白兎堂を出たあと、昼食をとってから宿屋に戻った。
まだまだ早い時間だけど、錬金術師ギルドの依頼を104件も受けてしまったから……出来るところからこなしてしまわないと。
自分の部屋に戻る前に何となく食堂を覘いてみると、珍しいことにルークが一人で何かを飲んでいた。
朝のうちも寝ていただろうし、昼食でも取っていたのかな?
「ルーク、お昼食べてたの?」
「あ。アイナ様、お帰りなさいませ。
昼食のあとに、少しぼーっとしていたところでした」
「ふふふ、いろいろあったからね。少しは気を休めないとね、うん」
「そうですね……。いや、それにしても今回は私の未熟なところが――」
「そういう方向に行くのは無しね!?
とりあえず今はそういうのを忘れて、リフレッシュしよ?」
しんどいときに、その原因を思い浮かべて自分を責める。
そしてそれがまたしんどくなって、どこまでも負の連鎖に陥る――
そういうのはよくある話だ。
そんなときは一旦何もかも忘れて、客観的に見ることができるようになったときに、そこで初めて振り返れば良いんじゃないかな……と思う。
「……そうですね。そう仰って頂けるなら……そうしましょう。
ところでアイナ様は、今までどちらに?」
「うん、錬金術師ギルドで依頼を受けてきたの。
そのあとは少しお買い物をしてきたよ」
「おお、また依頼を受けてきたのですね。……アイナ様は、着実に進まれていますよね……」
そう言いながら、ルークは寂しそうな目をした……ように見えた。
「何か、悩みごとでもあるのかな?」
「あ、いえ……。
そうですね、私はもっと強くなりたいと……今回の件でつくづく思いました」
「話が、戻っちゃった」
「す、すいません……」
ルークは慌てて謝る。いや、謝るほどのことでもないんだけど――
……それにしても、悩んでいることは確定か。
私は錬金術師ギルドで実力を認められて、依頼をどんどんこなすようになった。
エミリアさんは何だかんだで大聖堂の一員で、その役目も決められている。
ジェラードも行く先々で、自身の仕事で十二分に実力を発揮している。
そんな中、ルークは私を護るという立場にありながら、『循環の迷宮』では私を危ない状況にさせてしまった……。
ここら辺で、自身の存在意義を考え始めてしまったのだろう。
「……う~ん。
でもルークがいなかったら、確実に全滅していたわけだし……」
「いえ……、もう少しやりようがあったはずです。
アイナ様をあんな危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません……」
「ぶっちゃけていえば私は不老不死だから、ある程度は大丈夫なんだけど――」
「そういうことではありません!!」
「ひゃぅっ!?」
「いくらアイナ様がそうであったとしても、私は! 私は――
……はっ!? す、すいません……」
ルークは声を荒げたが、次の瞬間には、ある程度の冷静さを取り戻していた。
しかし一瞬とはいえ、それはルークにしては珍しくて――
「あ、いや……。うん、ごめんなさい……。
……でもルークの言いたいことは、多分、分かったと思う。それを踏まえて、どうしたら良いんだろう」
冒険者ギルドで、たくさん依頼を受けるというのも良いのだろうか。
っていうか、私にはそれくらいしか思い浮かばないけど……。
「しばらく剣の修行をやっていなかったので、どなたかに師事できればと……少し、考えていました」
師事? 誰か強い人から教わる、ってことだよね。
我流よりも良いのは、素人からでも分かる。
「そういうのも有りだね。
しばらくは王都に滞在する予定だから、それも良いと思うよ」
「しかしそうすると、アイナ様をお護りする時間が……」
「その気持ちは、ありがとう。でもルークの人生なんだから、ルークが満足いくようにして欲しいな。
もちろんあの誓いの儀式は……忘れることは、無いからね」
……誓いの儀式。
それはクレントスを発ったあと、ガルーナ村に行く前の小さな村で行った、二人だけの儀式。
思い返せば、私とルークの主従関係はあそこから始まったのだ。
「……ありがとうございます。
それでは何かご縁があったときは、そのようにさせて頂きます」
「ちなみに、心当たりはあるの? 師事できそうな人」
「……いえ、さっぱりです」
「だよねぇ……。
うーん。レオノーラさんあたりから、何とか繋がりを探せないかな」
「え? 何でまた、急にレオノーラさんが?」
「王族だから、誰か強い人とコネが無いかなって……。
私は王様に謁見したけど、王族とコネができたってわけでもないし……」
「アイナ様なら錬金術の依頼を通して、王族の方とはたくさん作れる気がしますが……」
「おお、そういえばそうかも!
