レオノーラさんからもらった伝言……大聖堂に行く件はとりあえず明日にして、今日は夕方からずっと、錬金術師ギルドの依頼の対応をしていた。
何せ104件である。
少し受けすぎたと後悔する面もあるのだが、それも今さら。受けてしまったものは仕方が無い。
私は常々目立たないようにしようと思っていたはずなんだけど、リーゼさんの一件で、変なテンションになっていたのかもしれない。
自分では平気なつもりでいても、やっぱり何かがおかしかったのか……。
何にせよ、夕方からひたすら対応したおかげで、ひとまず王族からの依頼は全部こなすことができた。
104件中の57件だから、大体半分くらいかな?
内容はやっぱり美容関連のものが多かったけど、中には少し変わっているものもあったりした。
例えば『媚薬』……とか。
まぁね、王族とはいえ人間だからね。
いや、実際のところ一服盛って既成事実を作ったり……みたいなものもあるのかな?
こういうのって、勝手に使ってもらう分には別に良いんだけど、巡り巡って自分の口に入ったりするのが何より怖いんだよなぁ。
……それに、こういうもので名声が広まるのも何だか嫌だし。
今回は受けちゃったから納品はするけど……。
次からはこの手のものは受けないでおくことにしよう。私は全年齢対象の錬金術師を目指すのだ。
あとはアーティファクト錬金の話も広まっているのか、『解毒の指輪』というものの作成依頼もあった。
アクセサリに錬金効果を付与するのではなく、アクセサリ自体に特殊効果があるものを作る、という内容だ。
簡単に言うと、指輪と毒消し草を組み合わせるって感じかな?
てっきり錬金効果をランダムで狙うしか無いのかと思っていたんだけど、土台の方に効果を付けるやり方もあるんだね。
日々、これ勉強。
それにしても、依頼内容はしっかり確認しなきゃダメだね。知らないものも普通に混ざっているし……。
……いや、対応できてるからいいんだけど。
それにしても、解毒かぁ。やっぱり王族、命を狙われたりするのかな。
王族って何だか楽して、美味しいもの食べて……みたいなイメージがあったけど、やっぱりいろいろ大変なんだろうな。
「――よし、ひと段落!」
疲れた身体を癒すため、ベッドに勢いよく飛び込んでいく。
飛び込んでから、何か寂しいな……と思ったら、毛布がベッドの端で丸まっているのに気が付いた。
そういえば朝、ストレス解消のために丸めて叩いていたんだっけ。
そんなことを思い出すと、芋づる式にリーゼさんのことまで思い浮かんできた。
……あのあと、彼女はどうなったのだろう。
『循環の迷宮』の6階から下に落ちたわけで、普通に考えれば7階に行ったとは思うんだけど――
もし無事なら、ひとまず外に出ようとするよね?
一人で7階から戻るのも難しいだろうから、通り掛かりのパーティに一時的に参加しているかもしれないけど……。
でも指名手配を懸けさせてもらったから、ダンジョンから出てくればきっと捕まるだろう。何せ、金貨1000枚だからね。
詰め所にいた騎士さんたちも凄いやる気を見せていたし、逃げられないとは思うけど――
……そして、ジェラード。
ルークの話によれば、ジェラードはしばらく戻らないと言い残して、どこかに行ってしまったらしい。
うーん、ジェラードは行動がよく分からないところがあるからなぁ。
おかしなことはしないとは思うけど、大丈夫かな……。
……おかしなこと?
