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花魁坂京夜という男は、常に人の死を目の当たりにする仕事に就いている。自分の力では足りず、救うことが出来なかった人を何度も何度も何度も何度も目の当たりにした。
たまに夢に見てしまうのだ、救えなかった人達が己の足を掴み、地獄に引きずり落とそうとしてくる夢を。最近は特に頻度が上がってきて、まともに睡眠が取れていない。今日もまた寝れないのだろう、と思いながら自室に向かおうとする。だが睡眠が取れていないせいか、足元がおぼつき、転びそうになる。そんなところを、たまたま通りがかった四季が受け止めた。
「チャラ先!?大丈夫!?」
「…あ、ごめん四季くん…ありがとう」
「いーよいーよ!平気?部屋まで運ぼうか?」
「大丈夫、一人で行けるから」
「……うーん、やっぱ心配だし着いてく!ほら、肩貸すから!」
四季は花魁坂の目の下の隈を見て、無理矢理にでも着いていくことにした。花魁坂はそれに甘え、連れていってもらうことにする。
「…なら、お願いしようかな」
四季は花魁坂をベッドまで運ぶと、そのままベッドに座った。
「…四季くん?帰らないの?」
「…チャラ先、最近寝れてないんだろ?俺が寝かしつけてやるよ!」
「あはは、心配してくれるのは嬉しいけど大丈夫だよ?それに、四季くんに寝かしつけなんて出来るの〜?」
「でーきーる!俺の親父、俺が寝れない時にいっつもしてくれてたことがあんだ!」
四季はベッドに座る花魁坂の頭を自身の太ももの上に乗せ、いわゆる膝枕の状態になる。
「…膝枕…?」
「おう!親父は膝枕じゃなくて、膝に乗せてくれてたんだけどよ…流石にチャラ先の方がでかいから無理だし、膝枕で勘弁!」
「……これ、ダノッチにバレたら怒られちゃうなぁ。生徒と教師の関係性があーだこーだって」
「まぁ何とかなるって!俺、ずっとここにいるからさ、安心して寝てよ!」
ずっとここに居る、その言葉がどれだけ花魁坂に影響を与えるのか、それを四季は理解していない。花魁坂は既に、四季に依存し始めていた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
花魁坂はゆっくりと目を閉じた。頭を撫でられている感覚がある。その感覚が気持ちよくて、すんなりと眠ることが出来た。
その日、夢を見た。足を引っ張られて、またかと思ったが、上から手が差し伸べられた。四季の手だった。四季が花魁坂を助けたのだ。その日、久々に花魁坂はぐっすりと眠ることが出来たのである。
「…ごめんね、朝になるまでずっと膝枕なんて」
「全然平気!それに、チャラ先も元気になったっぽいし!」
「…うん、ありがとう。それで四季くん、お願いがあるんだけど」
「ん?何?」
「定期的に、これやってくれないかな?」
「あぁ!いーよ!」
「ありがとう、四季くん。今度来る時はお菓子用意しとくね」
「ホント!?やったー!!」
無陀野無人は、戦場で多くの鬼が殺される姿を見ている。自分程の実力があれば助けられたのに、助けられなかった命が多くある。自分を責め続けて、もう何年が経ったか。仲間が死ぬ度に掘り進められていくこのタトゥーは、いつになったら終わるのだろうか。
そんな時に言われた、四季からの言葉。俺は死なないと言って死んできた仲間達は多くいる。それでも、あの生徒の言葉を信じたくなってしまった。
「……なぁ、四季。頼むから、お前は死なないでくれ」
「もー、何言ってんの。俺は死なねぇって!約束したじゃん!俺、ムダ先より強くなってみせっから!」
「……そうか…」
無陀野は夜、空き教室で定期的に四季と触れ合う時間をとっていた。自身の精神安定のためである。四季が生きていると実感する時、無陀野の精神は安定する。普段は見せない弱さを見せてくれるこの時間が、四季は何気にお気に入りであった。あの伝説とも言われる男が、自分にだけは全てをさらけ出してくれるのだ。嬉しいことこの上ないだろう。
「ムダ先、俺の心臓の音聞くの好きだよなぁ。そんなに抱きついて聞かんくても」
