法律上は夫婦ではないけれど、側から見た目はこれまでとなんの変わりもない我が家。
厨房の責任者という仕事は、相変わらず激務だったため、雅史は思い切って転職をした。
老人介護施設に転職して、全くの素人なのに地道に勉強してヘルパーを目指すようだ。
圭太が保育園に入ってからは、私もしっかりと働けるようになった。
圭太が熱を出したりした時は、雅史が迎えに行って病院にも連れて行ってくれた。
介護施設の職員という仕事柄、勤務を夕方や夜が多くなるようにしてくれたおかげで、私がいない間の家事もやってくれるようになった。
入園式、入学式、卒業式、運動会に学芸会、遠足など、両親として参加できる行事には積極的に参加した。
もしかしたら、離婚しなかったらこんなふうにはならなかったかもしれないと後になって思う。
_____あの時離婚したことは、間違いじゃなかった
雅史が誰かと何かあっても私には関係ないことだと割り切れたことで、小さなことは気にならなくなった。
そうやって、3人の暮らしは穏やかに過ぎていった。
◇◇◇◇◇
それからも、ありきたりな家族の暮らしが続いた。
慰謝料分の貯蓄ができるまで、そんなおぼろげな約束はいつのまにか置いてけぼりだったが、それについては雅史も私も言い出さなかった。
離婚してからのほうが何故か、懸命に働く雅史を労いたい気持ちになり、お互いに依存しあうこともなくほどよい距離感でいられた。
離婚は済んでるわけだし、いつでも出ていけるし、お互いに何かあっても責任を感じることはない。
けれど長く暮らすと、法律上のことなどどうでもよくて、やっぱり《家族》は《家族》だった。
夫婦ではないけれど、圭太の両親として過ごすことは思いの外、幸せだった。
雅史はしっかり資格もとり、毎日忙しく働いていた。
私も正社員になり、慌ただしく毎日が過ぎた。
そうやって3人での暮らしは季節を重ねていった。
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