と紡ぐ時間など、もう残されてはいない。だからこそ匠は、最愛の人へ直接、その想いを届けようとした。
「うん……うんタクちゃん。こっちからお願いするよ……っ」
匠の青白い唇を見れば、死期がもう目の前まで近づいていることは、口に出さなくても分かった。少しでも一緒にいたい。彼の鼓動が感じられなくなる前に、最後の頼みをただただ叶えたい。
華奈は泣くのを堪え、最後は笑って送りたい――そう願いながら、静かに優しく唇を重ねた。
「ねぇ、本当は二度目なんだよ、タクちゃん」
「 」
――口付けの間際。
閉じられた瞳は華奈の問いに答えることはなく、彼は最愛の幼馴染と唇を重ねられることに満足したのか、ふっと微かな安らぎの表情を浮かべたまま、静かに逝ってしまった。
「ひゃぁぁぁたくみぃぃぃ……っ!!」
重ねた唇から伝わるのは、ゆっくりと冷えてゆく――愛しい人の温もり。
傍らですべてを、その最期を見届けていたメアリーは、能面のような無表情を維持できずに、ボロボロと大粒の涙を溢していた。
「ああ……ごめんなさい、ごめんなさい……! 私という禍根がいなければ、あなた方にこれほど痛切な涙を流させることなど、決してなかったでしょうに……!」
「もういいよメアリー。貴女が何を言っても、彼は帰ってこないから……」
衝撃的な結末を前に、道場には二人の少女の悲痛な叫びと、止めどなく溢れる涙が響き渡る。
自分たちの犯した過ちに狂いそうになりながら、ただただ冷たくなっていく匠の遺体にすがりつき、泣き叫んで謝り続けるしかなかった。
――ッ!!!
だが、その底知れぬ絶望の淵に、神の声が雷鳴の如く轟いた。
『――泣いている暇があるか、この愚か者どもめッ!!!』
虚空から響いたアングィスの鋭い一喝に、華奈とメアリーが涙に濡れた顔を上げる。
『まだだ、匠の魂は肉体から完全に離れてはいない! 今すぐ――我が世界の「勇者召喚」に応じれば、向こうの|理《ことわり》で肉体を再構成し、助けられる可能性がある!』
「それ、本当なの……っ!?」
華奈が血相を変えて叫ぶ。アングィスは神たる威厳の裏に焦燥をにじませ、厳かに告げた。
『ただし、我が故郷――フィルモアへと送れば、当然、匠は元の世界には二度と――』
「元の世界なんて、どうだっていいッ! 二度と戻れなくたって構わない! さっさとこのまま召喚しなさいよッ!!!」
華奈はアングィスの言葉を容赦なく遮り、喉が張り裂けんばかりの声で啖呵を切った。
日常への帰還? 少女としての穏やかな幸せ? そんなものはどうでもいい。匠の命が繋がる可能性が万に一つでもあるのなら――。
「華奈、お前もいいのか」
「私は世界の果てにだって、地獄の底にだって一緒に行く!」
その瞳には、覚悟の炎が狂おしく宿っていた。
「アングィス様、お願いします……っ! 私もすべての代償を捧げますから、匠様を救って!」
覚悟を決めたメアリーもまた、純粋に彼を助けたいと願う。その強い想いに呼応するように魔眼が輝き始め、それは確たる契約の証となった。
純粋に、ただ助けたい。匠に対して深い愛を持つ華奈の決断は、損得なしにメアリーの心をも突き動かしていた。あまりにも重い二人の強い意志が、神槍に眠る真の力を呼び覚ました。
『……よかろう! 我が名はアングィス! その絶望と覚悟の契約に従い、これより次元の扉を開く――!!』
神棚の槍がこれまでにないほどの眩い白銀の光を放ち、道場全体を奔流となって飲み込んでいく。
その光の中心には、青黒い鱗に覆われた強大な大蛇が行く末を見守っていた。これこそがアングィスの本当の姿なのだろう。
刹那、それを目撃した華奈は驚くことなく、強い眼差しでジッとその大蛇を睨みつけ――。
(――裏切れば神だろうが、私は容赦しない)
その瞳は、無言でそう語っているようだった。
光の粒子が渦を巻き、冷たくなり始めた匠、そして華奈とメアリーの身体を包み込んで宙へと浮かび上がらせた。