「……一番、安心するからな」
「そっかぁ」
無陀野は四季の胸元を強く抱きしめ、心臓の音を聞きながら眠る。そうやって寝た次の日は、無陀野の調子がすこぶる良くなることを四季は知っている。
「…んー、俺眠くなってきた。寝るかぁ…おやすみ、ムダ先」
「あぁ、おやすみ、四季。…また明日」
「ん、またあしたぁ…」
無陀野無人がまた明日、という言葉を使うのは、四季だけである。
一体今まで何人を任務で死なせたのか、もう分からない。淀川真澄という男は、偵察部隊隊長で、力量に合った任務を人に与える。だがイレギュラーは付き物で、死人が出ることは少なくない。仕方ないことだとはいえ、何回もそれが起これば真澄でもメンタルに来ることはある。
寝れなくなる日もあった。仮眠室で、寝れずに一人ぼーっとしていたこともあった。そんな時に、一ノ瀬四季が現れたのである。四季の明るさは真澄の心の傷の治療薬になった。その日以来、練馬に訪れたら四季は真澄の部屋へ行き、真澄と共に寝るようになった。
「おい、もっと寄れ」
「はーい。…真澄隊長も俺の心臓の音聞くよな〜」
「あ?俺も?」
「ムダ先も俺の心臓の音聞きたがんの。安心するかららしいけど」
「…あいつもか。…考えることは一緒、だな」
「??何が?」
「お前は黙って俺の抱き枕になってろ」
「えー、大きさ的には真澄隊長の方が抱き枕っぽくない?」
「殺されてェのか」
「ひっ、すいません!!」
そんな会話をしつつも、真澄は四季の体を離そうとはしない。四季に依存していることは理解していても、もう今更四季を離すことが出来ない。四季の声を聞くだけで、四季が微笑みかけてくるだけで、心底安心するのだ。きっとこいつなら大丈夫だと思えるのだ。
「……一ノ瀬ェ、テメェは死ぬんじゃねェぞ」
「おう!俺は死なねーぜ!真澄隊長こそ死なんでね!」
「誰がテメェより先にくたばるかよ。雑魚より先に死ぬことなんて有り得ねェから安心しろ」
「雑魚じゃありませんー!!!」
元気で素直で、すぐに顔に出る。そんな四季が、何よりの希望で、どうしても手放すことは出来なくて。真澄は強く四季を抱きしめた。
「!……真澄隊長、俺は絶対死なねーし、真澄隊長のこと一人にしないから安心してよ!ほら、もう寝ようぜ!俺が眠い…」
「…チッ。こんなガキに励まされてるようじゃ俺もまだまだだな。さっさと寝ろ、クソガキ」
「ガキじゃねーし!!」
「そこに突っかかる時点でガキなんだよアホ」
「おい、京夜、無陀野ォ。今日は俺に渡せ。テメェらはいつも学園で一緒に居んだろうが」
「無理な話だ」
「絶対無理!俺が四季くんと寝る!」
四季の目の前で、大の大人3人が誰が自分と寝るかで争っている。練馬拠点への応援要請で来ている為、今日は真澄と寝ることになるだろうと思っていたら、無陀野と花魁坂まで一緒に寝たがるとは思わなかった。話し合いは長く、四季は疲れもあったためすぐに寝てしまった。
「……すぅ……」
「…あ、四季くん寝ちゃった」
「待たせすぎたな。俺が部屋まで連れて行こう」
「さりげなくとろうとしてんじゃねェぞ」
「…仕方ない!平等にする為に、4人で寝よっか!まぁ1人四季くんの隣じゃないけど」
「テメェらの中からその1人は決めろ。俺は久しぶりなんだよ」
「うーん、まぁ仕方ないか…ダノッチ!公平にじゃんけんしよ!」
「…あぁ」
「ん〜…、?」
四季が目を覚ますと、右腕は真澄、左腕には無陀野が抱きついていた。花魁坂は隣のベッドで寝ており、普段四季と寝る時よりは顔色が悪そうに見える。四季は2人の腕を離し、花魁坂の元へ向かう。
「…大丈夫、大丈夫だよ、花魁坂先生」
四季はそう言いながら、花魁坂の頭を撫でる。途端、花魁坂の顔色は良くなり、四季の腕を無意識に抱きしめる。
「お…!ふは、子供みたいだな」
四季は小さく笑った。すると後ろから物音がした。四季の体温が無くなり、違和感を持った2人が起きたのである。
「おい、一ノ瀬ェ…抱き枕が勝手に動いてんじゃねェよ」
「うわっ、ごめんって真澄隊長!チャラ先が顔色悪かったから心配になって…」
