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夜の闇の中、俺は母ちゃんと美紅に連れられて島の道を走った。波音が小さくなっているみたいだから、島の中央部に向かっているらしい。母ちゃんは大型の懐中電灯で先を照らすが、街灯やネオンサインなんて全くないから星と月の明かりぐらいしか見えない文字通りの真っ暗闇だ。東京育ちの俺にはこんな暗い夜は初めての経験だった。
やがて前方にこんもりとした森が見えてきた。俺たちはその奥に通じるあぜ道みたいな所を走っているようだ。そろそろ森に入ろうかという頃、俺たちの前に突然人影が立ちふさがった。俺は一瞬びくっとしたが、それは俺たちのお婆ちゃんだった。片手に1メートルぐらいの長さの木の棒らしき物を持って、いかめしい表情で俺たちの行く手をさえぎるように立っている。
俺の母ちゃんがさして驚いた様子もなくお婆ちゃんに言う。
「母さん、気づいてたの?」
「老いぼれたとはいえ、わしもユタのはしくれじゃ。邪悪な物がこの島に入り込んだ気配に気づかんと思ったか?」
それからお婆ちゃんは手に持った棒の先を美紅の鼻先に突きつけて、背筋がぞっとするような威厳のこもった声と目つきで美紅に言った。
「この島のウタキは、よそ者は一切立ち入り禁止。たとえ島人でも男は一歩たりとも入る事は許されん場所。それを承知の上のことじゃろうな?」
美紅はひるむ様子もなく深くうなずく。今度はお婆ちゃんの棒の先が俺の顔に向けられた。
「美紀子から事情は聞いておる。たとえその気はなかったにせよ、おまえの兄は人ひとり死に追いやったツミビトじゃろう?美紅、自分が島から追放されるのを承知で守る、それだけの価値がこの兄にあるのか?」
俺は胸に何かが突き刺さったような気がした。だが、美紅は俺とお婆ちゃんの間に体を割り込ませ、棒の先から俺を守るようにして立ちはだかり凛とした声でこう答えた。
「たとえ罪人であろうと何であろうと、『をなり』は『えけり』を守るもの。命を賭けても守るもの。それが琉球の女に生まれた者のつとめであり、さだめ。……昔あたしにそう教えたのはお婆ちゃんだよ」
するとお婆ちゃんの顔からいかめしい表情がふっと消えた。手に持った棒を美紅に手渡す。
「ガジュマルの霊木から作ったものじゃ。使い方は知っておるはずじゃな?」
美紅は両手でその棒を受け取りお婆ちゃんに深々と頭を下げた。そのままお婆ちゃんは俺たちの横を通り過ぎる。その時目を合わさずに俺の母ちゃんに向かって皮肉っぽい口調で言う。
「一度こうと決めたら後先を考えん。ああいう所は誰に似たのかのう?」
母ちゃんは母ちゃんで澄ました顔でこう切り返した。
「さあ? 育ててくれた人に、じゃないかしら?」
母と娘はそのまま皮肉っぽい笑いを浮かべながらすれ違った。やれやれ、俺の毒舌は明らかに母方の遺伝だな。
それから俺たち三人はうっそうと茂った南国の木の下を抜け、やがてそこだけ丸くぽっかりと開けた場所へ出た。石で出来た小さな灯篭みたいな物がある他は何もない。俺は母ちゃんに訊いた。
「ここがお婆ちゃんの言ってた、ウタキとか言う場所なの? 何もないけど」
「琉球神道ではこういう場所が最も神聖なの。沖縄ではあちこちにウタキと呼ばれる場所があるわよ。沖縄本島のセーファ・ウタキが有名だけどね。ここはこの久高島のウタキ。島の人はフボー・ウタキと呼ぶわ」
なるほど、とりあえず隠れるには都合のいい場所というわけか。だが、多分見つかるのは時間の問題だろう。歩いて二時間で一周できちまうほど小さな島だし、それに相手は超能力者だ。遅かれ早かれここへ踏み込んで来るはずだ。
地面に敷いたビニールシートに三人で腰を降ろして休憩しながら、俺の頭の中には不安が渦巻いていた。あの純のお母さんの超能力は一人殺す度に強くなっていると美紅は言っていた。もう美紅の霊能力を上回るほどに。
今来られたら美紅ではあの人には勝てない。それともさっきお婆ちゃんが美紅に渡したあの棒が何かの秘密兵器なのか? なんとかのレイボクとか言ってたし。