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そんな事を考えていた最中、突然女の声がその木に囲まれた広場みたいな場所に響き渡った。俺たちは全員地面から飛び上がるように立ちあがった。
「これで隠れたつもり?」
いた! さっき俺たちが入って来た森の中の道から長い布を頭からすっぽり被った人影がこちらへ歩いて来る。マリア観音の姿をイメージした格好だ。間違いない。深見百合子、純のお母さんだ。ついに来てしまったのか、この時が。
「ニーニとお母さんは下がっていて」
美紅が振り返りもせずにそう言って、真正面から純のお母さんに向かって足を踏み出す。純のお母さんの手元から四つの白い紙きれが宙に放たれた。そのまま宙を舞い、美紅を四方から取り囲む。
やばい! 前の戦いで美紅がコテンパンにやられたあの技だ。今度はしょっぱなから出してきやがった。四枚の紙、いや式神と言ったっけ、それが青白い光を発して青龍、朱雀、白虎、玄武の姿に変わる。そして青白い稲妻のような光を四方から一斉に美紅に向けて飛ばす。
美紅はお婆ちゃんからもらった棒を左手に持ったままそのまま突っ立っていた。四神の攻撃をもろにくらってしまう。美紅、どうしたんだ? その棒は何かの霊的アイテムじゃないのか?
だが美紅は自分に向けて放たれている青白い稲妻には目もくれず、右手をまっすぐ前に伸ばして叫ぶ。
「ヒルカン!」
いや、だからおまえのその技は通じない……だが、次の瞬間俺は自分の目を疑った。美紅の掌からは滝のように途切れなく炎が噴き出していた。あれは火の玉なんてもんじゃない。まるで火炎放射器だ!
美紅の正面にいた朱雀がまずその炎にあぶられてすっと消えた。焼け焦げた紙の残骸がぽとりと地面に落ちる。美紅はそのままぐるりと体を回転させ残り三体の式神も簡単に焼き払った。
純のお母さんの体が一瞬びくりと震えた。動揺したようだ。その隙を突いて美紅が前に突進し、彼女の目の前に右手をかざしまた「ヒルカン!」と叫ぶ。相手は全身を覆った布で体の前面をかばう。
だが、それは美紅のフェイントだった。美紅の右手はさっと上に上がりそのまま素早く地面に向けて振り下ろされる。炎は純のお母さんの頭の真上の何もない空間から突然下に向かって噴き出した。そして相手の全身を包んでいる布に火がついた。
思わずかなぐり捨てた布の中から現れたのは、間違いなくあの防犯カメラに写っていたあの女性だった。間違いない。純のお母さんだ。ジーンズにTシャツの軽装だが、両手にはごついアーミーナイフを一本ずつ握っている。彼女が青ざめた顔で叫ぶ。
「なぜだ! なぜおまえの力がこんなにも強くなっている?」
美紅は初めてあの棒を両手で構え、彼女が繰り出してくるナイフの刃先をはじきながら答える。
「あなたはヤマトンチューだから、やっぱり知らなかったのね。この久高島は太古の昔、女神アマミキヨ様が最初に降り立った場所。だから琉球神道最高の聖地」
一旦両者はそれぞれ後ろに跳び下がって体勢を整える。美紅が続ける。
「そしてこの久高島の中で最も神聖な場所がこのフボー・ウタキ。あたしたち琉球神女にとっては、この島のこの場所こそがウタキの中のウタキ、聖地の中の聖地! だからこのフボー・ウタキの中ではあたしの霊力は何倍にも何十倍にもなる!」
そうだったのか! 美紅がこの島へ来ようと言ったのも、そしてこのウタキへ逃げ込んだのも、敵から隠れるためじゃなかった。美紅の霊能力が最大限に増幅されるこの場所で正面から相手を迎え撃つためだったんだ!
美紅はさっきお婆ちゃんから渡された木の棒を両手で頭上に高く、天に向かって掲げ、こう叫んだ。
「キジムナーたちよ! アマミキヨ様の名においておまえたちに願う。あたしにおまえたちの霊力を貸して!」