「チッ…」
「……四季、もう少しで良い、体温を感じさせてくれ」
「あ、うん!」
無陀野は四季を後ろから抱きしめる。真澄は四季の使っていないもう片方の腕を掴み、脈を診る。
「…真澄隊長?何してんの?」
「脈診てるだけだ。俺はこれでいい」
「そう?ならいーけど…」
四季は無陀野の体温で体が温かくなり、次第に眠くなっていく。気付けば意識を落としていた。無陀野と真澄はそれに気付いたが、抱きつくことはやめない。四季とは入れ替わりで、花魁坂の目が覚めた。
「…ん、あれ…四季くんがこっちに来てる…?」
「テメェの寝付きが悪そうだったから移動したんだとさ」
「そっか…優しいなぁ、四季くんは…」
花魁坂は四季の手の甲に優しくキスをする。
「……絶対に死なせないし、逃がさないよ。ずっと俺達の四季くんでいてね」
「…こいつが可哀想になるなァ。こんな面倒な大人3人に囲まれてよ」
「あはは、まっすーってばそんなこと1ミリも思ってないでしょ?」
「真澄に限ってそんなことを思う訳ない」
「テメェら、俺にどんな印象持ってんだよ…」
3人で談笑しながらも、誰一人として四季の体を離そうとはしない。四季は一生、この3人に愛され、執着され続けるのである。
今でも、血にまみれ床に横たわる母と姉を思い出す。皇后崎迅という男は、常に後悔と恨みの念を纏っていた。自分があの時強ければ、あの状況を変えられたのだろうか、そんなことをずっと頭の隅で考えている。
あの時、姉は命が尽きるギリギリまで自分を助けようと力を尽くした。そんな姉に、優しかった母に、自分は何も返すことが出来なかった。大好きな人達に何も返せない自分に、心底嫌気が差した。
姉は、母は、自分に何を望むだろうか。この道に進んだことは間違いではないのだろうか。ずっとずっと、そんなことを考えてしまって頭から離れない。お前は間違っていないと、肯定してくれる言葉が欲しかった。
そしてたった一人、その言葉をくれた人物がいた。
「…いや、間違ってねーだろ。他の奴らから見たら、それは間違いだ〜とか思うようなやつもあるかもしんねーけど、それを正解にするのは皇后崎じゃん」
その言葉を聞いた時、無意識に自分の瞳から涙が流れていた。そんな自分を見て、何かからかいの言葉でも発してくるだろうかと思ったが、頭を撫でてきた。その撫で方が、姉や母のような丁寧なものではなくとも、同じ優しさを感じられた。今はただ、この温かさに埋もれようと思った。
「………」
「…あ、寝ちまった。疲れてたんかな〜」
四季は自分の肩に頭を置いて寝る皇后崎を動かし、ベッドへと横たわらした。離れようとしたが、手を握られ、離れようにも離れられない。
「……ま、しゃーねーな!この四季様が一緒に居てやるか!」
四季は皇后崎の横に寝転がり、二人で手を繋ぎ合いながら眠りに落ちた。
「……すまん」
「いや、別にいーって!」
翌朝、皇后崎は四季より早く目を覚ました。なぜ四季が自身の横で寝ているのだと思ったが、四季の手を強く握っていたことに気付き、自分のせいであるとすぐに状況を把握した。そのため、四季が起きてからすぐに謝罪の言葉を述べたのである。
「俺、皇后崎に頼られたみたいで結構嬉しかったし!もっと頼ってもいーんだぜ!」
「……そういうの、簡単に言うんじゃねぇよ。一度でも頼ったら、以前の俺には戻れなくなる。人に頼って生きちまうだろ」
四季はぽかんとする。心底理解できない、という顔だ。
「それの何が悪ぃんだよ?ほら、頼って来いって!みーんな、人に頼らないと生きてけねーんだからさ!」
平然とそう言う四季に、俺は一体何度こいつに救われるのだろうか、とふと思った。四季の笑顔を見るだけで、こいつになら頼ってもいい、と思えてしまう。過去の自分はどこに行ったのだろうか、どこからこの人生の運命は変わったのだろうか。そんなことはもう些細なことに過ぎない。今は、目の前の光に縋ることしか出来ないのだ。
