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俺は花壇の雑草を抜いていた。
翌朝病院から帰ると、カナデは事務所から帰って来た所だった。
また、あの顔をしてきたのか。
自分が病院送りにされた事を差し引いても、あの顔のカナデの事を考えると胸の辺りがモヤモヤする。
俺は今日一日、カナデの行動を監視?見守る事にした。
とは言っても部屋から出て来ないもんだから、時間を持て余して花壇の手入れなんか始めてしまう。
庭から二階を見上げるとカナデの部屋の窓がよく見える。カーテンは閉められ、中は真っ暗だろう。また昨日みたいに小さなランプで暮らしてるんだろうか。
夕方になって、カーテンが開いた。入口の門を見詰めるカナデ。悲しそうだ。ジェイを、待っているんだろうな。
俺の視線に気付いたのか、チラッとこっちを見る。俺は笑顔で手を振った。昨日の事は怒ってないよ、とアピールする様に。
目が合うと速攻で引っ込む。ムカ。
カナデの事を考えながら、時間を忘れて作業したせいで、花壇の雑草は抜き終わり、綺麗にならして種を蒔き、水撒きをする所まで出来てしまった。今までやった事は無かったが、どうやら俺は土いじりが嫌いでは無いらしい。
ひと段落ついた事もあってか、俺は空腹を覚えた。昼を食い忘れていた。
そう言えば、カナデは何か食ってるんだろうか。
シャワーとトイレは各部屋に付いている。だが、食事は部屋に篭りっぱなしでは取れていないのでは無いだろうか。
一度死んでるのだから、何も飲まず食わずでも死ぬ事はない。が、腹は減る。何も食わないでいれば苦痛に思わない訳ない、と思うのだが。
カナデの姿の消えた窓を見上げ続けた。
赤く腫れた目、ガリガリの体でふらふら歩く。血色の悪い薄い唇。
カナデ、お前はいつから食ってないんだ?
俺はそのまま出掛けた。そして簡単に食える物を何個か買うと、家に帰り二階へと上がる。閉じたドアを軽くノックして、食い物をその場に残して自分の部屋に引っ込んだ。下手に顔を合わせてまた病院送りにされても敵わん。
そのまま一晩置く。自分の分の食い物の事を完全に忘れていた。腹がグルグル鳴り続けた。でも、土いじりで体は疲れていたのだろう。ぐっすり寝た。
朝、カナデに起こされるまで。
顔面にパンやら果物やらが降ってくる。
「イテテテテ、何だよ!」
寝起きに食料の顔面パンチ。こんなの無いよな。
無理矢理に目を開いて起き上がると、俺の部屋にカナデがいた。鍵が無いから入ろうと思えば入って来れる。だが、だからと言って勝手に入るか?しかも相手が寝てる時に。
「要らない。迷惑」
カナデは、そう言い捨てると回れ右して出て行こうとする。
「おい!」
俺は大きな声を出して、カナデの腕を掴んだ。立ち止まって振り返るカナデ。
謝れよ。
そう言おうとした。だけど、カナデの腕が細くて、余りにも細くて、声が消えた。
何も言わない俺の腕を振り解いて、カナデは出て行った。
俺は咄嗟に追い掛ける。ドアを開けて呼び止めた。
「カナデ」
呼び止めたは良いが、そこから言葉が続かない。
「露出狂か」
カナデが言った。ん?と思い俺は自分を見る。全裸だ。一度室内に戻ってシーツを体に巻き付け戻る。やり直しだ。
「カナデ、出掛けるなら一緒に行く」
「・・・勝手にすれば?」
俺はパンやら果物やらを腹に入れて服を着て、花壇に水を撒いてカナデの前に立った。カナデは門の前で待っていてくれた。
「どこ行くの?」
分かりきっていたが聞いた。
「事務所」
分かりきっていた答えが返ってくる。
「何しに?償い紹介?」
とぼけて聞く。最初に会った日に見てたのに、知らない振り。
「・・・人探し・・・」
億劫そうに、そう答える。
「・・・誰?」
答えを、聞きたく無かった。何故だか。
「・・・大切な人」
辛そうな顔でそう答えるカナデ。俺は、何故だか、胸に棘でも刺さったみたいに痛い気がした。
『くれぐれも手は出さないようにね。僕の大切な人なんだから』
ジェイの言葉が頭の中で再生される。
「大切な人?」
俺は胸の痛みを抑えて聞いた。
「そう。誰よりも大切な人。ジェイって言うの。私の恋人」
知ってる。ジェイとカナデは恋人同士。ジェイが無理心中をしようとしていて、カナデは帰って来ないのを心に病み続けている。お互い想い合って、何だかズレてる。不器用な2人。
カナデ、俺がジェイの命を握っているって知ったらどうする?ボタン一つ押したらジェイが死ぬって、そんな状態だって知ったら、君はどうするの?
事務員にカナデは聞く。ジェイの届けが有るかどうか。
不安、心配、安堵、失望、脱力感。
複雑な表情。見てるこっちが辛い。いっそ俺の腕の中に閉じ込めて見ないようにしたい。
ねえカナデ、俺どうしたら良い?