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俺はデカい家の前に立っていた。庭付き一戸建の5LDKって所か。庭の隅に花壇がある。家庭菜園でも出来そうなそこそこのサイズ。でも荒れ果てて雑草だらけ、虫だらけ。
時間は午前中。ほとんど車も通らない閑静な住宅地。近所の家にも人の気配。大体の家に人が入って居るんだろう。まるで『普通の世界』みたいだ。
門の前でボーっとしてたら、家の中から女の子が出て来た。泣き腫らした目で、足元をふらふらさせながら。
小さな子だった。ガリガリに痩せてて見てて心配になってくるタイプだ。
顔を上げて俺を見る。子鹿みたいな大きな目、半開きの口。薄い唇は血色が悪い。
この子が、ジェイの大切な子、か。
「大きな家ですね。部屋に空きがあったら住ませてもらえませんか?」
第一印象は大事だ。俺は笑顔で愛想良く言った。
その子は無表情で少し止まり、ゆっくりと頷いた。頷いて門を開ける。
中に招き入れてくれたのかと思った。だけど入ろうとした俺を押し退けて自分が外に出て来る。
えっ、と驚く俺を無視して歩き出す。
「どこ行くの?えっと・・・俺コウ。君、名前は?」
その子は少し振り返って捨てる様に言った。
「・・・カナデ・・・」
小さな、でも決して弱くは無い凛とした声。
俺は目を細めて彼女、カナデを見た。朝日を背にして陰り気味の顔、額の辺りにボンヤリと浮かぶ2という数字。
「事前譲渡?」
俺は2人を交互に見ながら聞いた。事務員の方が答える。
「はい。本来であれば、償い達成後に譲渡されるべき物ですが、今回の場合は、先に譲渡された方がスムーズに事が運び易いと判断されますので、事前譲渡が可能です」
条件に書いてあった『目』ってやつの事だ。それは、ランキングの上位者に付与されるスキルみたいな物で、それがあると他の奴には見えない物を見る事が出来ると言う。そいつは運良く所有者を償うチャンスに恵まれれば、譲渡される事もあるそうだ。両者の合意の上、というのが条件ではあるが。
今回のそれは『自分以外の者の償い残数』を見る事が出来る、という物だった。
俺は、事前譲渡を受ける事になった。
「ついでに提案なのですが、コウさんは金銭的に円滑でない状態にありますので『報酬額の五割を前払い』というのは如何でしょう?勿論リタイアされる場合はご返金いただく事にはなりますが」
俺は、前金もゲットした。事務員達は皆気が利いて助かる。
頷く俺とジェイ。みんな笑顔で上手く纏まった。
俺はカナデに付いて行った。行き先は事務所。
事務員にジェイの死亡の届けが無い事を確認すると、俯いて事務所を後にした。5分も掛からない作業。だがその短い時間の間でカナデの表情はクルクル変わった。不安、心配、安堵、失望、脱力感、そんな感じ。
たった1人の男の為に、こんなに心を動かす女がいるんだなと思った。
因みにジェイはカプセルを飲んだ後、病院に入院してずっと麻酔で眠っている。俺がスイッチを押すその日まで。どんな夢を見ているのかは知らないが、楽で結構な事だ。だから死亡届けなんか出てくる訳はない。
力無く歩くカナデの後ろ姿。悪い男に振り回されて、可哀想なもんだな。
俺はそんな風に思った。でも心に何かが引っ掛かる。
カナデが辛いのは誰のせいなんだろうか。
心にモヤモヤとした何かを抱えながら、俺はカナデの背中を追い掛けて事務所を後にした。
そのまま家に帰ると、カナデは俺に一通り家の構造を説明して、空いている部屋を俺に割当て、そして自身の部屋に閉じこもって出て来なくなった。
ジェイのせいで無気力になっているのが手に取るように分かる。そんなカナデに償いをやらせるのは、中々大変な事なのでは無いか?と、俺はその時になってやっと事の大変さに気付いた。
ドウ、シタモンカナ・・・?
まずは、仲良くなるのが第一歩、だよな?
キッチンでお茶を淹れた。自慢じゃないが、こんな事生まれて(死んでからも)初めてだ。
トレーに乗せて零さない様に慎重に運ぶ。カナデの部屋のドアの前で立ち止まりノック。反応無し。ノブを捻る。カチャッと音を立ててドアを少し開ける。中は薄暗い。電気は付けず、テーブルの上の小さなランプの灯りで過ごしている様だ。カナデはソファに浅く腰掛け、テーブルの上に何かを広げて何かをしていた。
「カナデちゃん、良かったら一緒にお茶でもどう?」
俺は小さな声で呼び掛ける。
「要らない」
そこそこの声量で即答。
生まれて(死んでからも)初めて淹れたお茶、その気遣いと努力と全てを否定された気分になって、俺は腹が立った。だが、その腹立ちをグッと堪えて優しい声で続けた。
「これから一緒に暮らして行くんだからさ、仲良くなりたいなぁって思うんだけど」
俺がそう言うと、カナデは作業を中断して立ち上がり、俺のいるドアの方へ移動して来た。細く開いたドアを広く開けるカナデ。
俺はホッとしてカナデの顔を見た。瞬間視界が暗くなる。
え・・・?
気付くと、白い天井が見えた。
は?ここどこ?
「気付かれましたか。急ぎで治しておきました」
横から看護師の声。ここ、病院なのか?
「治療費の支払いは終わっています。前金があって良かったですね」
え?どう言う事?俺何されたの?
「健闘を祈ります」
会釈して出て行く看護師。
脳裏に浮かぶジェイのセリフ。
「カナデは中々扱い難いから」
・・・扱い難い・・・。