どうして、元気で素直な子供たちばかりが理不尽に殺される社会が存在してしまうのだろうか。朽森紫苑という男は、常にそんなことを思っている。昔教えていた自分の可愛い生徒たちは、そんな社会に殺された。死ぬなら自分のような大人であるべきで、未来ある子供たちの未来を奪ってはいけない。例えどんなに偉い立場に立つ人間であろうと、未来を奪う権利はないのだ。
教え子たちが亡くなった時期になると、常に「あいつらを助けられたのではないか」「あいつらは幸せだっただろうか」「自分を恨んでいるのではないか」という考えが自身に付き纏ってくる。大我は察しているのか、余程緊急の事態がない限り、この時期は早めに部屋に帰らせてくれる。今日も早めに帰らせてくれたので、部屋へと向かう廊下を歩いていた。考えごとをしていたからだろうか、1人の男が前から歩いて来ることに気づかなかった。
「…あれ、紫苑さんじゃん!何してんの?」
最悪だ、と思った。元気に笑顔で挨拶してきたのは、本日杉並区に見学に来ている無陀野一行の一人、一ノ瀬四季である。紫苑は少し、四季が苦手であった。昔の教え子たちを思い出させるその素直さと笑顔から、逃げ出したくなってしまうのだ。
「仕事終わったし女の子のとこ行くの〜」
「……」
「…?何、俺の顔なんかついてる?」
何故か四季が自身の顔をずっと見つめてくるので、何か付いているのだろうかと頬に触れてみる。頬に触れた手の上から、四季の手が触れた。
「ちょ、何?」
「…隈出来てるし、寝た方がいいよ!女の人には後で謝ろ!」
「は、って、おい!」
四季は紫苑の腕を掴み、廊下を歩き始めた。抵抗しようかとも思ったが、睡眠不足で抵抗する気力も残っていないくらい脳が疲れていたので、大人しく引き連れられていくことにした。
四季に連れられ、自身の部屋へ到着した。中に入り、寝室まで連れて行かれ、そこでようやく腕を離された。
「ちゃんと休んでな!紫苑さん!」
「…おー」
似ている。笑顔も、身振りも、その素直さも、全てが似ている。かつての教え子たちと。だからだろうか、ふとこんな言葉が無意識に口から出てきてしまったのは。
「……なぁ、お前さ。もし任務中に死んだら、この人生は幸せだった、って思えるか?」
四季はぽかんとした顔をしていた。当然だ。大して関わりのない人間から、急にこんなことを聞かれたのだから。発言を撤回しようとする前に、四季から言葉が放たれた。
「俺は幸せだったって思うよ。だって、仲間が居て、ムダ先とかチャラ先も傍に居てくれるんだぜ?そりゃ辛い時もあるけど…一人じゃないって、すっげー幸せなことだろ」
「!……」
紫苑は少し目を見開いて四季を見つめた。だがすぐに視線を床に落とし、何も言葉を発さず、ベッドに座ったまま何かを考えている様子だった。四季はそんな紫苑の前にしゃがみ、顔を覗き込んだ。
「……俺は紫苑さんのこと全然知らねーし、気の利いたことも言えないけどさ…話を聞くくらいならできるからさ、一人で抱え込まんでよ」
優しく笑いながらこちらを見つめる目は、慈愛に満ち溢れていた。こんな目を向けられたのは初めてで、何とも言えぬ温かさに包まれて涙が自然とこぼれてきた。
「大丈夫、俺はここに居るから」
四季は紫苑を優しく抱きしめた。四季の体温が直に伝わり、まだ生きていると実感する。今だけは、この温かさに触れていたい。涙を流しながら、ただただ無言で四季を抱きしめた。
数十分も経てば涙も落ち着き、ようやく四季を離すことが出来た。少し名残惜しい、とは思いつつだが。
「……あー、ごめんな。時間奪っちまってよ」
「全然へーき!今日はもうやることないし!紫苑さんはもう平気?」
「平気平気〜」
「なら良かった!なんかあったら呼んでよ、また来るからさ!」
「……じゃ、今2つお願いごとしてもいーい?」
「いーよ!何?あ、金寄越せは無理だかんね!」
「ガキ相手に言わねーっての。どんなイメージ持ってんだよ」
「馨さんが金たかられないように気を付けてねって」
うげ、と言いたげな表情を見て四季は苦笑いをする。だが、先程よりは元気があるように見えて安心した。
「とにかく金じゃねーから。…で、1つ目ね。杉並に来た時は俺の部屋泊まりにこい、俺の抱き枕代わりになって」