この場合、おかしなことってなんだろう……。
ああ、ダメだ。何だか混乱してきた――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……おや?」
気が付くと、外は早朝の雰囲気を見せていた。陽は昇っていないものの、空が白み始めている頃。
私はと言えば、ベッドの上で毛布も掛けずに目が覚めたところだった。
「ああ、これは寝落ちしちゃったか……、こほっ」
何となく喉に抵抗を感じる。少し重くて、何だか声がかすれる様な――
……とは言え、これくらいなら薬を作って、すぐに治すことはできるのだ。
バチッ
ごくり。はい、完治。
……正直、こういう他愛もないところで高度な錬金術を使うのもどうかと思うけど、出来てしまうものは仕方ない。
今はありがたく、その恩恵に預かっておくことにしよう。
さて、朝食の時間にはまだまだ早いし、二度寝するには……あんまり眠くないかな。
さすがに朝っぱらから依頼をこなす気もしないし……困ったなぁ。
そういえば昔、早朝のジョギングというのに興味を持ったことがあったっけ。
実際、三日坊主になったんだけど……正真正銘、3日だけやって4日目からはやらなくなっちゃったという……。
何とも恥ずかしくも情けない過去だ。そんなことを思い出してしまうと――
「……たまには、朝の散歩も良いかも?」
そんな結論に辿り付いちゃうよね、何となく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿屋の外に出てみると、爽やかな涼しい空気を感じることができた。
あと数時間もすればいつもの時間になるけど、逆に言えばその数時間だけで、ここまで空気が違うというのはどこか新鮮だ。
深呼吸をしても気持ち良いし、思いっきり伸びをしても気持ち良い。
何と言っても、歩くだけで気持ち良いからね。いやぁ、早朝って良いな――
……あ、いや。
元の世界では、仕事が終わらなくて朝早くに職場に行かなきゃいけなかったときがあったけど、そのときは別に気持ち良くは無かったか。
自分の意思で、こういう時間に外に出るのが気持ち良いんだろうね。
転生前のあの生活に比べれば、今はよっぽど自由に過ごさせてもらっているわけだし……。
――そんなことを考えながら、ぼーっと歩き始める。
人はほとんどおらず、たまに荷台で野菜を運ぶ人がいるくらいだ。
新聞も無い世界だから、新聞配達の人もいないしね。
あまり遠くに行くと帰りが面倒になるかもしれないから、とりあえず宿屋を中心にぐるっと回ってみることにした。
そして宿屋の横手、ちょっとした空き地に近付いたとき――
ブンッ! ブンッ!
……何かを振る音が聞こえた。
「ん? 何の音だろう……?」
そこまで興味は湧かなかったものの、話のタネに少し覘いてみることにした。
そこには何人かの人がいて、木刀のようなものをそれぞれが振っている。
剣術の、朝の修練かな。
そんなことを思いながら見ていると、少し離れたところにルークがいるのが目に入った。
……え? 何でこんな時間の、こんな場所にいるの?
この修練って、どこかの道場の人が集まっているんじゃなくて、やりたい人が集まってやってるって感じなのかな?
もしくはルークが飛び込み参加しているとか……?
それにしても、そういえばルークの修練姿って初めて見たような気がする。
冒険者ギルドの依頼を受けて実戦だけで鍛えているのかと思ったけど、見えないところで、こういう修練もしていたのか。
……そういう話をしないってことは、あんまり知られたくないのかな?
努力をひけらかすタイプじゃないからね。真面目に絵を描いたような……っていうか。
そのあと私はあまり目立たないように、ルークの視界に入らないように宿屋に戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはよー」
「おはようございます」
「おはようございまーす!」
部屋の前で、食堂に向かうべくルークとエミリアさんと待ち合わせる。
いつも通りの朝。
……うん。いつも通りなのか、これが。
「アイナ様、どうかしましたか?」
「え? ううん、何でもないよー」
「そうですか?」
ルークは不思議そうな表情を浮かべたが、こちらから特に言うこともあるまい。
「それじゃ、朝食を食べにいきましょう」
「はい」
「はーい! わたしも体調が良くなってきたので、がっつり食べますよー!」
「……エミリアさん、量は……抑えないで良いんですか……?」
「はっ!? そ、そうでしたね……。
お土産を持ち帰りましょう、お部屋に……」
リーゼさんが残していった心の傷はまだ大きいけど、それでもどうにか、いつもの日々に戻っていける気はする。
ずっと悩んでいるわけにはいかないし、できるだけ早く忘れちゃわないとね。
……完全に忘れるわけにはいかないけど、ずっと考えている必要は無いのだから。
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