今日も1日が始まる。朝、執務室に入ると相棒が既に業務を始めていた。
「おはようございます、ブリギッテさん」
「おう、おはよう、フューズ」
俺の名はブリギッテ、43歳。獣人だ。
民兵組織レクルシアのファルメリア支部長をしているが、事務仕事が嫌いで体を動かす事が大好きなせいで周囲からは脳筋と思われている。
……まあ、間違ってはいないな。
支部長なんて向いてないと思っているが、総長からの頼みなので断れなかった。「貴方に任せたい。お願いできますか」なんて言われて断れるはずがない。
席に着いて書類の山と向き合い、いつも通りの流れで仕事を始める。
「あー、今日も平和だといいなぁ。なあ、フューズ」
「そうですね。何事も無いのが一番です。ですから、しっかりと本日の業務確認をして下さい」
相棒のフューズ、28歳。こいつも獣人だ。事務仕事を得意としている為、俺の補佐役として周囲からの信頼が厚い。俺よりも人望があるかもしれん。
「昨日は迷惑をかけたな。すっぽりと頭から抜けていた」
「まあ、何時もの事ですから。穴埋めできる様に補佐として人員を回しておいて正解でした」
「さすがフューズだ! 俺のやらかし具合を分かってるな。その調子で今後も頼む!」
「……出来る限り頑張りますよ。だから、ブリギッテさんはもう少し支部長としての自覚を……」
小言を延々と言いながらも作業は止まってない。頼りになる相棒である。俺は聞き半分、作業半分だ。
「あー、午前中は書類仕事で、午後からは他組織との会談、終わったらまた書類仕事か……性に合わんな」
「言った傍からそんな事を言わないで下さい。書類仕事も会談も重要な仕事です」
「分かってるよ。つい口に出ちまった」
「つい、でも口に出さないで下さい。他の人に聞かれた評判が地に落ちます」
「俺の評判なんて、元からそんなにないだろ」
「ブリギッテさんの評判ではなく組織の評判です。総長に迷惑を掛けて良いんですか?」
「……今後は気を付けよう」
俺の評判は気にしない。しかし組織の評判は別だ。
うちは創設から17年の組織だが、既に格付けランクBの中堅組織に成長している。
総長と領主様に親交があり、堅実な活動から領民からの支持も厚い。俺自身も総長には恩がある。
「ブリギッテさんもこの一週間は事務仕事ばかりでしたからね。今日、この場での愚痴位は許しますよ。今の内に全部吐き出してください」
「すまんな。じゃあ言わせてくれ。魔獣相手に暴れたい、どうにかならんか」
魔力干渉地帯に行けば魔力の影響を受けて強大化した獣、通称「魔獣」が存在する。魔獣からは貴重な素材が取れるので、定期的に狩りが行われている。支部長になる前は任務で行っていたので懐かしい。
「立場的に無理ですね。……しかし」
「お、何か良い案があるか?」
「午後からの会談が早めに終われば多少の時間が空きます。魔獣は無理ですが、市街の警邏などはいかがですか?」
「市街の警邏か……」
警邏任務……簡単に言えば巡回する仕事だ。
領政府から依頼されている民兵の一般的な仕事の一つで、何もない時がほとんどだが、民兵が巡回している姿を見せるのが大事なのだ。犯罪の抑止力や領民の安心感に繋がる。非常事態には衛兵に近い権限が与えられており、責任が重い。経験の浅い民兵には楽な仕事の様に思われる事が多いが、知れば知るほど奥が深く難しい仕事だ。
「暴れる事は出来ませんが、初心に帰り、自分達が守っている領民の暮らしを見るのはどうですか?」
「……良いかもしれんが、警邏任務に就いている隊員の邪魔にならんか?」
「大丈夫ですよ、今日は日曜日です。商業地区の警邏であれば人員が増えて困る事はありません」
「そうか。フューズがそう言うのであれば警邏に行く事にするか。久しぶりだ、腕が鳴るな」
警邏任務、本当に久しぶりだ。
……俺は警邏任務が大好きだ。自分が守っている街を自分の目で見て周り、自分の耳で直接領民の声を聞く事が出来る。こんなに楽しい事はない。
今の立場では全部書類上の出来事だ。支部長になって一番悔しかったのが警邏任務に就けなくなった事だった。
……よし、気合いが入った。書類仕事に会談、さっさと終わらせよう。……フューズの奴、まさかこれが狙いか?こっちを見ながら「うんうん」と頷いてるから多分そうだろうな。いいだろう、乗ってやる。俺の底力を見るがいい。