「おう!」
「返事だけは良いなお前。で、2つ目。……絶対に死ぬな」
不安そうな、必死そうな、色々な気持ちが込められた視線を向けられる。過去に何があったかは知らないが、きっと何か大切なものを、人を失った経験があるのだろう、と四季でも察することが出来た。
「任しとけって!俺は絶対死なねーよ!」
教え子たちも同じようなことを言っていた。だが、死んでいってしまった。だから、あの日以来こんな言葉を言われても結局は死んでしまうのだろうと思っていた。だが、この子供の言葉は不思議と信じたいと思ってしまう。
「言ったからな。言葉には責任持てよ〜」
「もちろん!」
「……じゃ、早速俺の抱き枕なってって」
「へーい!」
少し前の自分なら、なんで男を抱きしめて寝るなんて悲しいことしなきゃなんねーんだ、とでも思ったであろう。だが、今はもうこの温もりを手放せそうにない。自分が死ぬその時まで、この温もりが消えないことを、ただただ祈るばかりであった。
並木度馨は、自分が人間だったら良かったのに、とふと思ってしまうことがあった。今の人生も悪くない、とは思う。だが、もし人間だったとしたら、仲間を目の前で失うことも無かったのではないか、と思ってしまう。真澄隊長に比べれば自分はまだ指示を出す回数は少ないが、それでも死なせてしまった仲間達がいる。予想外のことが起こり、それに対応できなかった人間が死ぬ。それは当然のことである。だとしても、自分の指示で死んでしまったようなものではないか、と思ってしまうのだ。
時折、自分は死なせてしまった人達に恨まれているのではないか、と思う。そんなことを考えていれば、夢見も悪くなり、ろくに寝れない日も出てくる。最近、死人が出たばかりであり、普段は割り切っているが、今の状態では割り切れそうにもない。疲れた、休みたい、今の頭の中は、その2つしか思い浮かんでいなかった。
深夜1時、ようやく書類が終わり、自室へと歩を進めていた。体は疲れているが、最近任務中に亡くなった部下の顔が何故か忘れられず、今夜も眠れそうにない。ため息を吐きながら、明日の任務のことを考える。
「…あれ、馨さん!」
疲れてボーッとしていたせいか、目の前から歩いてきていた四季に気付かなかった。現在、見学をしに来ている無陀野一行達にはこことは反対側の部屋を貸しているはずなのに、どうしてここにいるのだろうか。
「四季くん、どうしてここに?」
「……水飲みたくなって、外出てさ迷ってたら…帰り道わかんなくなって…」
「あはは…ここ、広いし迷子になっちゃったんだね」
「そうなんだよぉ〜…てか、馨さんこんな時間まで仕事してんの!?」
「ここまで遅くなるのは珍しいかな。最近忙しくって」
「そうなんだ…」
さて、この生徒を元の場所に戻さなければ、そう思ったものの、体は疲労でもう動かせそうにない。まともに働いていない脳を必死に回転させ、答えを出した。
「四季くん、もう遅いし僕の部屋に泊まる?戻るの時間かかるし」
「え、いーの!?泊まる泊まる!ありがとう馨さん!」
「いえいえ、気にしないで」
少しテンションが上がっている四季を連れ、部屋へと戻る。馨がまだ風呂を済ませていなかったこともあり、四季には先に寝るように告げた。
風呂から出ると、四季はソファに横たわって眠っていた。とても素直で可愛い後輩が規則正しい寝息を立てながらぐっすりと眠っている姿は、見ていて自然と癒される。自分の口角が少し上がっていることを自覚しつつ、四季を抱き上げてベッドへと連れていく。どうせ自分は今日も眠れないのだから、四季にベッドで眠ってもらった方が疲労も取れるだろうという考えからの行動である。
だが、少し揺れてしまったせいか四季がモゾモゾと目を覚ましてしまった。
「………んん、…?」
「あ、ごめん。起こしちゃったかな」
「へーき……あれ、なんでべっど…、?かおるさん、こっちでねなよ…」
「最近、寝つきが悪くてさ。ベッドで寝てもあんまり眠れないから、四季くんが使った方がいいかなと思ってね」
「……だから、つかれてるようにみえたんだ…」
