テラーノベル
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U虚.
ライブハウスの空気は、いつも少しだけ息苦しい。狭いステージ、重たい音、汗と煙草の匂い。
それでもここに立っていないと、自分が空っぽになる気がしていた。
その日も、適当なバンドの演奏を壁にもたれて聴いていた。
──正直、つまらなかった。
音はまとまっている。技術もある。
でも、何も刺さらない。
「……違う」
思わず、小さく呟いたとき。
ギターの音が、ひとつだけ外れた。
──いや、外れたんじゃない。
“外してきた”。
一瞬で、空気が変わる。
さっきまでの均一な音の中に、明らかに異物が混ざった。
なのに、不思議と耳がそっちに引き寄せられる。
(なんだよ、それ)
視線の先。
ステージの端でギターを弾いているやつと、目が合った。
無表情で、ただこちらを見ている。
──挑発、みたいだった。
次のフレーズ。
今度はさらに崩してくる。
普通なら“ミス”になる音。
でもそいつは、わざとそこに落としていた。
(気持ち悪い)
なのに、耳が離れない。
気づけば、足が動いていた。
ステージの前まで来て、音を正面から浴びる。
ぐちゃぐちゃなのに、妙にまとまっていて。
不安定なのに、どこか気持ちいい。
こんな音、初めてだった。
演奏が終わる。
歓声はまばらで、微妙な空気が流れる中、
そいつは何事もなかったみたいにギターを下ろした。
そのまま、ステージを降りる。
気づいたら、声をかけていた。
「さっきの音」
そいつが、足を止める。
「……なんで、あんな弾き方してんの」
振り返った顔は、やっぱり無表情で。
少しだけ間を置いてから、言った。
「お前、さっき“違う”って言っただろ」
心臓が、一瞬だけ跳ねる。
「聞こえてたのかよ」
「聞こえるくらいには、退屈だった」
淡々とした声。
でも、その奥にほんの少しだけ、熱があった。
「──じゃあさ」
そいつが、こっちを見る。
「お前なら、どうする」
試すような目。
逃げ場のない問い。
一瞬だけ迷って──でも、答えは決まっていた。
「歌うよ」
空気が、止まる。
次の瞬間。
そいつが、ほんの少しだけ笑った気がした。
「……いいじゃん」
それが、全部の始まりだった。
不協和音みたいに、最悪で。
でも、たぶん…
“二度と離れられない音”だった。
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