『人ならざる声、夜に響く』
・風の来た日
静寂を裂いて、風が吹いた。
それは決して自然のものではない。音も匂いも温度も、どこか現実から切り離されたような、非日常の風だった。
その風の中心に、少年は立っていた。
朱に染まる空を背に、金の瞳が真っ直ぐに遠くを見つめている。肩で揺れる黒髪はその風に乱されることなく、凛とした輪郭を保っていた。
少年の名は――悠佑(ゆうすけ)。
記録に抗う“器”として、彼はこの世界に生まれた。
この物語は、彼と、彼の周囲に集う“人ならざる者たち”が、
やがて「記録」をめぐる戦いに巻き込まれていく話である。
◆
始まりは、ありふれた放課後だった。
校舎の裏手にある、誰も使わなくなった第二体育館。
そこに、ひとつの“扉”があった。――本来、存在しないはずの扉。
「……呼ばれてる?」
悠佑は無意識にその扉の前に立っていた。誰に呼ばれたのかも分からない。ただ、風が彼を導いたように思えた。
扉に手をかけると、音もなく開いた。
その瞬間、空間が歪む。
足元が溶けるように沈み、視界がぐにゃりと曲がる。
世界が反転し、色をなくし、音が泡のように弾けた。
そして、彼は“そこ”へ落ちていった。
――記録の狭間。
時も名前も、定めも役割も、何もかもが漂う空間へ。
そこで、彼は出会う。
まだ名を知らぬ6人の“異形(ひとならざるもの)”と、
自分が「ただの人間ではない」ことを告げる声と。
それが全ての始まりだった。
次の瞬間、悠佑は目を覚ました。
――風が、校舎の窓を揺らしていた。
(つづく)
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