午後からの会談は予定より早く終わった。俺の根回しが完璧だったお陰だ。フューズからは「次回も同じような動きをお願いします」と言われたが、もう無理だ。俺の底力は1年の溜めが必要だ。……そう言ったら蹴られた。あいつは上司を何だと思ってるんだ。少しは敬え。
「よし、フューズ、警邏に行くぞ!」
「その格好で行くつもりですか? 任務ではないですが警邏ですよ。着替えましょう」
「おお、そうだな、すまん。ちょっと浮かれすぎた様だ、着替えてこよう」
警邏用の装備に着替える。
……久しぶりだな、この装備も。
警邏用レザープレートにロングソード。そして組織の所属を示す黄色の腕章。
……この腕章も、最初は白だったな。
腕章の色は、領政府が定める組織の格付けによって変わる。新規の組織はDランクで白色だ。次にD+になり、C、C+で緑色になる。B、B+が黄色で、A、A+が赤色だ。うちはBランクなので黄色だ。領軍は黒色を着けている。
「黄色の腕章か……誇らしいな」
「そうですね。それだけ、領民と領主様に認められていると言う事ですから」
「俺達全員が積み上げてきたものがこの腕章には宿っている。裏切らない様にしないとな」
「ええ」
警邏用の装備に着替えただけで熱い思いが出てくる。
……いいな、これが初心に帰ると言う事か。こんな気持ち、最近は感じた事がない。今から警邏が楽しみだ。
「よし、行くか!」
「はい」
久しぶりに警邏として市街地を回る。
休日と言う事で人通りが多い。自然と建物の死角や人の流れ、表情、動きに目が行ってしまう。
……いいな、この感じだ。
常に五感を働かせて周囲に気を配る、これが警邏の基本だ。懐かしい感覚に浸っていると露店商から声を掛けられた。
「おや、ブリギッテの旦那、珍しい格好してますね」
「おお、ダインか。少し時間が空いたので、警邏任務の補佐をしているところだ」
「レクルシアの支部長自ら警邏任務とは、恐れ入ります」
「大それた事はしてないぞ。感謝なら、本来の警邏任務に就いている隊員にしてやってくれ」
「そうですよ、この人は邪魔をしてるだけですから」
……フューズは本当に俺に厳しいな。確か、日曜だから人員が増えても困らないとか言ってなかったか?
「はっは、フューズの旦那も変わりませんね。いつもお疲れさまです」
「ダインさんもお疲れさまです」
「おい、フューズ、邪魔はしてないだろ」
「自覚が無いのですね。さ、挨拶も済ませましたし警邏を続けますよ」
「ブリギッテの旦那もフューズの旦那も頑張って下さい。応援してますよ」
「おう、ありがとうな! ダインも商売頑張れよ!」
警邏に戻ったが、やたらと声を掛けられる。
露店商や通行人はもちろんだが、同業者にも声を掛けられる。俺が警邏装備で巡回してるのが余程珍しいらしい。
……確かにフューズの言う通りだな。これでは警邏をしてるのか、ただの挨拶周りなのか分からん。邪魔だと言われても仕方ない。
「挨拶ばかりで警邏に全然集中できんな」
「そうですね、私も配慮が足りませんでした。ブリギッテさんの人望を過小評価していたみたいです」
「謝られてるのか、誉められてるのか、貶されてるのか……」
もう日が落ちてきている。そろそろ支部に戻って書類仕事の再開だ。気分転換にはなったが、警邏任務の充実感はないな。
「そろそろ戻るか」
「そうですね、日が落ちてきてますし……」
「キャーーー引ったくりよーーー誰かーーー!!」
前方、遠くの方から叫び声が聞こえた。
「フューズ!」
「はい!」
前方の人混みが割れて、大柄の男が剣を振り回しながら向かって来るのが見えた。その後方、女性が叫びながら追いかけて来ている。
……強盗か? 真偽は分からんが、無差別に剣を振り回してる時点で戦闘行為違反で現行犯逮捕できる。まだ距離はあるが男の進路上に人はいない、怪我人は出ないだろう。
「フューズ、魔術の範囲内に入ったら男の目の前に壁を作れ。俺が上から押さえる!」
「はい!」
俺は力のコントロールが下手だ。魔獣や軍人相手ならともかく、一般の領民やあの程度の男の場合は下手に攻撃してしまうと簡単に殺してしまう。
だから、落下の勢いだけで男を押さえる。俺は男に向かって空を駆け上がった。種族進化して得た力だ。俺の種族は風狼。風を操り擬似的に空を駆ける事が出来る。
「このまま……なにっ!?」
近くにいた女の子が男の目の前に飛び出してきて両手を広げた。
「止まってーーー!!!」
なんて無茶を!! ちっ、距離がある! この距離では生け捕りは不可能か……。