激しい空間の歪み。キィィィンと鼓膜を|劈《つんざ》く高音が響き渡り、視界が完全に真っ白な光で埋め尽くされる。消えゆく意識の最期、華奈が握りしめていた匠の手は、暖かさを取り戻そうとしていた。
――次の瞬間。深夜の極鋭館から三人の姿は忽然と消え去り、そこにはただ、匠が流した赤黒い血の跡だけが、取り残されたように静かに佇んでいた。
異世界フィルモアへの、血と絶望から始まる覚醒転移。
出雲無双流の剣士が、異界の地で新たな運命を切り開く旅が、いま幕を開ける。
※※※※※
【ユートリア・冥府】
そこは、何もない漆黒の大海原だった。行く先を導く星すら見当たらない、生と死の狭間。遙か高い場所から見下ろす彼女たちのやるべきことは、ただひとつ――。
「今だ、メアリー! 匠の魂を引き戻せ! リザレクション!!」
『――我が残されし力の限り、彼が冥府に堕ちゆく魂を、拒絶せよ。拒絶せよ, 拒絶せよ、拒絶せよ……っ!!!』
魔力が存在しない地球では、決して発動することのかなわない、世界の法則に抗う最上位蘇生魔法『リザレクション』。
だが魂が「ユートリアの冥府」へと堕ちゆくこの境界の領域だからこそ、その禁忌の術式は発動を許される。
アングィスが発動したその術式へ、メアリーは己の魂を削りながら膨大な魔力を注ぎ込み、限界を超えて威力を高めてゆく。
黄金の魔力が漆黒の海を焦がし、冥府の底へと沈みかけていた匠の|魂魄《こんぱく》を、千切れんばかりに強く、辛うじて救い上げた。
「世界の理よ、彼をフィルモアの地に迎え給え」
> ――ピッピ……エラー、エラー……。システムエラー ――。
しかし次の瞬間、世界の理が、あまりにも巨大すぎる匠の魂を拒絶するように軋みを上げた。
『……くっ、彼の魂が持つ【生命値】が予想以上だ! 奴が元の世界で積み上げた剣術と精神の強さが、異世界のシステムに収まりきらん! このままだと魂が崩壊し、次元の混乱を巻き起こすぞ!』
「ならば、匠様の魂を削れというのですか!? ……いいえ、それだけは絶対に触れてはなりません! それは本人の記憶と存在の根幹! そこに触れれば、それはもう人ではなくなってしまう……っ!」
> ――ガガ……エラー、エラー……。
> ――魂魄の過剰なエネルギーを検知。世界の許容量を超過しています。
> ――特例措置:魂の根幹を保護するため、ステータスの上限値を強制ロック。
> ――全能力値を限界まで圧縮し、世界法則の臨界点――『レベル1.0』にて強制固定します。
レベル1.0とは何なのか、今の彼女たちにはまだ何もわからない。
ただひとつ言えることは、世界を管理するシステムそのものが、バグを引き起こしてまで匠の魂を「保護」したという紛れもない事実だった。
それを冷や汗を流して焦るアングィスを見れば、これが神の能力すら遥かに超越した、前代未聞の事態であることだけは確かだった。
※※※※※
【名の無き惑星上空・遙か彼方】
> ――ガガ……システム、再起動……。
> ――対象者「takumi」「kana」の魂魄の定着を確認。世界法則を『地球』から『ユートリア』へ置換します。
> ――対象者「takumi」の微細な生命活動限界を検知。特例措置として『勇者召喚』によるステータス適性化を実行――。
> ――対象者「kana」のステータス限界突破を確認。特例措置として『勇者召喚』による潜在能力値を再構築――。
暗闇と光の狭間で、そんな奇妙な無機質な機械音が鳴り響いていたことを、意識を完全に失った二人が知る由もなかった――。
コメント
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うわあ……重い、でも美しい回でしたね。匠の最期のキスのお願い、あれは彼なりの精一杯の愛情表現だったんだなって思うと泣けます。華奈が「元の世界なんてどうだっていい」って叫ぶシーン、あの覚悟の炎が宿った目が印象的でした。そしてアングィスの本当の姿が大蛇だったこと、システムエラーで匠の魂が拒絶される展開——ここで一気に世界観のスケールが広がった感じがして、続きがすごく気になります!