四季に気付かれていたことを知り、少し驚いた。観察眼も鍛えられてきているようで、成長の早さに感心する。
「気付かれてたんだね。…ほら、僕のことは良いからゆっくり寝な」
「……んーん、かおるさんとねる、かおるさんもちゃんとねないと、」
「僕のことは気にしなくて平気だよ?」
「だめ。……なぁ、かおるさん、なんか隠してるだろ…話して、」
ここまで観察眼が鋭くなっているとは、と少し唖然とした。目が覚めてきたのか、眠そうな顔から、段々と普段の顔に戻っており、真剣な眼差しでこちらを見つめている。これに答えないのは失礼だなと思い、子供相手にこんなことを吐いてもいいのだろうかと思いながら、ぽつりぽつりと言葉を発し始めた。
「……つまらない話だよ。…自分が出した指示で、亡くなった人が沢山居るんだ。きっと、恨まれてるだろうなぁと思ってさ、何をすれば償えるかなって、ずっとずっと悩んでるんだ」
四季は、苦笑いをしながら「こんなこと、急に言われても困るよね」なんて言う馨を見て、心底不思議そうな顔をしてこう言った。
「…なんで恨まれてる、なんて思うんだよ。皆馨さんを信用してるから指示に従うんだ、例えそれで死んだとしても、馨さんを恨むような人達じゃないだろ?…いや、まぁ俺あんまりその人達のこと知らねーけどさ…」
そう言われて、馨は自然と亡くなった部下達の顔を思い出した。そうだ、そんなことで自分を恨むような部下達では無い。なぜこんな簡単なことも気付けなかったのだろうか、と悔やまれる。
「………そうだね、ごめん。こんな簡単なこと、なんで気付かなかったんだろう」
「も〜、すぐ謝んなくていいって!」
ぷくー、と効果音がつきそうなほど膨らませた頬をしている四季に、少し笑ってしまいそうになる。
「……それでも、償いはしないとな」
ぽつりと、小さく呟いた。四季はそんな馨を見て、馨の頬に両手を添えて四季の方へ目線を向かせた。
「…馨さんさー、背負い込み過ぎ!俺にも分けてよ、それ。一人で抱えきれるものじゃないんだからさ」
近頃、真澄が四季に執着している理由を、今理解した気がした。甘えてはいけない、一人で背負わなければならない、という理性をいとも簡単に壊して、一緒に背負ってくれようとする。そんな人間に、執着しない訳がないのである。自分の傍に居て欲しい、そう願ってしまう。
「…ありがとう。一緒に背負ってくれると嬉しいよ」
あわよくば、そのまま一生背負っていてほしい。一緒のものを、ずっとずっと背負っていたい。それが自分と四季を繋ぐ赤い糸になってほしい。そんな醜い欲望を、四季には悟られぬよう奥深くにしまい込み、蓋をする。
「うん!勿論!」
あまりにも明るい笑顔に罪悪感が湧くが、もうそんなことを気にしていられるほど余裕は無い。きっと、この毒牙は自分や真澄以外にもかけられているのだろう。甘い甘い、麻薬のような存在に、これから先狂わされていく人は多く居る。四季が自分以外の誰か個人のものにならないよう、気を張り巡らせなければならない。
「…そろそろ寝ようか。今日はよく眠れそうだし」
「そーだな!おやすみ、馨さん!」
「おやすみ、四季くん」
四季は馨に抱きつき、馨はそんな四季を抱きしめ返し、ゆっくりと瞼を閉じた。人生の中で、最も寝心地の良い夜だった。
ある日から突然四季へ執着をするようになった馨を見て、やっぱりか、と真澄は思った。恐らく馨は四季に執着するだろう、と最初からふんでいたのである。
「……誰かが独占することがねぇように、警戒しとかねぇとなぁ」
「一番ありえそうなのは…紫苑だよねー」
「んだよ、あいつも一ノ瀬に魅せられたのか?」
「さぁな。だが、四季ならありうるだろう」
四季の魔性な魅力に引き寄せられてしまうのは仕方がない。だが、独占をしてはいけない。一ノ瀬四季という男は、皆にとってなくてはならない存在なのだ。
「……各自警戒しとけ」
「あぁ、分かっている」
「任せて!」
一ノ瀬は自覚していてこのようなことをしているのだろうか、そんなことを真澄はふと思ったが、今はただ一ノ瀬が手元にいればいい、と深掘りすることはしなかった。