……男を、殺す! 全力攻撃しようとした瞬間、女の子が横に吹っ飛んだ。近くに居た子が飛び付いて女の子を助けたのだ。
……後で飛び付いた子に感謝しないとな。
女の子の命と男の命を救ったのだ、感謝しかない。
男が俺の真下に近づいて来た。フューズが魔術発動の合図を送って来たので俺も合図を送りタイミングを合わせる。
「アースウォール」
「オォーーー!」
無事に犯人を生け捕りに出来た。追い付いてきた女性にお礼を言われる。やはり強盗だったようだ。この後やって来る衛兵に事情聴取を受けなければならない事を告げ、女性にはこの場で待機して貰う様にお願いする。
……よし、一区切りついたな。後は……。
「ブリギッテさん、あの子達」
「ああ、少し話をしないとな。行ってくる」
露店に突っ込んだので商品が散乱しているが、店主は許しているようだ。後で被害額を聞いて、補助申請を上げてやらないとな。こういった時に領政府との間に入るのも民兵組織の仕事の一つだ。さて……。
子供達と話をした。子供達は友人同士だったようだ。お互いに慰めあって励まし合ってる。その会話内容から、よほどお互いを大切に想ってるのが伝わってくる。ここまでお互いを大切に想えるなんて凄いな。
……ぜひ、うちに欲しい人材だ。
大切なもの、守りたいものが大きい程に大成する。赤髪の子は魔力がかなり強いように感じるし、優しさも度胸もある。獣人の子は判断力、身体能力が高い。赤髪の子を助けた時は見事だった。2人一緒にうちに入ってくれたら実に頼もしい。見た感じ、小学生と中学生だ。まだ決まった将来はないだろう。
やって来た衛兵に犯人の引き渡しをして、俺たちと女の子達が残った。2人ともう少し話をしてみるか。
「衛兵との話を聞いていただろうが、改めましてだ。俺はブリギッテ、こっちは相棒のフューズ。民兵組織レクルシアに所属している」
「えっと、アウレーリアです」
「私はザナーシャです」
「アウレーリアにザナーシャだな。2人ともよろしくな!」
「あ、はい」
……ちょっと食い付きすぎたか? 引かれてしまった様だ。少し落ち着こう。
「最後まで付き合わせて悪かったな。協力ありがとうよ」
「いえ、わたしも珍しい体験ができて良かったです」
「そうか、そうか。たが、もう無茶するんじゃないぞ、友達を大事にしろよ」
「もちろんです! さっちゃんは私の唯一無二の大親友ですから!」
本当に仲が良いな。獣人の子の顔が赤くなってるぞ。
「うん、うん! 素晴らしい友情だ! おじさんは感動した!」
……さて、出来れば支部に招いて接点を持ちたいがどうするか……そうだ……。
「嬢ちゃん達の熱い友情を見せて貰った礼と、事件で迷惑をかけたお詫びがしたい」
「お詫び? お小遣いを貰えるんですか?」
「アリアちゃん……」
「じょ、冗談だよ、さっちゃん!」
「はっはっは、まあ、検討しよう。嬢ちゃん達の都合の良い時に、うちの組織に顔を出してくれ。その時にお礼とお詫びをさせて貰う。受付けにこの名刺を見せれば対応してくれる」
名刺に2人の名前を書き、自分のサインをして2人に渡す。
「分かりました。絶対に行きます!」
「ああ、待ってるぞ! さて、戻るか、フューズ」
「ええ」
最後の最後で久しぶりの事件に遭遇したな。書類上では毎日何かしらの事件に目を通してるが、現場対応したのは数年振りだ。
それに、良い出会いもあった。あの子達には何か引かれるものがある。
「ブリギッテさん、サイン入りの名刺を渡したのは何故です?」
「ん? 特に大きな理由なんか無いさ。もう少し話をしてみたかっただけだ」
「……うちに引き込むのですか?」
「将来的に出来れば、だがな」
「まあ、ブリギッテさんの人を見る目「だけ」は信頼してますよ。その能力「だけ」で支部長に選ばれた人ですから」
「おまえな……本当に、少しでいいから上司を敬えよ」
「敬ってますよ。信頼してるって言ったじゃないですか」
こいつは本当に口の減らない奴だな。
だが、俺はフューズに絶対の信頼を置いている。フューズの言った通り、俺は人を見る目だけは自信がある。総長のお墨付きだからな。支部長に選ばれたのも、それが大半の理由だと思ってる。それがなければ俺以上の適任者は幾らでもいる。だからこそ楽しみだ。あの子達の将来が。
……次に会うのは何時だろうな……。
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