王族の依頼を直接受けるのって気が引けてたけど、そういう目的があるなら、積極的に受けても良いかもね」
「しかし、王族に通用する錬金術……。
いやはや、アイナ様はもう遠い存在のような気がしてきました」
「何言ってるの。その錬金術師に一番近い人が、ルークなんじゃない」
「え? ……あ、そうですね。
……そうでした、これはしてやられましたね」
「でしょう? ふふふ♪」
「ははは」
二人して笑い合う。
何でもない普通のことなんだけど、こんな雰囲気もずいぶんと久し振りな気がした。
「それじゃレオノーラさんは一旦置いておいて、王様から工房をもらったら、頑張ってコネを作っていきますか」
「工房ですか。
及ばずながら、私もお手伝いさせて頂きます」
「ルークも結構カッコイイし、販売員をやれば人気が出るんじゃない?
王族の女性とかにもいけるかも?」
私がそう言うと、ルークは少し微妙な顔をした。
そういえば、オティーリエさんも王族か。私は顔をまだ知らないけど、ルークは拒絶反応があるんだよね。
「まぁ……。それでアイナ様のお役に立てるのであれば……」
「ああいやいや、無理はしないで良いからね!?
その時がきたら考えてみることにしよう、うん」
それにしても、私もリーゼさんの一件で思うところはあったけど――
……ルークはルークで、いろいろとやっぱりあるようだ。
物事に動じない性格だとは思っていたけど、普通のところもあるんだね。
うん、どこか安心した……っていうのは、やっぱり失礼かな。
「――ところで、ジェラードさんは戻って来たの?」
「あ、いえ。
しばらくは戻らないようなことを言っていました」
「え? ……あれ、せっかく王族のお屋敷に潜入していたのに? どうしちゃったんだろう?」
「彼も彼なりに、思うところがあるようで……。
詳しくは控えますが、どのようなことがあっても、ジェラードさんはアイナ様の味方ですので……」
「う、うん……? それは疑ってないけど――
……ああ、もう。それにしてもリーゼさんは、いろいろと残してくれちゃったなぁ……」
私の周りで、何かがズレてきた感じが半端なく強い。
つい少し前までの平穏が、あの一件から|軋《きし》み始めているというか――
「……大丈夫ですよ。今はみんな、消化しきれていない部分があるだけです。
いずれ時間が、きっと解決してくれるでしょう」
ルークはそう言いながら、宙を見上げた。
その言葉は自分に向けて……という部分もあったのだろう。
「うん、そうだね……。
ところでエミリアさんとは、昼に会った? まだ寝ているのかな?」
「今、レオノーラさんがいらしてるんですよ。
すいません、伝え忘れていました……」
ルークは再び、申し訳なさそうに縮こまってしまう。
ルークはルークで悩んでいたもんね。それくらいは、何て言うことは無いよ。
「ふぅん、そうなんだ?
お見舞い……では無いよね。体調が悪いことは知らないはずだし……」
「何かを知らせにきたようなのですが、もしかしたらアイナ様宛だったのかもしれませんね。
工房の件は確か、大聖堂を経由して連絡が入るんでしたよね」
「ああ、それかな? それじゃ、ちょっと行ってみようか」
「あ、私は控えておきます。
……あの、女性のお休みのところへ男が訪ねるのもどうかと思いますので」
「うーん? それじゃルークの分も行ってくるね」
「はい。私はここで、もう少し休んでいます」
「あんまり、ネガティブに考えてたらダメだからね?」
「ははは……、ありがとうございます。大丈夫ですよ」
力なく言うルークを置いていくのは忍びなかったけど、私はひとまず、エミリアさんの部屋に向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんの部屋の前まで行って、中の様子を静かに伺う。
特に人の雰囲気は感じられないけど……とりえあず、ノックでもしてみるか。
トントントン
ノックをしてしばらくするとドアが開き、その隙間からエミリアさんが顔を覗かせた。
「あれ、アイナさん? お帰りなさい」
「エミリアさんのお見舞いと、あとはレオノーラさんが来てるって聞いたので、寄ってみました」
「あぁー。レオノーラ様は、少し前に帰ってしまったんですよー……」
「そうなんですか?
挨拶くらいはと思ったんですけど、それは残念」
「そうそう、レオノーラ様があのお話を持ってきてくれたんです!
アイナさんの工房の件!」
「わ、本当ですか!?」
「ところでルークさんは?
レオノーラ様のことは、ルークさんから聞いたんですよね?」
「今、食堂にいますよ。
お休み中の女性の部屋には……ってことで、ここには来ませんでしたけど」
「あはは、ルークさんらしいですね。
それじゃ遠慮なく、アイナさんと少しお喋りさせて頂きましょう。さぁさぁ、どうぞどうぞ」
「はい、お邪魔しますねー」
このあとお茶を飲みながら、レオノーラさんが持ってきた伝言を教えてもらった。
何でも工房の引き渡しをしたいということで、近日中に大聖堂に来て欲しいということだ。
ついに念願の――
……ってほどでもなかったけど、とうとう自分の工房が持ててしまうのか。
ヒョウタンから駒な展開とはいえ、やっぱり、かなり嬉しいかもしれない。
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