テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
壱月への憎悪の、はずだった。
最低な男に、気持ちを吐き出しているはずだった。
花斗はお前にやるものかと、思っていたところだった。
お前が花斗の父親だなんて認めてやるものかって、思っていた。
なのにどうして、私は今、コイツに抱き締められているのだろう。
どうして、ほっとしているのだろう。
「俺は、さ……」
壱月の腕に力がこもった。
私はただ、彼の腕の中で呆然とする。
「愛音を好きだって、愛したいって、思っただけなんだ」
…………は?
「愛音の力になりたいって、思っただけなんだ。泣かせたかった訳じゃない」
頭の上から聞こえる、弱々しい声。
これは、まさか、愛の告白……?
「ごめん。愛音の〝親〟としての気持ち、考えてなかったわけじゃないのに」
壱月の声は震えていた。
「俺は、愛音の苦労をなにも知らないのに、分かってるつもりになってた」
「壱月……」
だったら、なんであのとき、私の手を離したの?
どうして、今更そんなこと言うの?
「ずっとずっと、愛音が好きだった」
その言葉に、私はそっと顔を上げた。けれど、この位置からでは、壱月の顎しか見えない。
「再会した時も、変わらない愛音が好きだって思った」
それは、どの私?
「でも、今ここにいる愛音は、変わったんだな。ちゃんと、母親なんだな」
そうだよ、私は……あの頃とは違う。
仕方ない。子どもが出来て、環境が変わったら、私自身も変わらざるを得なかった。
「でも、やっぱり愛音は愛音だった。無理して笑って、周りに気を使うくせに、……時々暴走する」
え、そうかな……そうだね、言われてみれば。
「俺は、そんな愛音の力になりたかっただけなんだ」
彼の言葉が、胸を優しく叩いてくる。どうして彼は、こうも私のことをわかっているのだろう。こうも、私を優しくしてくれるのだろう……。
なんだか心地良いのに心地悪くて、私はついこぼした。
「嘘。そんなこと言わないでよ」
すると、壱月はふっと腕を緩める。それから、「ははっ」と自嘲するように笑うと、指で自身の目元を拭った。
「嘘……か。そうだよな」
そうだよ。
私は、いつだってあなたに傷付けられてきた。
初恋を笑い話にしたのは、それ以上胸を抉りたくなかったからだ。
花斗が産まれるまでも、これでよかったのかってずっと悩まされた。
花斗を産んでから今まで、ひとりで走り続けなきゃいけなかったのは……全部全部、あなたのせい。
胸の中から沸き起こる想いは、全部壱月への恨みだ。
でも、それを今伝えても、言い訳をする子どもと同じような気がして、私は溢れ出しそうな想いも涙も、下唇を噛んでこらえた。
すると、壱月は泣き出しそうな眼差しでこちらに向き直り、私をじっと見つめる。
「これまでのこと、全部ひっくるめて、謝りたい。言い訳がましいけど、聞いてくれたら嬉しい」
その瞳を、じっと見つめ返した。
目をそらさず向き合ってくれる彼に、真剣さを感じる。
――聞いたら、わかるのだろうか。
壱月の想いも。
憎悪のようで安心する、嫌悪のようでドキドキする、なんと名付ければいいのか分からない、この変な感情の正体も。
「……わかった。聞く」
頷くと、壱月はふう、と一度息を吐きだしてから口を開いた。
「まず、ひとつ目。高校の時、キスだけして、ごめんなさい。愛音の告白が嬉しくて、つい調子乗った」
「え……?」
なら、なんで付き合ってくれなかったの?
「正直、なんでもっと早く言わないんだって、思った」
「は?」
すると、壱月はバツが悪そうな顔をする。
「ああ、これは、俺自身に対して。告白とか、されるのは慣れてたけど、したことなくて、だから、愛音に気持ち伝えるのが怖くて……」
壱月は私から視線を外し、さまよわせる。
「だから、愛音がどれだけ勇気を出して伝えてくれたのか、わかってた。わかってたのに……キス、したくなった。好きだったから。誠実じゃなかったよな、ごめん」
35
67
44
コメント
1件
この話、めちゃくちゃ刺さった……。憎悪と恋心が溶け合ってぐちゃぐちゃになる感じ、すごく生々しくて苦しいほどだったわ。愛音が「嘘。そんなこと言わないでよ」って零すところが特に印象的で、言葉の裏にある何年分もの痛みが詰まってた。壱月の謝罪も震えるような声が聞こえてきそうだったし、二人の距離がようやく動き出しそうな予感に次の話が待ち遠しい🔥